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 目を丸くしながら見つめる大人たちの顔をゆっくり見回していたその女の子の視線は、朋也に移ったところでピタッと止まった。顔中に笑みが広がる。
「朋也っ!!」
 一声叫ぶなり、彼の足にしがみついてくる。
 俺の名を知ってる?? 一体どうして!? 朋也は改めてその子の顔を覗き込んだ。緑の髪、緑の瞳──髪は短かったが、〝彼女〟と同じように巻きがかかっている。そして、あどけない顔立ちも、もし〝彼女〟が同い歳くらいだったら、ちょうどこんな感じだろう。ブカブカのローブも同じ模様だし、彼女のとそっくりの胡桃のネックレスまで身に付けている……。
「君は、まさか……フィルなのか!?」
「フィルゥ? なあに、それ?」
 女の子はキョトンとして首をかしげるばかりだった。
「違うのか……。じゃあ、君は一体??」
 少し失望しつつもう一度尋ねる。
「私ぃ? えっと……私は……」
 指をくわえて考え込むが、結局あきらめて無邪気に微笑んだ。
「誰なんだろう? 全然覚えてないや……おかしいね、ウフフ」
「ねえ、ボクのこと覚えてる? ジュディだよっ?」
「ううん」
 鼻を指差してジュディが尋ねるが、彼女は首を横に振った。ジュディがガッカリ顔をすると、フォローでもするように付け加える。
「でも、朋也のお友達なら、きっと私ともお友達だね♪」
「とにかく、朋也のことだけはしっかり覚えてるわけね……」
 千里がちょっとムスッとして面白くなさそうにつぶやく。
 それにしても謎めいた少女だ。しっかりと言葉を操れるのは、翻訳インターフェースのおかげばかりではないだろう。それに、何よりこの子はいま生えてきたばかりの若木が変身したとしか思えない……。容姿からいっても、樹族なのは間違いない。成熟形態の動物と同じ姿をとる樹族というのは、すなわちメッセンジャーってことだよな……。
 マーヤがポンと掌を打って叫んだ。
「わかったぁ、≪記憶の種子≫よぉー!」
「記憶の……種子?」
「森の精は、その務めを終えるとき、自分がその生涯で得た知識や体験のうち、最も大切なものを種子に込めて、次の精に受け継ぐんだってぇ……」
「あたいも聞いたことあるわ」
 ミオも相槌を打つ。
 千里が先ほどとは打って変わり、目をうるませて口にする。
「じゃあ……〝彼女〟の一番大切な記憶が『朋也』だったのね……」
 そう、彼女はフィルの記憶の種子を受け継いだクレメインの新しい樹の精だったのだ。あるいは、彼女の生まれ変わりといってもいいかもしれない。朋也は胸の内に熱いものがこみ上げてきた。じっとその子の目を見つめて優しくささやく。
「君の名前はね……フィルっていうんだよ?」
「フィル……そうだね、きっと……私、朋也にそう呼ばれてた気がするよ」
 少女は嬉しそうにうなずいた。
「フィル……俺と一緒に来るかい?」
 小さな肩にそっと手を置いて尋ねる。
「うんっ! 私を連れてって! 朋也の行く所ならどこへでも!!」
 元気いっぱいに答える小さなフィルに笑顔でうなずくと、朋也は彼女を抱き上げて肩に乗せた。
「よし、じゃあおいで!!」


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