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 朋也は樹海嘯を発動し、彼らを大地に釘付けにしようとした檻を一掃する。続いて彼は護りを固めにかかった。
「バンブーサークル!!」
 神木が放ってきたのと同じ技で足元の大地をすっぽり包み込む。もちろん上は開放している。これで下からの攻撃は封じた。今度はこちらの反撃の番だ。
「千里! 丸坊主にしてやって!!」
 ミオの指示に従い、彼女は100メートルある神木の樹冠に狙いを定めた。
「ルビーⅢ!!」
 煉獄の火炎が木々の枝葉の上で燃え盛る。が……不意に神木の枝葉が虹色の光を発しながらさわさわとそよいだ。驚いたことに、それ以降ルビーのダメージは一切通用しなくなった。むしろ樹勢が盛んになった感さえある。炎に撒かれて平然としている巨木に、千里も戸惑うばかりだ。だが、朋也には神木の使った手に見覚えがあった。あれは……フィルが女王アリに対して用いた大技、属性遷移だ!
「厄介ニャ技ね……」
 朋也の説明を受けて、ミオが苦々しげにつぶやく。
「む~、だったらこいつをお見舞いしてやるわ! ジェネシ──」
 業を煮やして最強魔法を唱えようとした千里を、ミオが引きとめた。
「やめニャ、千里! ルビーを吸収されて効果半減だし、あんたの手持ちの駒無駄にニャッちゃうわよ!?」
 ミオの言うとおり、3属性に対していっぺんに耐性をつけられれば、彼女の他の魔法もすべて通用しなくなってしまう。どのみち、サファイアとエメラルドのレベルⅢを使えばそこで射ち止めだが……。
「最初にジェネシス使えばよかった」
「ニャによ? あたいの指示にケチつける気?」
「2人とも、いまケンカしてる場合じゃないよ~」
 角突き合わせ始めた2人をクルルが諌める。
 フィルの属性遷移は戦闘中に使えるのは一度きりだったが、神木もそうとは限るまい。はたして、3元魔法中心の千里の攻撃魔法は封じられてしまった。残りの属性も使える最強レベルのものを同時に撃ち込み、計算上与えられる最大のダメージは上がったはずだが、神木のほうはこたえた様子がない。これでもう、効果がある魔法はパーティー中の誰も使用できない無属性のダイヤモンドのみとなってしまった。
「てやああっ!!」
 ジュディが剣で幹に打ちかかる。が、いかせん硬い幹が相手ではかすり傷程度にしかならない。彼女は手をビリビリいわせて悲鳴をあげた。
「ハウッ!」
「バカイヌのバカ……」
 直径10メートルに達する神木を切り倒そうとすれば何日かかるかわからない。そのはるか手前で刃が毀れてしまうだろう。樹上の枝々に向かって飛燕剣を飛ばしてみるが、一握りの葉を散らすのが関の山だった。しかも、これもフィルの多用した技である物理防御の特殊スキルまで行使してくる。魔法も物理攻撃も通用しないとなると、もう一行には神木相手に打つ手がない……。
 いや、まだ1つ、ダメージを与えられる手が残っていた。樹属性だ。樹属性の相手に対して樹属性の技を行使しても低い効果しか得られなかったが、少なくとも吸収はされない。おそらく、術者〝本人〟が樹属性なので、これ以上変化させることができないのだろう。必然的に、戦力の中心は朋也になった。そのうえ、朋也の行使する特殊技は樹族のスキルであるにもかかわらず、なぜか単属性ではなくイヌやらネコやら各種の属性が入り混じっており、予想以上に高い威力を発揮した。
 守備面でも朋也は大いに活躍した。神木は毒花粉、眠り胞子などのステータス異常攻撃を次々と放ってきたが、彼は樹族のスキルにより耐性がかなりアップしていたうえに、≪神木の杖≫のおかげで全体回復・治癒スキルのセラピーを駆使することができたからだ。マーヤと互いにバックアップし合うことで、パーティーを窮地に陥らせることなく神木への抵抗を続ける。いつもならこれはフィルの役目だったんだけど……。
 もしかして、フィルは自分の身にもしものことがあった場合のことを考えて、この杖を朋也に渡してくれたのではないか──そんな気さえしてくる。
 防御の手を緩められず、チビチビと相手の体力を削っていくような攻撃しかできないため、相当な忍耐を強いられながらも、神木の樹冠を半分にまで殺ぎ落とす。今の神木は、常緑樹でありながら冬枯れに近い状態にまでなった。神木は神獣のように実体を持たない神的存在ではなく、生きた木が神格を備えたものだ。いくら強力な魔法やスキルを行使できても、1本の木には変わりない。
 ミオの〝丸裸作戦〟は、光合成によるエネルギーの供給を断つことで活動を鈍らせるのが目的だった。その後は……どうしていいのかわからない……。
 神木の動きに変化が表れる。これまで〝彼〟の繰り出してきた技は、威力は高かったものの基本的にフィルの持っていたのと同種のスキルだった。その手の攻撃がピタリと止む。
≪極相≫
 100メートルに及ぶ幹に張り出したたくさんの枝葉が振動し始める。葉や幹の表面から灰色を帯びた夥しい数の細かい粒子が一斉に吹き出した。空が一段と暗くなる。広場周辺の木々の葉も含め、辺り一面がグレーに染まり、まるで無彩色の世界になってしまったかに見える。
 な、何だ、この粉は!? 朋也たちは必死で振り落とそうとしたが、全身の力が急速に抜けていく。足が強張り、感覚が麻痺したように動かない。ただのステータス攻撃ではなかった。見ると、ズボンや衣服の表面に付着した粉から菌糸のようなものが芽生え、見る見るうちに身体中を覆い尽くそうとしていた。
≪多細胞生物ニ2ツノ系統ハ不要ダッタ。今、ソノ一方ガ淘汰サレ、進化ノ表舞台カラ永久ニ去ル。我ラハ生命ノ主流、オ前タチハ亜流ダ。ドチラガ滅ブベキカハ自明ナノダ≫
 クルルが、ジュディが、マーヤが、まるで石膏で固められた彫像のようになり、ピクリとも動かなくなる。
「朋……也……!」
 救いを求めるように必死の眼差しを向けていた千里も。そしてミオも……。朋也には仲間たちが石化していく様を為す術もなく見守ることしかできなかった。自らの身体も、神経の先が切れたみたいで動かそうにも意思が伝わらない。声も出ず、しまいには瞬きすらできなくなる。くそ……モノスフィアもエデンも救えないままこんなとこで終わっちまうのか──
 そのとき、無数の粉が舞う朧な視界の中で、何かがパッと明るく輝いた。


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