戻る






 レヴィアタンは一声叫んだ。神鯨自身はただ臨戦態勢に入っただけだ。だが、周囲の景色が奇妙に歪み始めた。周りを満たしている水がまるで別の媒体と化したかのように、渦巻きながらさまざまに色調を変化させる。神鯨の観る夢の世界、挑戦者にとっては〝悪夢〟の世界だ。
「クルル、マーヤ、ニーナ! 引き続きバックアップ頼む!」
「うん!」
「ラジャァ~♪」
「……仕方ないわね」
 2人は即答してくれたが、ニーナは少し逡巡したうえ渋々応諾した。神鯨の遣いという立場上、当然かもしれない。朋也たちの側についてくれただけでも感謝しなくては。
《ジェネシス!!》
 さすがは三神獣の1頭だけあって、神鯨も最強魔法を行使できるようだ。マーヤがすかさず魔法防御と回復のスキルを行使する。クルルも反射スキルを唱えた。ニーナは鯨属性を軽減するヒーカーヒーの加護の力を発動。
 神獣はしばらくサファイア系の魔法を立て続けに浴びせてきた後、しゃちほこみたいな姿勢を取り長い詠唱に入った。もう1発ジェネシスが来るのか……。体力を削り取られる前にと、朋也は打って出た。
 途中で魔法の詠唱を妨害されたレヴィアタンは、今度は巨大なユニコーンを振り回して襲いかかってくる。体長20メートルもあるのに、神鯨の動きはかなり素早い。ネコスキルを極めた朋也は敏捷性のパラメーターが格段に上がっていたが、抵抗の大きい水中では陸上での戦闘のように俊敏な反応はできない。
 魔法の不得手な朋也が得意とするのは肉弾戦なのだが、やはりこのフィールドではハンデが大きい。彼は戦いながら必死に策を練った。
 3メートルは下らない長大な1本角は、突きの破壊力はあっても、斬りができない。そして、横からの力に対しては弱いはずだった。一点に集中して圧力を加えれば、へし折ることも可能だろう。
「みんな、一時的にでも神鯨の動きを止めてくれないか?」
 3人に向かって指示する。個別に仕掛けても効果はないであろうクルルのフリーズ、マーヤのハニーフラッシュ、ニーナのソナーレーザーの同時がけで、一瞬でも神鯨の行動を封じることに成功する。
「ネコキック!!」
 すかさず、朋也がユニコーンのちょうど中央の位置に強烈な蹴りを見舞う。はたして、彼の読みどおり、神鯨の角は途中からポッキリいってしまった。
 レヴィアタンはそこで攻撃を止めた。どうやら彼の角は魔力の源でもあったらしく、次の詠唱もしてこない。
 もしかして、勝ったのか? だとすれば、プロトキマイラ戦と大差ない楽勝だが、そんなうまい話はない気がした。戦闘突入前に神鯨の口にした「精神の強さを試す」という言葉が引っかかったのだ。
《メタモルフォース!!》
 巨鯨の姿が不意に揺らぐ。沸き立つ白い泡に取り囲まれ彼の姿は見えなくなった。泡が消えてみると、そこにいたのはユニコーンマッコウではなく、細長いウナギのような魚の姿だった。魚といっても銀色に輝く竜のようだ。
 第2形態ってとこか。やはり神獣相手じゃ一筋縄にはいきそうもない。
「し、神鯨がヘビっぽい魚に変身したよ~(ーー;;」
 変身した相手を見て、ヘビフォビアのクルルがまた縮み上がる。何度戦っても免疫は付きそうもない。
 神獣はクジラからウナギへと姿を変えたばかりでなく、攻撃パターンのほうにも変化が見られた。雷属性の全体攻撃を連発してくる。水中だと雷属性は威力が増幅されるだけに、サファイアよりもダメージがきつい。
「きゃあああっ!!」
「ふぇやぁぁ~~っ!!」
 感電のダメージを受けたバックアップの2人に、ニーナがヒーリングを施そうとした。その隙を狙って、レヴィアタンが細長い尾を鞭のようにしならせて攻撃してくる。朋也はあわてて間に入り、身を呈して彼女をかばった。
「ありがとう、朋也」
 ニーナが笑みを浮かべて朋也に感謝を伝える。と、そのとき予想外の出来事が起こった。
《シャーーーッ!!》
 ウナギ型レヴィアタンがまるで威嚇するネコのような声をあげ、全身のた打ち回るような不可解な動きを見せたのだ。そもそもウナギは鳴いたりしないよな? フェニックスもキマイラも咆哮はしたが、それにしても違和感がある。
 それ以降、なぜか神ウナギはニーナばかりを集中的に攻撃し始めた。おかげで、こちらは戦術が立てやすくなったが……。
 相手の属性が鯨属性から魚属性に変化してネコ属性攻撃のダメージが大きくなったこともあり、朋也が数発ネイルショットを撃つと勝敗は決した。
 神ウナギは細長い身体をくねらせて身悶えした。
《メタモルフォース!!》
 再び白い泡が彼を包み込んでいく。第2形態まではこれでKOしたが、いったい第何形態まであるんだろう?
