世界を意のままに変える力、か……。神鯨が念押しするように決意を尋ねてくるのも無理はないだろう。朋也は自分の胸に手を当ててもう一度考えてみた。俺は……千里とジュディを救わなくちゃいけない……エデンも……モノスフィアも……そのためには、サファイアの力が必要だ。別に私利私欲のためじゃない。代償か……それだけの結果が得られるなら、別に構いやしない。やっぱり間違ってなんかいないはずだ! 迷いは吹っ切れた。
「答えはイエスだ!」
レヴィアタンの表情は変わらなかった。ただ、目にかすかな憐憫の色が浮かんだように朋也には見えた。
≪よろしい……。これから資格審査を始めよう。これは、お主の精神の強さを測る〝テスト〟だ。試験内容は余を倒すこと──≫
やっぱりそう来るのか……。
≪よいか、朋也よ。これより先、何が起こっても課題をやり通せ。何が起こってもだ。さもなくば、お主は〝鯨夢〟の海に溺れて2度と太陽を拝むことはかなわなくなる……≫
朋也はゴクリと唾を飲み込みながらうなずいた。
≪では、始めよう。〝鯨夢〟!!≫
レヴィアタンは一声叫んだ。神鯨自身はただ臨戦態勢に入っただけだ。だが、周囲の景色が奇妙に歪み始めた。周りを満たしている水がまるで別の媒体と化したかのように、渦巻きながらさまざまに色調を変化させる。神鯨の観る夢の世界、挑戦者にとっては〝悪夢〟の世界だ。
「クルル、マーヤ! 引き続きバックアップ頼む!」
「うん!」
「ラジャァ~♪」
≪ジェネシス!!≫
さすがは三神獣の1頭だけあって、神鯨も最強魔法を行使できるようだ。いきなり使ってくるとは……。マーヤがすかさず魔法防御と回復のスキルを行使する。クルルも反射スキルを発動した。神獣はサファイア系の魔法を立て続けに浴びせてくる。
レヴィアタンがしゃちほこみたいな姿勢で長い詠唱に入った。もう1発ジェネシスが来るのか……。体力を削り取られる前にと、朋也はニーナとともに打って出た。体長20メートルもあるのに、神鯨の動きはかなり素早い。途中で魔法の詠唱を妨害されたレヴィアタンは、今度は巨大なユニコーンを振り回して襲いかかってくる。
「朋也、角を押さえて!」
3メートルは下らない長大な1本角は、突きの破壊力はあっても、斬りができない。そして、横からの力に対しては弱いはずだった。一点に集中して圧力を加えれば、へし折ることも可能だろう。朋也は鋭い先端に触れないようにしながら、動きをうまく同調させて角をつかむと、しがみつくように抱え込んだ。
「ドルフィンキック!!」
ここぞとばかりにニーナが強力な尾ビレの宙返り打ちを食らわせる。はたして、2人の読みどおり、神鯨の角は途中からポッキリいってしまった。
レヴィアタンはそこで攻撃を止めた。どうやら彼の角は魔力の源でもあったらしく、次の詠唱もしてこない。やった、これで合格かな? 案外あっさり勝てたぞ。ほとんどニーナの功績みたいなもんだけど……。
≪メタモルフォース!!≫
巨鯨の姿が不意に揺らぐ。沸き立つ白い泡に取り囲まれ彼の姿は見えなくなった。泡が消えてみると、そこにいたのはユニコーンマッコウではなくマンタだった。体長が短くなった代わり、巨大なヒレのさしわたしは10メートル近い。
どうやら試験はまだまだ続くらしい。今のは第1問突破ってとこか……。
神獣はクジラからマンタへと姿を変えたばかりでなく、攻撃パターンのほうにも変化が見られた。雷属性の全体攻撃を連発してくる。水中だと雷属性は威力が増幅されるだけに、サファイアよりもダメージがきつい。
「きゃあああっ!!」
「ふぇやぁぁ~~っ!!」
感電してダウンしそうになったバックアップの2人に、ニーナがヒーリングを施す。この手の敵はさっさと畳むに限ると、朋也はまたもや懐に飛び込もうとした。さっきの一角みたいな武器もないし──
と思っていたら、長い鞭のような尾を振り回してくる。先端近くにあった刺が腕に触れたとき、痺れるような感覚が襲った。
「ぐわあっ!!」
ニーナが駆け寄ってきてステータス回復のセラピーをかけてくれた。マンタのくせに尾ビレに毒を持ってるなんて! 見た目はイトマキエイでもシビレエイとアカエイのスキルを併せ持っているのか……。
「毒針のほうは私がやるから、朋也は発電機構を狙って! ヒレの根元、エラの近くにあるわ!」
彼女に危険な役回りを引き受けさせるのは気が引けるが……ともかく急いで片を付けよう! 朋也は水を蹴って神エイの腹側に潜り込んだ。
ニーナの指摘したとおり、体側中央に沿って発電用の器官が並んでいる。朋也はその関節状の器官の継ぎ目辺りに銛を打ち込んだ。周囲の海中に電気が放出される。うわっ、ビリビリきた!
