朋也は悩みに悩んだ末、覚悟を決めた。双方を代表するリルケと千里をじっと見る。千里は自分のことを信じきった目で真っすぐこっちを見ている。ジュディとミオも。リルケは意識して朋也から視線を逸らしていた。
千里、ミオ、ジュディ、ごめん……。心の中でつぶやくと、ゆっくりリルケのほうに歩いていき、隣に並んで〝元〟パーティーの面々に向き直った。
「なっ!?」
3人ともしばらく開いた口が塞がらないようにポカンと朋也のことを見つめていたが、やがて激しい非難の嵐が巻き起こった。
「朋也……あんたが世界より1人の女のほうを選ぶような男だとは思わなかったわ!!」
「見損なったぞ、朋也っ!! ご主人サマを裏切るなんて!!」
「性悪女ニャンていくら裏切ってもいいけど、あたいを裏切って鳥の足を選ぶのは許せニャイわっ!!」
ポカンと口を開けて穴が開くほど朋也の顔を見ていたのはリルケも同じだった。
「お、お前……何のつもりだ?」
リルケには肩をすくめて見せるだけで、千里たちに答える。
「別にリルケのためだけというわけじゃない。背負ってるものは両方同じじゃないか。どっちの肩にも世界の存亡がかかってるんだし。だったら、彼女1人をみんなでよってたかって袋だたきするのはあんまりだよ……」
「朋也ッ! あんたさっきキマイラに『俺たちの世界は消させニャイ!』ニャンて調子いいことこいてたじゃニャイのよ! お腹に穴の開いた怪獣とヘソ出し黒タイツ女とじゃ言うことが正反対ニャンて、男の風上にも置けニャイわよ!!」
「そんなこと言ってたの!? ますます許せないわ!」
「そうだそうだ! お前なんて男じゃないぞ!!」
それってセクハラだと思う……。ヘソ出し云々はどうでもいいけど──ていうか、自分だって出してるじゃんか。
「……確かに、ミオの言うとおりだな。ごめん。でも、俺……たぶん立場が不利なほうに弱いんだと思うわ」
「あんたねぇ……彼女のために、家の人や学校の友達を見殺しにして平気なの!?」
「平気じゃないよ。当たり前だろ、そんなの……。でも、彼女だって見殺しにはできない。今の俺にとっては彼女も大切な人だから……家族と同じように──いや、それ以上に。お前たちは知らないだろうけどな、彼女はエデンに来る前に向こうで自分の雛を殺されてるんだぜ、ニンゲンに……。彼女はこの世界へ来て、誰にも奪われることのない自由と権利をやっと手に入れたんだ。その彼女が、命がけで護ろうとしてるものがあるなら、俺も一緒に護りたい。彼女が何十億回でも殺されてやるって言うんなら、そのうちの半分は俺が引き受けてやるよ……」
千里は一瞬言葉に詰まったが、なおも食い下がって抗議する。
「……朋也……そんなにその人のこと好きなら、彼女のこと説得してよ!? 私たち、邪魔しないでさえくれれば、その人の命を奪うつもりなんてないんだから!」
「俺がいくら愛してるって口で何回言っても聞かないさ。彼女の決意はもう十分聞かされただろ? 解ってもらいたきゃ、態度で示すしか、ない!」
そう言うと、いまや完全にサーベルと化したCNチューブ傘を構えて3人をにらみつける。
「バ……バカ……」
朋也の間接的な告白に、リルケはガラにもなく頬を赤らめてオドオドする。
ミオは完全にぶち切れたと言わんばかりの表情で相方に言った。
「千里、もういいわ! メッチャクチャ頭来た! 朋也をブッ倒してアニムスを奪取するわよっ!!」
「……ラジャー」
千里は少し泣きそうな顔だった。
「おう!!」
ジュディも威勢よくうなずく。
「あんたたちはどうすんのよ?」
ミオは続いて残りの3人、クルル、マーヤ、フィルのほうを振り向いた。彼女たちは一緒に戦ってきたパーティーではあるが、同時にエデンの住民でもある。みな大いに判断に迷うところだろう。
「こんなの駄目だよ、一緒に仲良くやってきたのに最後になってケンカするなんて。モノスフィアもエデンも両方救おうよ! みんなの心が1つに通じればきっと大丈夫だよ! ねっ!?」
半泣きになってピョンピョン跳びはねながら両方を見て訴える。どうやら、リルケと千里の主張はどちらも彼女に対する説得力を持たなかったようだ……。
「ガキンチョ! あんた聞いてニャかったの? 両方救うのはあたいたち、あいつらは両方救わニャイの。だから、あんたはこっちいらっしゃい♪」
「え、そうなの?」
オズオズと敵陣営に向かって歩いていくと、朋也のほうをにらむ。
「朋也! 悪いことしたら〝めっ〟だからね!」
「ニャハハ 1人ゲットニャ~♪」
おのれミオめ。クルルのやつもしっかりだまされやがって……。彼女は支援タイプとはいえ、引き抜かれると痛いなあ……。
「後の2人は?」
「えっとぉ~~、うぅ~んとぉ~~……千里の味方もしたいけどぉ、朋也の味方もしたいしぃ~……向こうの動物たちも助けたいけどぉ、エデンがモンスターだらけになるのも困るしぃ~……ふぇぇ~~ん、どうしたらいいのよぉ~!?」
マーヤは両陣営の間を行ったり来たりするばかりだ……。
「朋也さん、千里さん、お2人には申し訳ありませんが……私は神木の代理人として、この戦いの審判を務めさせていただきます」
フィルはそう言って頭を下げた。
「あ~あ! フィル、ずるぅい! それじゃあ、あたしは副審やるわねぇ~♪」
結局、2人はどちらにも加わらずに両者の戦いを見守ることになった。回復のエキスパートの2人の動静は勝敗に直結しかねないだけに、向こうの陣営に加わらなかっただけでも助かった。ミオは「ちっ」とか舌打ちしてるけど……。
「ニャハハハ、これで4:2だわねぇ。そっちは死に損ないの鳥の足と、魔法もスキルもろくに使えない朋也だし、あたいたちの楽勝は決まりだニャ~♪ これでアニムスはあたいのものよ♥」
「ミオちゃん、それ違うでしょ(--;;」
リルケ&朋也組と、千里&ミオ組がにらみ合っていたとき、不意にルビーのアニムスが輝き始めた。驚く一同の前で、赤みを帯びた光がリルケに向かって流れ込んでいく。隣にいた朋也は、温かい光が彼女の身体を包み、傷が見る見る回復していくのがわかった。翼の飛翔能力まで復活したようだ。
「な、何が──!?」
最初自分でもキョトンとしていたリルケだが、やがて合点がいったようにつぶやいた。
「これは……フェニックスの力だ。鳥族のサブクラスに属する私がさっきじかに魔力を送り込んだから、ほぼ再生して機能を取り戻した紅玉がフィードバックしてきたんだろう」
「き、汚ニャイわよ、あんた!」
「私も魔力を送ってあげたのにぃ。エコ贔屓だわ!」
リルケをかばう以上のことはできないだろうと踏んでいた朋也だったが、これはひょっとしてひょっとするかな? と思い直す。
「頼むから、手加減してやってくれよ?」
こっそり耳打ちする。リルケはチラッとこちらを見ただけで何も言わなかったが、「わかった」という返事は目を見るだけで十分だった。
「もう許さないから! 朋也っ! 2つの世界をかけて、いざ勝負よ!!」
千里が彼に指をビシッと突きつけながら宣戦布告する。
かくして、2つの世界の存亡を賭けた世紀のバトルがいま幕を開けたのだった──