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「リルケッ!? 君なのか!?」
 ハッとして彼女のほうを見るが、超神獣と化した彼女の肉体に変化はない。それでも、彼女の声は続けた。
〝お前の覚悟はよくわかった。でも、お前が自分の命を犠牲にする必要はない。1つ、エデンもモノスフィアも救う方法がある。生贄は、私1人で十分だ……〟
 声はそこで途絶えた。
 リルケの顔は相変わらず能面と代わりない表情だったが、全身を取り巻く3色のオーラがアニムスに向かって逆流し始める。おそらく、彼女の意思が朋也の攻撃で怯んだキマイラから肉体の制御権を取り戻したんだろう。それでも、彼女が何をやろうとしているのかまでは理解できなかった。
≪な、何をする!?≫
≪制御が──!!≫
≪&*)#(=$#"%DD;;xx!!≫
 光が雪崩れ込んでいったのは3つのアニムスのうちの蒼玉、サファイアだった。3色の光が入り乱れながら強くなり、しまいには目を開けていられないほどになる。サファイアのアニムスも、そして超神獣リルケの身体自身も、強烈な光を発していた。
 もう1度だけ彼女の声が聞こえた。
〝朋也……最後に1つお願いがある……私の羽根を、一緒に連れていってくれないか? 仲間たちのいる……あの子たちの眠る……あの世界へ……〟
「リルケーッ!!」
 朋也はサーベルをほっぽり出して彼女の手をつかもうとしたが、ダイヤモンドの壁に阻まれて進めない。肉体の制御を取り戻したのか、リルケは最後に朋也の目を見てかすかに微笑んだ。何かが砕け散るような音とともに、辺りが真っ白い輝きに包まれ、彼女の姿を呑み込む。
 光が次第に収まり、朋也がうっすらと目を開くと、目の前にあったのは3つのアニムスのうちルビーとエメラルドだけで、サファイアは影も形もなくなっていた。リルケの姿も。
 何が起こったんだ!? リルケはどこへ!? 呆然としながら辺りを見回す朋也たちの所へ、固唾を飲んで戦いを見守っていたフィルが近寄ってきた。
「朋也さん、いま神木から連絡が入りました。モノスフィアとのリンクが切れ、モンスターのエデンへの流入が止まったそうです」
「ええっ!? じゃあ、まさか私たちの世界は!?」
 千里が不安の色を露にして尋ねると、フィルは首を横に振った。
「いえ。彼女が行ったのは、サファイアの封印の解放でした。蒼玉が司るのはおそらく虚無の力──新たに創造された世界はエデンの要素を何も引き摺らない虚無の世界です。そして、彼女はキマイラの空間操作能力を駆使して、モノスフィアからのリンクをサファイアの世界につなぎ替えたのですわ」
「じゃあ、私たちの世界も、エデンも、両方とも救われたのね!?」
 千里の顔に笑みが広がる。マーヤやクルルも飛び上がってはしゃいでいる。
 だが、朋也の心は晴れなかった。
「リルケは……どうなったんだ?」
 フィルは言い出すのを躊躇するように少し間を置いてから、うつむき加減に答えた。
「……三神獣を道連れにして、新たな世界に旅立ったのでしょう。そこでたぶん、モンスターと永久に戦い続けることに……」
 皆を取り巻いていた喜びの空気がいっぺんに悲しみの色に変わる。
 千里が涙を浮かべて手を合わせた。
「ごめんなさい、リルケ……。あなたにすべての罪を背負わせてしまった……。せめてあなたにお礼を言いたかった……あなたに謝りたかった……」
 朋也は身をかがめて彼女の立っていた場所に落ちていた黒い羽根を拾い集めると、みんなに1つずつ渡した。
「みんな……大切にしまっておいてくれ……彼女のことを、ずっと忘れないように……身を投げ出して世界を救ってくれた彼女のことを……」
 不意に辺りを覆っていた暗闇が取り払われた。皆既日蝕がいま終わりを告げたのだ。たったいま1人の女性の尊い犠牲によって未曾有の危機から救われた世界を、太陽はただ何事もなかったかのように照らし出した──


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