神エイは巨大なヒレを巻き込むように身悶えした。
≪メタモルフォース!!≫
再び白い泡が彼を包み込んでいく。これで第2問クリアだ。
この試験が全部でいくつの課題をこなさなくちゃいけないのかわからないが、この調子でいけばきっとパスできるだろう。何しろ、こっちにはニーナという頼もしい存在がそばにいてくれるんだし(もちろん、クルルとマーヤもだけど)、怖いことなんて何もない──
ところが、今度は泡に包まれたのはレヴィアタンだけではなかった。
「ニーナ!?」
彼女の姿が渦巻く泡の中で薄れ始めたのだ。朋也はあわてて彼女の名を叫んだ。
「朋也、神鯨の言った言葉、忘れないようにね……」
それだけ言い残すと、ニーナの姿は泡とともに忽然と消えた。
「あれっ!? ニーナが消えちゃったよ!? どこ行っちゃったの?」
クルルが不安げに辺りをキョロキョロ見回す。
朋也は呆然と彼女の消えた場所を見つめながら考え込んだ。どういうことなんだ?? 神鯨の言った言葉──「何が起こっても試験を続けろ」、か……。
仕方ない、ともかく合格発表があるまで戦い続ける以外ないんだろう。2戦ともニーナの機知のおかげで勝てたようなもんだから、彼女が離脱するのは痛いけど……。不安を抱きながらも、レヴィアタンに向き直る。
お次の相手は──何やら茶色っぽい不定形のものが一面に広がっている。何だこりゃ? よく目を凝らすと、どうやらそれは藻らしかった。気泡で海面に浮かぶ褐藻の一種、ホンダワラだ。一昔前は魔の海域サルガッソーで船を沈めた原因となっていたのは有名な話である。神ホンダワラ:神藻とでも呼べばいいんだろうか?
なめてかかったのは誤りだったのがじきにわかる。攻撃しても全然手応えがない……というかきりがなくて、朋也の銛では埒が開かなかった。どこかに弱点があるようにも見えない。つまり、一面のホンダワラを全部一掃する必要があるということだ。おまけに神藻の使ってくる特殊攻撃は、こちらの体力を徐々に奪っていく厄介なものだった。
「朋也! クルル大技使っちゃうから、後頼むねっ!? チップ!!」
クルルが行使したのは、ウサギ族の奥義である強力な無属性全体攻撃だった。財布の鉱石がすっからかんになり、1度きりしか使えないというデメリットもあったりする……。
手持ちの鉱石はもともとたいして残っていなかったが、相手が植物だけにウサギ属性の攻撃には弱かったと見え、クルルのおかげで神藻は撃退できた。
≪メタモルフォース!!≫
またか──と、今度はクルルの姿が泡に包まれ始めた。
「クルルッ!?」
彼女はあっと叫び声を上げる間もなく、白い泡に飲み込まれるように姿を消した。
「ふぇぇ~ん、2人ともいなくなっちゃったよぉ~」
マーヤが心細そうな声で訴える。
「次はあたしの番? 朋也の番? 1人で残って戦うの嫌だから、あたしがいいなぁ♪」
……。続いて登場したのはバラクーダ。それも集団だ……。ホンダワラと違って攻撃力が高いだけに、2人で相手にするのはちと骨が折れそうだ。
朋也は今度も前衛で打って出た。マーヤを攻撃されたらひとたまりもないしな……。1尾1尾を仕留めるのはそれほど苦ではない。なるべく早く数を減らそうとして、彼はせっせと銛を振るった。
だが、仲間(?)の血に興奮したのか、バラクーダの動きと攻撃性が上がっていき、彼はすっかり取り込まれてしまった。四方八方から次々に突っ込んでくる銛そのもののような魚に、手持ちのCN製銛1本では追い払いきれず、たちまち全身を切り刻まれていく。
