リルケが呪文を詠唱し始める。どうやら、自分も召喚術で応じるつもりらしい。カラス族の守護神ってどんなんだろ? 4人に対抗できるほど強力なやつなんだろうか? 彼女が召喚するなら確かに期待は持てそうだが……。
「ピリカ!!」
彼女の呼び出した神鳥は、全体の雰囲気は驚くほどリルケに近かった。鳥族の守護神らしく、顔には短い嘴が生えている。ただ、中味:性格のほうはリルケとはまるで正反対だった。呼ばれたのを面倒がるように大きな欠伸を一つし、鼻クソをほじったり、お尻を掻いたりして、ちっともヤル気が感じられない……。何だこいつわ、本当に神鳥なんか?
「上位召喚!!」
リルケはさらにもう一声叫んだ。あいわかったと言うようにウインクしてみせると、カラス族の守護神鳥ピリカは、何やら奇妙なダンスを踊り始めた。と……ルビーのアニムスが突然まばゆい輝きを発した。なんと、神鳥によって召喚されたのは、ルビーの守護者にして鳥族全体の神鳥を束ねる上位守護神でもあるフェニックスだった。まさかこんな技まであったとは!
〝彼女〟はオルドロイで対戦したゾンビではなく、すっかり神格を取り戻していた。召喚された神鳥は頭上でしばらく一同を見下ろしていたが、おもむろに大きな翼を羽ばたくと4人に向かって凄まじい熱風を巻き起こした。しかも、フェニックスの召喚魔法には敵を攻撃するだけでなく、味方の2人を回復させる機能まで備わっていた。
「きゃあああっ!!」
「うにゃぁ~~っ!!」
「うわあああっ!!」
通常の守護神獣による召喚魔法とはランクが違う上位召喚魔法の前に、4人はついに屈服した。
千里たちは恨めしげに朋也のほうを見ながら、捨て鉢に言い放った。
「さあ、とっとと煮るなり焼くなり好きにしなさいよ!! 日蝕が終わる前に!」
切腹にでも臨むみたいに胡座を組んで目をつぶる。
リルケは彼女たちの前に立って黙って見下ろしていたが、やがてサーベルを束に収めると何もせずに踵を返した。
みなが不思議がる中、彼女は2つのアニムスに向かっていった。無言のまま紅と碧の光を放つ大きな宝玉をじっと見つめる。額には緊張によるものなのか、うっすらと汗が滲んでいた(発汗もヒトというより成熟形態の生理らしい)。
一同に背を向けながら、かすかに震える声でリルケはつぶやいた。
「1つだけ……2つの世界を両方とも救える可能性のある方法がある」
「ええっ!?」
みなは驚きに息を呑んだ。次の彼女の言葉はさらに衝撃をもたらすものだった。
「これから、2つのアニムスの封印を解く」
エデンの暦にして170年前、ヒト族の1人が自らの野望をかなえるためにルビーのアニムスの封印を解放し、一族にとって都合のよいもう1つの世界を創り出した。いまそれと同じことを、彼女がやろうとしているのだ。2つの世界を救うために……。
「朋也……ここへ……」
朋也が彼女の隣に並んで立つと、リルケは訴えるような目で彼の顔を見上げた。明らかに怯えている……自分の死さえも恐れることのなかった彼女が。無理もないだろう。下手をすれば2つの世界に存在する生命すべてを消し去ってしまいかねないのだから。他の6人も息を詰めて2人の作業を見守っている。
「私は……自信がない。あの世界への憎しみを抑える自信が……。だから……お前に、手伝って欲しい……」
朋也は微笑んでうなずいた。恐れることはないと彼女を励ますように。そりゃ、自分だって恐い。そこまで世界の命運を左右する大任なんて背負いたくない。でも……彼女と2人なら、きっとできる!
リルケが手を握ってくる。朋也は彼女の手をしっかりと握り返した。
リルケはルビーとエメラルドのアニムスの封印を解いた。2人の願いを込めて。2つのアニムスからあふれ出る光がついに臨界を越え、何かが砕け散る音が響く。まばゆい光が2つの世界にある全てのものを呑み込んだ──