再生したキマイラと戦えば苦戦は必至だと朋也は覚悟していた。何しろこちらは神獣との対決を予め想定して準備してきたわけではないし、パーティーもたった3人しかいない。だが、戦闘は思いの外早く決着した。
回復・支援・魔法対策のエキスパートであるマーヤとクルルがいてくれたのは大きかった。正直、またキマイラと争うなど願い下げだったのだが、家庭のトラブルに巻き込んでしまった手前、2人を傷つけるわけにはいかないと、朋也が前衛で踏ん張ったこともある。
ただ、復活したはずのキマイラの戦闘力は前回の対戦時より明らかに弱くなっていた。HPも以前の半分程度だった気がする。ジェネシスの威力もマーヤのトリニティとあまり変わらなかったし。
あのときはカイトに霊力を分譲したうえに、キマイラ自身は中心にマイクロブラックホールを抱えて肉体が腐りかけボロボロだったにもかかわらず、エデンの存亡がかかっていただけに気迫が違っていた。おそらく、3年では本来のステータスを取り戻したとは到底言いがたいのだろう。
《ムゥ……まさか叡智の神獣たる余が2度も敗北を喫するとは。だが、これ以上エデンをお主たちの好きにさせるわけには──》
「キマイラ様ったらぁ、疑り深いにもほどがあるわよぉ! 早とちりしないで落ち着いてあたしたちの話を聞いてちょうだいってばぁ!!」
マーヤがカンカンになって怒鳴りながら、敗北しても懲りない神獣を諌めようとする。奴隷に近かった妖精の待遇を直訴で改善させた立役者だけあって、上司のトップに対しても遠慮がない。
彼女にお膳立てしてもらったところで、朋也は再度説明を試みた。
「今度のことは全部ミオ自身の意思で、俺にも彼女の目的まではわからないけど、あのときとは違うはずなんだ! ともかく、彼女は俺たちの手で止める!」
《……確かに、お主たちの言葉に偽りはないようだな……。余が少々疑心暗鬼になりすぎたようだ。許せ》
キマイラは朋也の目をじっと見つめてから、少しホッとしたような表情で3人に対し詫びを入れた。それから本題に入る。
《まず、ミオとやらがここへ訪れたかどうかは余にはわからぬ》
「なんだって!? いったいどうして?」
驚いて問いただす朋也に、キマイラはさらに説明を続けた。
《リンクの切れた2つの世界を結ぶゲートを開通するのは、前にもましてエネルギーを消耗する作業なのでな。余はその度に長い眠りに就かねばならぬ。実は、余はつい昨日目覚めたばかりなのだ。でなければ、お主たちに負けはしなかったぞ……》
……。キマイラって神獣のくせにしつこく負け意地を張るタイプだよな……。マーヤと目が合うと、彼女もやれやれと肩をすくめた。
《確かに、余が眠りに就いている間に、何者かがアニムスの塔に侵入した形跡はあった。だが、2つのアニムスの封印が解かれたから、現在塔の中は空っぽだ。無論、サファイアのアニムスもここにはない。〝この時空〟ではな……》
「どういう意味?」
《よかろう……お主たちにだけは特別に蒼玉の秘密について教えてしんぜよう。知ってのとおり、叡智の神獣である余ですら、蒼玉とその守護神獣の所在を知ることはできない。なぜなら、蒼玉だけは他の2つのアニムスとまったく異なる性質を有するからだ。お主は多宇宙について知っているか?》
「ええっと……数式とか難しいことはわからないけど、異なる未来に向かって岐れていく宇宙が無数にあるって話だよね?」
《うむ。サファイアの神獣は、ある宇宙では市民の姿を借りた慈愛の神獣となり、別の宇宙では異次元の不定形生命体となり、あるいははるかな深海に潜む巨鯨の姿となる。そのバリエーションは無限だ。蒼玉は変幻自在であり、しかも、多宇宙の間を自由に行き来するのだ。1つの宇宙でもその姿は1つとは限らない。余とお主のいるこの宇宙でさえ、どの姿を象るかは定かでないのだ。紅玉と碧玉の封印を解放した者は、宇宙最高の力ないし叡智を手に入れ、それによって望みをかなえることができる。だが、それはあくまで1つの宇宙での話だ。蒼玉の解放の影響はその比ではない。無限に存在するすべての宇宙を統べることができるのだからな……》
なんだか話がSFじみてきたが、あまりに壮大すぎて途方に暮れてしまう。
「サファイアのアニムスにそんなとてつもない秘密が隠されていたなんて……」
1つはっきりしていることがある。もし、ミオが蒼玉を手にしたら、未来も、過去も、それどころかこの宇宙にとどまらず、無数にある多宇宙のすべてが甚大な影響を被ることになるだろう。それだけは避けなければならない。
《朋也よ。余は再び眠りに就かねばならん。後のことはお主に託す。なんとしても先んじて蒼玉を手に入れ、お主自身がその封印を解くのだ! それ以外に世界を救う道はないぞ──》
そこまで言うと、神獣キマイラは瞼を閉じ、本当に眠りに就いてしまった。3つの頭がそれぞれ寝息を立て始める。後1、2週間は目を覚まさないだろう。
「もぉ~、キマイラ様ったら無責任ねぇー! 朋也に全部丸投げしちゃってさぁ。まあ、消耗させたあたしたちも悪いけどぉ……」
マーヤが呆れた声で言う。それから彼女は朋也を振り返って尋ねた。
「どうする、朋也ぁ? ミオの行き先について、他に心当たりあるぅ?」
「ミオの残したメモの最後のキーワードは『人魚の入り江』だったな」
「『人魚の入り江』っていったら、ポートグレイの観光名所になってる海岸の洞窟のことじゃない?」
クルルがポンと手を打って答えた。なるほど、そこで間違いなさそうだ。
「よし、とりあえず船でポートグレイに引き返そう!」
こうして3人はレゴラス神殿を後にした。