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「クル……ル……!!」
 朋也には何が起こったのか理解できなかった。いや……理解したくなかった。彼女の飛び散った白い欠片が、天からヒラヒラと舞い降りてくる。その1つが朋也の掌の上に落ち、冷たい感触が伝わってくる。雪だ……。
 クルルの欠片はエデンの大地に等しく舞い落ちていった。オルドロイの峰々に、クレメインの森に、シエナに、ビスタに、ポートグレーに、そして、ユフラファやインレにも。その日、エデンに暮らすすべての人々が、日蝕のコロナの淡い輝きが天を彩る中、真っ白な雪が降りしきる幻想的な光景を目にし、そのあまりの美しさに息を呑んだ。
「クルルが……雪に……なっちまった……」
 手の中のひんやりとした雪を握りしめる。それは朋也の体温で溶けていってしまった。
≪何たることだ……モノスフィアからの影響が消えた! 2つの世界のリンクが切れた! エデンは、救われた!! それも、モノスフィアを消し去ることなく……≫
 キマイラが呆然として叫ぶ。
≪サファイアとその守護神獣が自ら犠牲になることにより、2つのアニムスも、2つの世界も、無傷のまま救われたのです……≫
 フェニックスは慙愧の念に耐えないという口ぶりで深く嘆息した。
≪あまりに……あまりに大きな犠牲を払ってしまった……。叡智の神獣たる余の至らなさ故に……。もはや無益な争いはすまい。朋也よ、余は己の非を認め、お主の前に頭を垂れよう……≫
 朋也はまだ茫然自失として溶けた雪を見つめていたが、不意に激しい怒りに捉われ、神獣を罵った。
「……世界が救われたって? それが何だっていうんだ!? クルルは……クルルはもうどこにもいないんだぞっ!! いくらあんたたちが謝ったって、彼女はもう還ってこないんだぞっ!!」
≪……余もお主とともに悲しみを分かち合おう……≫
≪ごめんなさい……≫
 世界の守護者とはとても思えないほどしょげ返っている2頭を見て、千里が朋也を諌めた。
「朋也……そんなに神獣を責めたらかわいそうよ。彼らだってエデンを救うために必死だったんだもの……。クルルちゃんは、その責めを負うべき私たちの罪を一身に引き受けてくれたんじゃないの……」
 朋也は言葉もなくうなだれた。わかってるけど……でも、それじゃクルルがあんまり──
 そのとき、不意に辺りを覆っていた暗闇が取り払われた。皆既日蝕がいま終わりを告げたのだ。太陽は月の影から少しずつ顔をのぞかせながら、うっすらと降り積もった季節外れの雪の上を照らし出した──


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