朋也たち一行を乗せたエメラルド号は大陸東端の港町ポートグレイに向かって快調に飛ばし続けた。あのときの冒険と同じ経路を通り、モルグル峠からスーラ高原、エルロンの森へ。そして大陸の西半分を占める広大な砂漠を越えていく。
途中、ちょうど行路の半分にあたることもあり、朋也とミオの新居に寄ろうとしたが、たちまち女性2名のブーイングに遭う。
「奥さんが不在のときに他の女性を自宅に連れ込むのはどうかと思うよ!」
「思うわよぉ~~!」
……。2人とも長時間サイドカーに座って疲れただろうから、エメラルド号の整備と燃料補給がてら休憩してもらおうと思っただけなのに。朋也自身はミオに固く貞操を誓っているつもりなのだが、そんなに信用されてないのかなあ?
仕方ないので、少し引き返すことになるが、いったんシエナの街に寄ってクルルとマーヤを下ろす。朋也は再び自宅へとんぼ返りし、その間2人には喫茶店で時間を潰してもらうことに。
これもオーギュスト博士の遺産である自律型工作機械ウシモフにエメラルド号を点検させ、異常がないことを確かめると、シエナへ2人を拾いに行く。
モンスターからの防衛のために張り巡らされた城壁の外でエメラルド号を停車させ、待ち合わせ場所に指定した街の中央の噴水広場へ向かう。
そういや、最初にシエナに滞在したとき出会ったあのネコ族の男はどうしたかな?──と思っていたら、当人に出くわした。
「あ……」
朋也に気づいた男は、剣呑な目つきで彼をジロリと見やった。
「なんだ、君か……。まだ彼女とは離婚しないの?」
……。男はそのままスタスタと通りの向こうに歩いていってしまった。
シエナには2人で連れ立ってちょくちょく買い物に来ていたから、そのとき目撃されていたのだろう。その彼女が家出したのを知ったら喜ぶかもしれないけど……。
そこへちょうどクルルたちが早足でやってきた。
「あ、朋也! 待った?」
「ハイ、これお土産ねぇ~♪ 喫茶店で新しく売り出してた新感覚ハニー和三盆よぉ~♥」
モノスフィアの食文化もルーツはすべてエデンにあるとはいえ、近世以降の料理やお菓子に類似したものが結構多いのは不思議っちゃ不思議だといつも思う朋也だった。
3人はミオを捜す旅を再開した。シエナを出ると、砂漠の道なき道をひたすら走り続ける。オアシスでの小休止を挟んで3時間進んだところで、ようやく砂色一色だった景色が様変わりし、海岸線が見えてくる。
港町ポートグレイを囲む城壁はカラフルで、モノスフィアの海外の漁師町を連想させた。エデンでは海藻の養殖までで漁業は行われていないのだが。
幸い、レゴラス行の定期船はその日の夜のうちに出港することがわかった。本人が請け合ったとおり、今回はマーヤの顔パスですんなり乗船できた。そういや、あのときはミオが出航時間になっても現れず、やきもきさせられたっけ……。
朋也は1人、船べりで目の前に広がる夜の海を見つめ、潮騒に耳を傾けながら、まるで昨日のことのように思える3年前の冒険の日々を思い起こした。千里を誘拐されたうえに期限を切られ、2つの世界が破滅を迎える切迫感に駆られていたあのときとは状況が異なる。同行の2人もきっとちょっとした休暇旅行の気分だろう。
だが、人生をともにするパートナーとなってくれたミオが今はそばにいない。エデンにやってくる前、彼女が行方不明になったときと同じように、朋也は心にぽっかりと穴が開いたように感じた。
彼女がなぜサファイアのアニムスを狙っているのか、手に入れた後どうしようというのか、それがわからないことが朋也を不安にさせた。せっかく2人でささやかな幸福をつかんだと思っていたのに……。
「ミオ……おまえがいまさらアニムスを求める理由が俺にはわからないよ……てっきり今の生活に満足してると思ったのに……」
翌朝、予定どおりレゴラスに到着する。朋也はそのまままんじりともせず夜を明かしたが、夕べは海のうねりも少なく他の2人はよく眠れたようだ。
レゴラス神殿とその周辺は、この前訪れたときからずいぶん様変わりしていた。神殿に勤める妖精たちも、一般市民の観光客ものんびり寛いでおり、張り詰めたような空気は今はない。何しろ、あのときは神殿の内部がモンスターの巣窟と化していたからな。
色とりどりの花が咲き乱れ、古代オリエントの彫像のような柱が並ぶ庭園をすぎ、神殿のエントランスをくぐり抜ける。
中は一転して近代的なビルのホールのようになっており、そこで朋也は前回は見覚えのなかった設備に目を留めた。
「そうそう、エレベーターが直ったから、ここからキマイラ様の玉座まで直通であっという間に行けるようになったんですってぇ~♪」
「へえ。クルル、エレベーターに乗るの初めてだよ!」
前回はあんなに苦労したのに、なんだかあまりにあっさりしすぎて拍子抜けの感が否めないが、平和になった証と思えば文句も言えまい。
いそいそとエレベーターに乗り込むと、マーヤがボタンを押した。
「それじゃあ、上に参りまぁ~す♪」
3人を乗せたエレベーターは、彼女が言ったとおり、本当にあっという間にキマイラの玉座のある最上階に着いた。