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 翌朝、のどかなユフラファ村の1日が始まった。すがすがしい空気と鳥たちの声に、朋也はすっきりと目覚めた。クルルが腕をふるうことになっていた夕べの晩ご飯も、彼女はほんのちょっぴり手伝っただけでほとんどラディッシュおばさんが手がけたので、美味しくいただくことができた。
 おばさんに朝食をご馳走になった後、朋也はクルルと一緒にミオ捜索の計画を立てることにした。
「どこを捜せばいいかな? 朋也はミオの行き先に何か心当たりあるの?」
「あいつの残したメモによれば、神獣キマイラのところへ行った可能性があるな。けど、レゴラス神殿に入るのも許可がいるし、いったんマーヤに頼みに行こうと思うんだ」
「そっか。クルルもマーヤに会いたいな♪ 彼女はいまビスタの街のリハビリセンターで働いているはずだよ。」
 ビスタはユフラファのすぐ南にあるので、エメラルド号なら30分もかからない。2人はさっそく出かけることにした。
 ほどなくビスタの北門に到着する。城外の木立のそばにエメラルド号を停めると、2人は町の中に入った。
 途中、クルルがバイトで世話になったマスターの顔を見に行きたいというので、町の西側にある酒場に立ち寄る。朋也がクルルと最初に出会った場所だ。
「マスター!」
 グラスを拭いていたアライグマ族の店主は、メガネ越しにこちらをのぞくと、クルルに気づいてすぐ顔をほころばせた。
「やあ、クルルじゃないか。久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「うん! ユフラファでのんびりしてるよ。いま、助産師の資格を取るために勉強してるところなんだ」
「ほう。そいつはえらいね」
 マスターが感心してうなずく。クルルが助産師を目指して勉強中なのは、朋也も夕べ食事をしながら教えてもらった。モンスターと戦う危険な冒険より、新しい命を育む平和な仕事に就くほうが、彼女にはやっぱりお似合いだ。もちろん、悲劇に見舞われたユフラファとインレのウサギ族のために役立ちたいというのが、本人にとっては一番の志望動機だろうが。
「お店の方はどう?」
「ボチボチやってるさ。半分道楽みたいなもんだからね」
 そこでマスターは朋也に目を向けた。
「お兄さんはクルルのお友達かい? ボーイフレンドかな? でも、ネコ族だよね?」
 3年前にも一度来店しているのだが、さすがに覚えていないようだ。当時も変装してネコ族のふりをしていたけど、今の朋也は常時ネコミミ装備のうえ体臭も9割方ネコ化していたため、視力のよくないアライグマ族のマスターに見間違えられても不思議はない。
「と、朋也はただのお友達だよ! それに、彼、もう奥さんがいるし……」
 クルルがあわてて説明する。
「そうか。まあでも、クルルもそろそろ年頃なんだし、仕事だけじゃなく家庭を持つことも考えてるんだろ? いい男性(ひと)がいたら、ぜひうちに連れておいで♪」
 そう言いながらマスターは目を細めた。そこでクルルは頬杖をつきながら独り言のようにぼおっとつぶやいた。
「いい男性(ひと)かあ……。一応1人いたんだけど、もう別の女性と結婚しちゃったんだよね……」
 え……それって……。直球すぎる告白に、朋也は軽い衝撃を受けた。彼自身はミオに夢中なあまり、彼女の気持ちに気づく余裕もなかった。もしかしたら、知らず知らず傷つけていた部分もあったのかもしれない。けど……こんなにまっすぐないい子なんだし、きっとそのうち素敵な出会いが待っているに違いない。そう信じたかった。
 しばらくマスターと歓談してから別れを告げ、酒場を後にすると、南にあるリハビリセンターへ向かうことに。
 受付にいたCクラスの妖精に取次を頼む。
「マーヤはいるかい?」
「所長さんに会いに来たの? ちょっと待ってね」
 へえ、マーヤ、〝裏〟じゃなくてちゃんとした〝表〟の所長になってたのか……。初耳の情報に、朋也は目を丸くした。
 数分後、当のマーヤがセンターの入口までやってきた。心なしか、一緒に旅をした頃に比べ背が伸びた気がする。
「あらぁ、朋也にクルルじゃなぁい。久しぶりねぇ~♪」
「マーヤ、所長さんになったんだね! 昇進おめでとう♪」
 クルルが誉めそやすと、マーヤはエッヘンとばかり小さな胸をそびやかした。