 朋也がそう思っていたとき、またもや予期せぬ出来事が起こった。今度は泡に包まれたのはレヴィアタンだけではなかった。
「ニーナ!?」
 彼女の姿が渦巻く泡の中で薄れ始めたのだ。ニーナは切迫した表情で朋也を見つめながら、メッセージを伝えようとして叫んだ。
「この力は……!! 朋也! もしかしたら、神鯨の正体は──」
 だが、最後まで言い終わらぬうちに、ニーナの姿は泡とともに忽然と消えた。
「あれっ!? ニーナが消えちゃったよ!? どこ行っちゃったの?」
 クルルが不安げに辺りをキョロキョロ見回す。
 朋也は呆然と彼女の消えた場所を見つめながら考え込んだ。一体どういうことなんだ?
 仕方ない、ともかく最終形態のレヴィアタンを倒すまで戦い続ける以外ないんだろう。不安を抱きながらも、敵に向き直る。
 お次の相手は──何やら茶色っぽい不定形のものが一面に広がっている。よく目を凝らすと、どうやらそれは藻らしかった。気泡で海面に浮かぶ褐藻の一種、ホンダワラだ。一昔前は魔の海域サルガッソーで船を沈めた原因となっていたのは有名な話である。神ホンダワラ:神藻とでも呼べばいいんだろうか?
 なめてかかったのは誤りだったのがじきにわかる。攻撃しても全然手応えがない……というかきりがなくて、朋也の爪による物理攻撃では埒が開かなかった。どこかに弱点があるようにも見えない。つまり、一面のホンダワラを全部一掃する必要があるということだ。
 おまけに、神藻の使ってくる特殊攻撃は、こちらの体力を徐々に奪っていく厄介なものだった。マーヤには絶えず全体回復スキルをかけ続けてもらわなければならない。効果の高い全体攻撃技・魔法を持っているのも彼女だけだった。
「相手が植物属性ならクルルが使えるウサギ属性のオパールが有効だけど、威力がイマイチだから、朋也がクルルのことかばってくれる?」
 それは、パーティーの女子のステータスを飛躍的に高める効果的な手段で、前回の冒険でも実証済みだった。基本的に朋也はほとんどミオばかりをかばい、それもあって彼女が攻撃の主力となっていたのだが、他のメンバーも瀕死状態に陥ったときには朋也が盾役を買って出た。そういうとき、ミオはかなり機嫌が悪くなり、後で取り成すのに一苦労したものだ……。
 さっきはニーナがピンチに陥りかけたので、朋也も無意識に身体が反応する形になった。だが、攻撃力を高めるという目的で意図的にパートナーでない女性をかばうのは、正直気が引けた。まあ、この場にいないのだから、ミオに怒られるわけじゃないけど……。
「わかった。じゃあ、クルル、頼んだぞ!」
「うん! 任せて♪」
 クルルはちょっと頬を紅潮させてはにかむように答えた。両手を広げて立ちはだかる朋也の背にぴったり寄り沿いながら、これまでマーヤなど魔力の高いメンバーに任せてあまり使う機会のなかった全体攻撃魔法を詠唱する。
「オパール!!」
 乳白色の光がキラキラと輝きながらホンダワラ状のレヴィアタンを覆い尽くした。威力は通常比の約2倍というところか。狙いどおりの大ダメージを与えられたようだ。
《シャーーーッ!!》
 神ホンダワラ全体からザワザワと葉擦れのような大きな音が響き渡った。一斉に発生させた気泡が弾けた音なのだろう。だが、朋也の耳にはやっぱりネコの怒った声のように聞こえてしまった……。
