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「クル……ル……!!」
 朋也には何が起こったのか理解できなかった。いや……理解したくなかった。彼女の飛び散った白い欠片が、天からヒラヒラと舞い降りてくる。その1つが朋也の掌の上に落ち、冷たい感触が伝わってくる。雪だ……。
 クルルの欠片はエデンの大地に等しく舞い落ちていった。オルドロイの峰々に、クレメインの森に、シエナに、ビスタに、ポートグレーに、そして、ユフラファやインレにも。その日、エデンに暮らすすべての人々が、日蝕のコロナの淡い輝きが天を彩る中、真っ白な雪が降りしきる幻想的な光景を目にし、そのあまりの美しさに息を呑んだ。
「クルルが……雪に……なっちまった……」
 手の中のひんやりとした雪を握りしめる。それは朋也の体温で溶けていってしまった。
≪何たることだ……モノスフィアからの影響が消えた! 2つの世界のリンクが切れた! エデンは、救われた!! それも、モノスフィアを消し去ることなく……≫
 キマイラが呆然として叫ぶ。
≪サファイアとその守護神獣が自ら犠牲になることにより、2つのアニムスも、2つの世界も、無傷のまま救われたのです……≫
 フェニックスは慙愧の念に耐えないという口ぶりで深く嘆息した。
≪あまりに……あまりに大きな犠牲を払ってしまった……。叡智の神獣たる余の至らなさ故に……。もはや無益な争いはすまい。朋也よ、余は己の非を認め、お主の前に頭を垂れよう……≫
 朋也はまだ茫然自失として溶けた雪を見つめていたが、不意に激しい怒りに捉われ、神獣を罵った。
「……世界が救われたって? それが何だっていうんだ!? クルルは……クルルはもうどこにもいないんだぞっ!! いくらあんたたちが謝ったって、彼女はもう還ってこないんだぞっ!!」
 キマイラはしばし彼の顔を見つめていたが、何がおかしいのかニヤリとして言った。
≪……朋也よ、お主は少し勘違いしておるようだな……。確かに、サファイアの神獣としての人格は失われた。だが──≫
≪朋也さん、あなたの愛する人が地上で待っていますよ。さあ、早く行っておあげなさい≫
 神鳥も目を細めて微笑む。
「えっ!?」
 地上で待ってるって!? 神殿の外か?
 朋也は仲間を振り返ってみなの顔色を伺った。
「ほら! とっとと行っちゃいニャさいよ」
 ハエでも追い払うような仕草でミオが言う。
「ホントに世話が焼けるんだから」
 千里も。
「クルルによろしくね!」
「階段で転ばないようにねぇ~♪」
「よかったですね」
 口々に励ましの言葉を送ってくれる仲間たちに向かって朋也はうなずくと、待ちきれずに駆け出した。アニムスの塔の中の螺旋階段を5段飛ばしで下りていく。後ろを振り返らず、脇目も振らず。途中、マーヤに注意されたのに1度こけそうになっちゃった。
 塔の外に出ると、今度は玉座の外に出て異空間の長い通廊を駆け下りる。くそっ、なんて長い階段なんだ! 早く降りて行かなくちゃ! 彼女のもとへ! もう急ぐ必要なんて何もないはずだけど、それでも早く──!


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