朋也とミオのエデンでの新しい生活が始まった。朋也があらかじめ覚悟していたのに比べると拍子抜けするくらい、ミオは素直に自分と向き合ってくれた。
彼は幸せだった。
ところが──
「それじゃ、仕事に出かけてくるよ」
朋也が声をかけても、ミオは窓辺に腰掛けて外をながめたまま返事がない。
「ええっと、ミ、ミオ? 俺、行ってくるから……」
2回目でやっと朋也の存在に気づいたみたいだ。
「え? あ……ハイ、行ってらっしゃい、Darling♥」
いつもの挨拶を交わすと、すぐに窓際に戻ってしまう……。
最近、ミオの様子がどうもおかしい。こんな感じで、いっつも上の空なのだ。一緒に暮らし始めて3年になるが(変身前も含めれば5年近くになるけど)、朋也としては倦怠期どころかまだ新婚ホヤホヤのつもりだ。
ひょっとして、浮気じゃないだろうな? カイト以上の男はエデン中捜してもそういやしないし、俺はそのあいつに勝ったんだし、あんな大恋愛の末のゴールインだったんだから、まさかとは思うけど……。
でも、何しろ気まぐれで飽きっぽい彼女のことだ。絶対ないとは言い切れない。ちくしょ~、俺はまだこんなに彼女一筋なのに。
けどまあ、前みたいに世界をひっくり返すようなまねをしない分だけまだマシか──
数日後──
「ただいま~♪」
朋也が帰宅してみると、いつも玄関で出迎えてくれるはずのミオの姿がなかった。
「あれ? ミオ? おーい」
エデンに来る前から、家に帰ると尻尾を高々と掲げながらキスをしてくれるのが日課だった。まあ、結婚してからは、ミオ自身が家を空けていることもあったし、「お帰りニャさい」の挨拶もややお座なりになっていたけど……。
「おかしいな? 今日は特に予定も入ってなかったはずなのに……」
首をかしげながら、台所、洗面所から押入まで見て回ったが、ミオはどこにもいない。家の中はもぬけの殻だった。
次第に不安が募ってくる。ここ数日様子がおかしいとは思っていたが、さすがに自分に何も告げずに家を空けたことは今までなかったのに……。
何か見落としたサインでもないかと、各部屋をもう一巡りしようとしたとき、テーブルの上に置かれた手紙が目に入る。今朝まではなかったはずだ。
「手紙?」
肉球マークのシールで封がしてある。ミオが朋也宛にしたためたものに間違いない。
バリバリに嫌な予感がしたが、封を開けて中の手紙に目を通す。そこには彼女独特のかわいらしいタッチの文字でこう書かれていた。
〝しばらく留守にするニャ。捜さニャイでね♥ ──ミオ〟
頭の中でガァーーンというピアノの不協和音がこだまする。
「はぁ……。まさかまた家出されるとは……」
ショックのあまり、朋也はがっくりと椅子に腰を下ろして頭を抱えた。
ミオ~、一体俺のどこが不満なんだよ~(T_T) モノスフィアで前駆形態の彼女が姿をくらましたときと同じように、朋也は必死に頭を働かせて原因を探り出そうとした。
そりゃ確かに、トレジャーハンターのミオのほうが朋也より稼ぎはいい。けれど、料理に皿洗い、掃除、洗濯まで、家事はほとんど全部仕事と兼業で朋也がこなしている。ミオはたまに自分の好物の魚料理を食べたくなったときに作るだけだ。マタタビ酒の晩酌にもつきあっているし、肩を揉めと言われればいつでも揉んでやっているし、ショッピングに出かければ何でも好きなものを(朋也自身は我慢して)買ってやっているし、家の内装もすべて彼女の好みに合わせてDIYしたし、それ以外にも物理的・財政的に可能な限り、朋也はミオのわがままをどんなことでも聞いてきた。あのとき誓ったとおりに……。
朋也がミオの意思に反する要求をしたのは、アニムスを返すように迫ったあの最後の戦いのたった一度だけだ。
……。朋也はそこでにわかに大きな不安に駆られた。目をやったのは、窓際に置かれた真っ青な水晶玉のような奇妙なオブジェだ。何日か前にミオが持ち込んだもので、朋也が尋ねても彼女は曖昧に受け流しただけで、彼も〝戦利品〟なのだろうと特に気にも留めていなかった。
だが、改めてよく見てみると、それはあのときレゴラス神殿の最深部で目にした紅玉と碧玉の2つのアニムスとそっくりだった。違うのは色だけだ。もちろん、本物のはずはないので、蒼玉:サファイアのアニムスのレプリカなのだろう。
ミオの集めてきたコレクションは3階にあたるロフトに収蔵され、スペースをすべて占拠している。ちなみに、彼女の許可なしでは朋也は入室もできない。だが、この一品だけは2人の寝室に置かれ、ミオはときどき手に取り目を細めてながめては思索をめぐらしているふうだった。
「ミオのやつ、まさかまた悪い癖がぶり返したんじゃないだろうな? てっきりもう懲りたと思ったのに……ん?」
蒼玉のレプリカに触れようとしたとき、台座の下に敷かれた布の端から何か白いものがのぞいているのに気づく。手に取ってみると、それはミオが走り書きしたメモだった。
例のブツに関する有力情報:
①ガキンチョ
②キマイラの後ろ
③人魚の入り江
おそらく、〝例のブツ〟、すなわちサファイアの所在に関する何某かのヒントが記されているのだろう。けど、〝ガキンチョ〟って誰のことだろ?
ああ、思い出した、クルルだ。一緒にパーティーを組んでいたころ、ミオがいつもその仇名で呼んでいたっけ。
朋也はそこで首をひねった。なぜクルルの名が有力情報に含まれているんだろう? ユフラファ村に住む普通のウサギ族の女の子にすぎない彼女が、サファイアのアニムスと関係しているなんてにわかには信じがたい。
とはいえ、あのミオが〝有力情報〟として名指しで挙げている以上、きっと何か根拠があるのだろう。
朋也はクルルの顔を思い浮かべた。そういえば、彼女ともご無沙汰しているな。あの後、故郷のユフラファ村に戻って暮らしているはずだけど、元気にしているかな? 3年もあれば、ずいぶん大人びたに違いない。
家出したミオの行方を突き止める手がかりはこのメモしかない。せっかくの機会だし、クルルに会って確かめに行こう。
朋也は決心を固めた。場合によっては長旅になるかもしれない。戸棚を開くと、奥にしまっていたカイトの形見であるシャドウネイルを取り出し、久しぶりの感触を確かめる。2つのアニムスの封印が解かれてから減ってきたとはいえ、まだモンスターの脅威も残っているし、入念に準備するに越したことはない。
路銀代わりの鉱石も家中の引出からかき集める。夫婦の財産を実質管理しているのはミオで、朋也は毎月必要な2人の生活費の分しか渡してもらっておらず、心もとない金額だったが、まあ何とかなるだろう。
紅玉は力を、碧玉は叡智を司るアニムスなのに対し、蒼玉は何を司っているのかさえ不明だった。ミオはきっとその秘密を解き明かし、自らのものにしようと狙っているに違いない。しかし、彼女の本当の目的まではわからない。また世界を支配しようと目論んでいるとは信じたくないが……。
いずれにしても、なすべきことは1つだった。朋也は愛車エメラルド号のエンジンをかけると、2人の愛の巣を後にし、西を目指して旅立った。
「ミオ……おまえが何を企んでいるのか知らないが、世界を再び破滅に導くわけにはいかない。必ず俺の手で止めてみせる! だって……俺はおまえを愛しているから!!」