マーヤが遠くからヒーリングをかけてくれた。助かった……と思ったら、バラクーダたちは彼女の動きに気づいたようで、尖ったクチバシの先を一斉にマーヤのほうへ向けた。
「ひぃぃ~~ん!」
ヤバイと思ってハラハラしながら振り返ると、彼女は覚悟を決めたらしく矢を弓につがえた。
「朋也ぁ、あたしも大技使っちゃうから、後ヨロシクゥ~♪ 五月雨射ちぃーっ!!」
それは妖精族の奥義スキルで、相手に無数の矢を雨あられと浴びせる全体射撃技だった。でも、クルルのと違って矢が残ってれば別に何度でも使用可能なはずだけどな……。
今度もマーヤの〝大技〟が効を奏し、バラクーダはほとんど一掃された。朋也が生き残りの連中を片付けていると、神カマスたちは1ヵ所に集合し始めた。
≪メタモルフォース!!≫
案の定、マーヤの姿も白い泡に包まれ、掻き消すようにいなくなった。事前に体力を全快しといてもらえばよかった……。
バラクーダの次に登場したのは、巨大イカだった。ダイオウイカなどの深海性のイカは、浮力の調節に塩化アンモニウムを使用している関係で筋力が弱いとものの本にあったが、神烏賊(神ゲソ?)の10本の触手はまるで強靭な鞭のようだった。おまけに吸盤も強力で、吸い付かれると引っぺがしても輪っかみたく血の筋が浮き上がってしまう。これはカッコ悪い……というか痛い。
こいつも1人で相手をするのはかなり面倒な難敵だ。といっても、パーティーの仲間たちはみんな試験会場から強制退場させられてしまったし、今までの戦いではほとんどみんなの力を借りっぱなしだったから、ここらで少しは自分も活躍してみせないとな……。
サポートしてくれる仲間がもういないため、長期戦はやはり不利だ。弱点はどこかチェックしようと凝視する。やっぱりあのバカでかいギョロ目か、目の間にあるはずの頭部だろう。朋也は一か八か特攻を試みた。が、目標に届く前に足に絡みつかれてしまう。しまった!?
イカの触手はグイグイと朋也の身体を締め上げる。触手に向かって無我夢中で銛を突くが、ぐにゃぐにゃした触手には効いた様子がない。
そうこうしているうちに、触手は足から胴へと這い上がってくる。そのまま朋也の身体をイカの本体のほうに手繰り寄せていく。つかまるものもない海中だけに、この触手を振りほどくことができない限り為すがままだ。
10本の触手の間には、鋭いカラストンビを覗かせる巨大な口が待ち構えていた。まさか、俺を食べるつもりじゃないだろうな!? これって試験じゃなかったのかよ!? トウモロコシみたいにイカに丸かじりされるのはごめんだ……。やっぱりニーナがいないと、俺1人じゃ──
弱気になりかけて、朋也は自分を叱咤するように首を振った。いや、1人で何とか切り抜けるんだ! ここであきらめたら今まで手伝ってくれたみんなに申し訳ない……。
朋也はまだ自由が効く腕で銛をイカの頭部目がけて投げつけた。これを外したら一巻の終わりだったが、銛は見事にイカの脳天に命中した。触手がぐったりして解け、身体が自由になる。
やった、倒したぞ! かなりビビらされたけど。もうこれで終わり……だよな?
≪メタモルフォース!!≫
まだやんの!? イカの姿が白い泡に覆われていく。次の相手は……かなり小さいようだ。朋也と同じくらいか。やがて渦巻く泡の向こうに現れたのはなんと……ニーナだった──