朋也は家出したミオの残したメモを便りに、彼女の消息を追うことにした。最初の目的地はクルルの住むウサギ族の村ユフラファだ。朋也はエメラルド号を駆って大陸西部を目指した。
エメラルド号(旧BSE2号)は、オーギュスト博士の遺した3台の自走車のうち片側にサイドカーの付いた2人乗用の1台だ。パーティーの他のメンバーは誰も使わないというので、単車のルビー号、両側にサイドカーの付いた3人乗用のサファイア号とともども、朋也たち夫婦が引き取ったのだ。ルビー号ではなくエメラルド号を持ち出したのは、もちろん帰路でミオを乗せて帰ることを念頭に置いたためだが。
実は、そもそも2人が新居に定めたのは旧オーギュスト邸だったりする。リフォームしたとはいえ、何しろ無数の死体が埋まっている曰く付きの場所だ。朋也はそんな〝事故物件〟をマイホームにするなんて勘弁して欲しかったのだが、ミオはまったく気にしないどころか、ただでゲットして得したとしか思っていないふうだった。
ミオが不在のときに1人で留守番するのは願い下げだったので、彼としては家を離れる口実ができて返ってよかったかもしれない。というより、この家で安心して暮らすためにも、早いところミオを連れ戻すに限る。
中央山脈まで続く荒野を突っ切り、エルロンの深い森を抜け、オルドロイ山の麓に横たわるスーラ高原と急峻なモルグル地峡を渡ると、そこはステップの広がる大陸西部だ。
朋也がユフラファに到着した頃にはすでに日が暮れかけていた。出るのが遅かったこともあるが、峠を越えて大陸を横断しようとすれば、さすがに1日がかりになってしまう。
半年くらい前にクルルから受け取った近況を伝える手紙には、確かラディッシュおばさんの家で引き続き世話になっている旨書かれていた。詳しい事情までは聞いていないが、何でもクルルには両親がおらず、おばといっても血もつながっていないらしい。
エメラルド号を村の入口の門のそばに停めると、クルルの住む家に向かう。手紙には村の南東の角に位置していると書いてあった。
ユフラファの家はどれも茅葺屋根の農家風で造りがよく似ているため、見ただけではどれが彼女の住まいかわからない。手紙にあったとおり、一番端の家の戸をたたいてみる。
「ごめんくださーい」
しばらくして、年配のウサギ族の女性が扉を開いた。たぶんこの人がラディッシュさんだろう。
「おや、どちらさま?」
「夜分にすみません。俺、以前クルルに世話になったことのある朋也って者です。彼女がこちらにいるとうかがったんですが……」
「あら、クルルのお友達かい。話は聞いてるよ。オルドロイの事件のとき一緒に旅したっていう男の子だね。あの子ならいま出かけてるよ。たぶん、ルネ湖のほうにいるんじゃないかねえ」
「ルネ湖ですね。わかりました。ありがとうございます」
少ししてからラディッシュはやや浮かない表情で付け加えた。
「最近あの子、元気がなくってねえ。湖の畔でぼおっとしてることが多いんだよ。おまえさん、あの子の友達なら、どうか顔を見せて励ましてやっておくれ」
「え? あ……はい、わかりました……」
その場はそう返事をしたものの、朋也は戸惑いを覚えた。あのクルルが元気がないって? 元気を絵に描いたような子なのに、彼女らしくないな。何かあったんだろうか?
ともかく、その辺りも確かめるべく、朋也は村に面したルネ湖の畔まで彼女に会いに行ってみることにした。
クルルはすぐに見つかった。湖面に映る月影をぼんやりと見つめている。ラディッシュの言ったとおり、確かに気落ちしているように見えなくもない。〝ミャウ〟を名乗って別人を装っていたのがバレた後のミオの反応を、朋也はちょっと思い出した。
「クルル?」
しばらくぶりの対面だし、驚かさないようにと朋也はそっと声をかけたつもりだったが、彼女はその場でぴょんと跳び上がった。
「!? 朋也! びっくりしたあ!」
「なんかあったのか? 最近元気がないっておばさんから聞いたんだけど……」
続くクルルの台詞は、朋也のまったく予想だにしないものだった。
「ムゥ……白々しいんだから! 朋也なら、クルルがしょんぼりしてる理由知らないはずないでしょ!?」
「え? な、なんで!? 俺と関係あんの??」
いきなり自分が原因であるかのように言われても、まったく身に覚えがないだけに、朋也としては戸惑いを隠せない。レゴラスで事件が幕を閉じ、パーティーが解散して以来、たまに手紙をやり取りするだけでお互い顔を合わせてさえいなかったのに。
すると、クルルは堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりにさらに怒りを爆発させた。
「もう許さないんだから! クルルの大切なブローチ、返してよっ!!」