「えへへぇ~♪ まぁ、実力だけどねぇ~」
「そういや、マーヤって今年200歳になるんだったっけ。年功序列だったら遅すぎるくらいだけどな。それに、〝影の所長〟のほうがなんか偉そうな気がしない?」
「朋也ったらぁ、いちいちカチンとくること言うわねぇ~(`´)」
 得意満面のマーヤを朋也が冷やかすと、彼女は湯気を立ててプンスカ怒りだした。ちょっと意地悪しすぎたかな。
 マーヤが話題を変える。
「それより、2人そろってどうしたのぉ? それに、ミオはぁ? 朋也が訪ねてくるなら、きっと彼女も一緒だと思ったのにぃ」
「それが、かくしかじかで──」
 朋也が一連の事情を説明すると、マーヤはびっくりして羽の色をめまぐるしく点滅させた。まあ、当然の反応だろうけど。
「ええぇ~~っ!? ミオが今度はサファイアのアニムスを狙ってるですってぇ~~!?」
 そう言ってから、首をかしげながら付け加える。
「けどぉ、第3のアニムスと正体不明の神獣様の所在はキマイラ様さえ知らないのよぉ~」
「クルルもブローチを盗まれちゃったんだよ!」
「あらまぁ~……。じゃあ、それっぽいものを手当たり次第に集めるつもりなのかしらぁ?」
「彼女の残したメモによれば、もう1つの候補が《キマイラの後ろ》にあるらしいんだ。たぶん、あのとき最後に到達したアニムスの塔のことを指してると思うんだけど。あいつのことだから、きっとレゴラス神殿に不法侵入を企てるだろうし、実際できちゃうだろうけど、俺たちには無理な相談だからさ。マーヤに力を貸してもらおうと思って」
「なるほどぉ。そういうことならどぉんと任せなさぁ~い♪ あたしなら神殿にもフリーパスで入れるし、キマイラ様にもかけ合ってあげるからぁ」
 マーヤはちっちゃな胸をポンとたたいて請け合ってくれた。朋也もホッと胸をなで下ろした。
「悪いな。留守の間、センターのほうは大丈夫? 影……じゃない、所長の業務に支障を来さないかな?」
「後輩たちに任せていくから心配要らないわよぉ~。じゃあ、さっそく行きましょぉ~♪」
「わあい、パーティーが3人に増えたよ♪ なんだか、あのときの冒険を思い出すよね! クフフ♪」
 クルルがマーヤと手を取り合って大はしゃぎする。呑気だなあ……。けどまあ、気心の知れた2人が手伝ってくれるので、朋也としても少しは心が軽くなった。
 マーヤが出発の準備をしているとき、朋也は少し気になったことを尋ねてみた。
「ところで、マーヤ。リハビリセンターはまだ同じ業務を続けてるの? キマイラがゲートを閉じて、モノスフィアからの移民を治療する意味はなくなったんじゃない?」
「う~ん、そのはずだったんだけどねぇ。モノスフィアの問題が解決するまでの間はなるべく移民を受け入れ続けることになったのぉ。モンスターも相変わらず出現してるしさぁ。キマイラ様もだいぶ力を取り戻したみたいだから、ときどきゲートを開通させてるのよぉ。もちろん、純粋に動物たちを救助する目的でねぇ。世界のリンクが切れたから、回数は少ないけどぉ」
「そうか……」
 千里1人で解決できる問題じゃないものな……。ジュディと2人でモノスフィアへ帰還した彼女が孤軍奮闘している様を思い起こし、朋也はやましい思いに駆られた。
 そんな彼の表情を読み取ってか、マーヤが付け加える。
「朋也が気にすることじゃないわよぉ。後百年の間に、あなたや千里みたいなニンゲンが増えてくれれば、モンスターだっていずれはエデンからいなくなるからさぁ」
「そうだよ! みんなが信じていれば、世の中はきっといい方向に向かっていくよ。だから、朋也も元気出して!」
 2人が慰めてくれるのはうれしいけど、ただ1人エデンに受け入れてもらったニンゲンの身としては肩身が狭い。
「さぁ、ポジティブに頭を切り替えましょぉ。今回は正規の所長であるあたしの顔パスが利くから、シエナに立ち寄って船のチケットを入手する必要もないわよぉ~。だからぁ、港町ポートグレイに直行しましょぉ~♪」
 小さなマーヤはサイドカーでクルルの膝の上に抱っこしてもらう。2人が席に着いたところで、朋也はエンジンをかけてエメラルド号を発進させた。
 こうして、東を目指す3人の冒険の旅が再開した。


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