激怒したクルルは朋也に向かって躍りかかってきた。手より先に足が出てきたが。
ウサギ族の鍛えられた太腿で放たれる強烈なキックは半端じゃない。一種の凶器とさえいえる。といって、彼女を傷つけるわけにもいかず、半ば恐怖に駆られつつ、朋也はギリギリのところで回避を試みた。
「ブローチの恨み、思い知れ! 必殺ウサピョンソバット!!」
しまった、油断した……。ウサギ族のスキルの中で最強の踵落としが見事に決まり、朋也はその場で昏倒してしまった。
「と、朋也! 大丈夫!?」
さすがにやりすぎたと思ったクルルがあわてて彼のもとに駆け寄る。朋也はフラフラする頭を抱えて何とか上半身を起こした。
「ちょ、ちょっと、本当に濡れ衣だってば! ユフラファに来たのだって3年前の話だし、クルルの身に着けてるものを俺がどうにかできるわけないじゃん」
朋也は改めて弁解を試みたが、クルルはまた臍を曲げ始めた。
「ごまかそうとしたってダメだからね! 自分がコレクションにするって、ミオに頼んで盗ませたのは朋也でしょ!? 本人がそう言ってたんだから!」
「なんだって!? ミオがそんなことを?」
もちろん、朋也には寝耳に水の話だ。彼の反応に、クルルも戸惑いを見せる。
「えっ!? 朋也は知らないの? でも、彼女は『朋也に頼まれた』って言ってたよ?」
「それっていつのこと?」
「ううんと……1週間くらい前かな? 突然村にやってきてさ。このブローチを譲ってくれって頼まれたんだよ。『朋也がどうしても欲しがってるから』って。クルルもさんざん悩んだけど、あの蒼いブローチはクルルの亡くなった両親の形見だから、やっぱり手放せないって断ったの。そしたら、次の朝に私の部屋から消えててさ。彼女と一緒に……」
それを聞いて、朋也は深いため息を吐いた。
「そういや、ちょうどそのころ泊りがけの〝仕事〟で留守にしてたっけ。まあ、あいつなら平気で俺をダシにするだろうしな……」
「じゃあ、朋也が頼んだわけじゃなかったんだ。ごめんね、蹴っ飛ばしちゃって」
「まあ、ミオのやつにだまされたんじゃ仕方ないさ。お互い被害者ってことだな」
頭を下げるクルルに、朋也は苦笑しながら答えた。それから、ミオのメモの内容を振り返り、首をひねりながらつぶやく。
「そういや、クルルの身に着けてたブローチって、確かにきれいな青い色の宝石がはまってたけど……まさかそれがサファイアのアニムスだなんてことは……」
「アニムスって、この世界を統べる力が封じられた神獣様しか扱えない神具でしょ? あのブローチはクルルの大事な宝物だけど、それがアニムスなわけないじゃん!」
「ああ、いや……俺がそう思ったわけじゃないってば。ミオのやつが勝手にそう思い込んでるだけで……」
そう言いつつも、朋也は内心では全否定することはできなかった。あの賢いミオのことだ、何の根拠もなくクルルのブローチをアニムスと勘違したりはすまい。
「なんでもいいけどさ、早く返してもらうように、朋也からミオに言ってよ!」
口を尖らせるクルルに、朋也はしょんぼりと肩を落としながら打ち明けた。
「それが……実はあいつ、今日家出しちゃって……」
「えっ!? 朋也、ミオとケンカしたの!? もしかして離婚しちゃったの!?」
クルルがびっくりして尋ねたので、あわてて強く否定する。
「ち、違うよ! 離婚なんかしてないって! 少なくとも、俺の方は死ぬまで彼女と別れるつもりはないさ」
「なあんだ、クルル、心配して損しちゃったよ!」
そこでラディッシュおばさんの依頼を思い出した朋也は、単刀直入に彼女に訊いてみた。
「ところで、クルルが塞ぎ込んでいたのって、大事なブローチをミオに盗られちゃった所為……なのは当然だろうけど、それだけかい? 何かほかに悩みごとでもあるの?」
「べ、別に悩みごとなんて何もないよ! 本当に、ブローチをなくして落ち込んでただけだってば……」
クルルはモジモジしながらそう答えると、朋也の視線を避けるように背中を向けた。
(はあ……クルルもちょっぴり朋也のことが気になってた──なんて、いまさら言えないもんね……)
それから、クルルは気を取り直したように笑顔で朋也に持ちかけた。
「それじゃあ、ミオを見つけ出そうよ! クルルも一緒に捜すの手伝ってあげるからさ。早くブローチ返してほしいし」
「いいのかい? すまないな、クルルまでトラブルに巻き込んじゃって」
「ううん、全然! また朋也と一緒に旅ができてうれしいよ♪」
クルルは旅の間中見せてくれたのと同じ溌剌とした笑みを浮かべて言った。よかった、元気を取り戻してくれたみたいだな──
「じゃあ、今夜はもう遅いし、朋也もおばさんの家に泊まって明日出発するのでいいよね? 晩ご飯まだでしょ? クルルが腕をふるって用意するからさ♪ クフフ♥」
「あ、うん。ありがとう、ご馳走になるよ……」
この間に料理の腕も少しは上達していてくれたらいいな、と朋也は願った。声には出さなかったけど。