「ニ、ニーナッ!? 一体──」
これは何の冗談だ? そうか、合格発表に出てきてくれたんだな? そう、それでちょっと俺を脅かしてみただけなんだ……。朋也が彼女に近寄ろうとすると、ニーナは銛を構えて彼をきっとにらみ据えた。
「朋也……まだテストは終わってないわ。これがあなたの最後の試練。私を倒すのっ!!」
バカな!? 朋也はその場にとどまって困惑した顔でニーナを見た。
「そんなこと、できるわけないだろ!? 大体、君は神鯨じゃない。これじゃ話が──」
朋也が言いかけたとき、ニーナの姿が不意に揺らめいた。ほんの一瞬ずつ、彼女の姿が巨大な一角鯨に、マンタに、サルガッソーに、ダイオウイカに、次々に変化し、またニーナの姿に戻る。どういうことなんだ!? 彼女はレヴィアタンなのか!? もしかして、イルカ族の成熟形態のパイロットって言ってたのも──
朋也の内心の問いに答えるかのように、ニーナが厳しい口調で言う。
「私はニーナ。私はレヴィアタン。私はどちらでもあり、どちらでもない……。あなたがいま為すべきことは、朋也、考えることじゃないのよ? 蒼玉を手にする資格があるかどうかを示すこと……。強靭な精神の持ち主でなくては、サファイアの力を引き出すことはできない。あなたは試練を受けることを承諾したわ。このテストにパスしなければ、あなたのお友達を助けることも、2つの世界を救うこともできない。そして、あなた自身も〝鯨夢〟に堕ちたまま一生浮かび上がることができなくなる……」
くっ……朋也はまだ約束が違うという不満を拭いきれなかった。サファイアさえあれば誰も傷つけずに済むという話だった。なのに、ニーナを傷つけることになるんじゃ意味がない……。
だが、他に選択の余地はなかった。仕方なく、自分もCNチューブ銛を構えて彼女と対峙する。これはテストなんだと自分を言い聞かせて。
「さあ、行くわよ! あなたの強さを私に見せてっ!!」
銛を手に突進してくる。身をかわしたと思ったとたん、背中に強烈な尾ビレの一撃を食らう。
「ぐわっ!!」
彼女のさすまたのような尻尾は、40ノットの推進力を生み出し、海上に10メートルも飛び上がることのできる強靭な筋肉の固まりだ。下手をすれば背骨をへし折られるくらいの凶器といっていい。
ちょっと油断した。朋也は用心深く距離をとって彼女の全身を視界に捉えようとした。
サイズは等身大だし奇抜な特殊攻撃を使ってくるわけでもない。だが、やはりニーナはこれまでのバージョンのレヴィアタンのどれよりも手強い相手だ。海中のモンスターやプロトキマイラ、そして神鯨自身と戦ってきたときも、ニーナの働きの有無で戦況は全然違ったはずだった。
もっとも、海棲のイルカ族を相手にニンゲンの自分が水中戦を挑めば大きなハンデを背負わされるのは当然のことだ。有利な点があるとすれば、腕の筋力とリーチ、そして道具慣れの差くらいだろう。ニーナの銛技は、流線型のフォームが生み出すスピードと慣性による破壊力が持ち味だが、腕のみを使った細かい芸当はそれほど得手とは言いがたい。また、体力が高いとはいえ、武器で相手の攻撃を弾く技術も欠けていた。
朋也は攻め手に回り、尾ビレの動きに注意しながら、斬りと突きを組み合わせたラッシュを浴びせた。互いの立場が拮抗し、ついに逆転し始める。
それにしても……彼女と鉾先を交えるのをテストだからと自分に認めさせることは、やはり朋也には困難なことだった。攻撃が当たるとやっぱり彼女は痛そうに顔をしかめる。その度に、自分も心臓の辺りがズキンとする。世界のためだと言って彼女を傷つけるのが強さだなんて言えるのか? まあ、マンタやイカやホンダワラ(……)相手なら傷つけても平気なのかと言われれば言葉に詰まってしまうけど。
だからといって、ここで棄権することができないのもわかっている。せめて、もっと自分を納得させる方法があれば……。
朋也は自分の気持ちに照らして、危険を承知の賭けに出た。ニーナの攻撃をよけようとせず、まともに受け止めた。脇腹を激痛が走る。
「ぐはっ!!」
「ど、どうして!?」
攻撃をかわされるだろうと予期していたニーナがハッとして息を呑む。鮮血が空気の防護スーツを透過して海中に滲み出す。
「こうでもしないと、やっぱり本気出せないんでね……。行くぞ、ニーナ……さっさと試験を終わらせてやる!!」
これが〝夢〟ならノープロブレムだし、〝夢〟でないならなおさら彼女1人に痛い思いをさせるわけにはいかない。
あまり長く痛みに耐えられそうにないので、この一撃で片を付けようと構えに入る。目の前の彼女が二重にブレて見える。ちょっと派手に受けすぎた。できれば相討ちぐらいがいいんだけどな……。
上半身よりはまだ心理的抵抗が少ないと、ニーナのイルカそっくりの下半身に照準を絞ると、真っすぐ突っ込んでいく。彼女のほうも刺し違える気でいるかのように突進してきた。
擦れ違いざまに銛を突き出す。一撃目は掠っただけで見事にかわされた。だが、朋也は素早く銛を持ち替え、刃先を短く握りなおすと、彼女の回避行動に合わせるように外に向けて振り切った。鈍い衝撃とともに確かに命中した手応えを感じる。
ニーナは胎児のように身を丸めてぐったりとなった。
「ニ、ニーナ……」
まさか本当に殺しちまったんじゃないだろうな!? あわてて彼女の名を呼びながら反転して近寄ろうとするが、自分も痛みと出血がひどくなり意識が朦朧としてきた。くそっ……こんなテストなんて2度と願い下げだ!
そこで朋也は気を失った──