《メタモルフォース!!》
 神ホンダワラを撃退できたと思ったら、今度はクルルの姿が泡に包まれ始めた。
「クルルッ!?」
 彼女はあっと叫び声を上げる間もなく、白い泡に飲み込まれるように姿を消した。
「ふぇぇ~ん、2人ともいなくなっちゃったよぉ~」
 マーヤが心細そうな声で訴える。
「なんか、神鯨様って変に嫉妬深いわよねぇ~。あたしの気の所為かしらぁ?」
 ……。続いて登場したのはバラクーダ、それも集団だ。ホンダワラと違って攻撃力が高いだけに、2人で相手にするのは骨が折れそうだ。マーヤを攻撃されたらひとたまりもないと、朋也は今度も自分が前衛に立ち、彼女を大きく下がらせた。
 神バラクーダがさっそく攻撃を仕掛けてくる。もっとも、1尾1尾を仕留めるのはそれほど苦ではない。なるべく早く数を減らそうとして、朋也はせっせとネコパンチの連打を繰り出した。
 だが、仲間(?)の血に興奮したのか、バラクーダの動きと攻撃性が上がっていき、彼はすっかり取り込まれてしまった。四方八方から次々に突っ込んでくる銛そのもののような魚に、たちまち全身を切り刻まれていく。
 マーヤが後衛から全体攻撃スキルの五月雨射ちを仕掛け、敵がひるんだ隙に朋也は後退した。彼女に回復のセラピーをかけてもらう。
「ねぇ、朋也ぁ。さっきのクルルと同じ手を使ってみないぃ?」
 彼女にトリニティを普通に2、3発撃ってもらうだけでも何とかなりそうな気がしたが、インターバルの間バラクーダに八方から攻撃された場合、朋也の身1つではガードしきれないだろう。気は進まなかったが、彼もその提案に乗った。
 マーヤは海中で羽を羽ばたかせてヒラヒラ舞いながら朋也の背中に降りると、首の後ろに馬乗りの形になった。
「エヘヘェ~、こういうの1度やってみたかったのよねぇ~♥」
 そう言って朋也の頭にギューッとしがみつく。クルルもマーヤも、ミオの目が光っていた間は決してやらなかった密着コンビネーション体勢だ……。
《シャーーーッ!!》
 バラクーダが一斉に尖った嘴をかっと開いた。銀色に光る鋭い歯をガチガチうならせると、2人に向かって突撃してくる。
「マ、マーヤ、早く!」
 詠唱にも入らず朋也の髪に顔をうずめていた彼女をせっつく。人食い魚群が目前に迫ったところで、マーヤは1つ深呼吸して唱えた。
「んんーっ、寡夫不倫パゥワァームアァーックス! トリニティィーッ!!」
「おいおい、人聞きの悪いこと言わないでくれよ(--;; 寡夫じゃないし、俺、不倫なんかしてないぞ!」
「そんなこと言ってぇ、奥さんが留守のときにあたしたち2人を家にあげようとしたじゃないのぉ。まぁ、安心なさぁい。ミオの仇討ったら、あたしたちが再婚してあげるのもやぶさかじゃないからさぁ♥」
 ともあれ、マーヤのトリニティは確かにレゴラス神殿で対戦したキマイラのジェネシスも色褪せるほど絶大な威力だった。バラクーダの一群が3色の閃光に呑まれて消滅する。
 と思ったら、1尾だけ生き残っていた。残りはコピーで、これがレヴィアタンの本体だったのだろう。なんかプルプル震えているみたいだ……。
「へへぇん、思い知ったかぁ! 朋也とあたしの愛の──」
《メタモルフォース!!》
 決め台詞を言い終える間もなく、マーヤの姿も白い泡に包まれ、掻き消すようにいなくなった。事前に体力を全快しといてもらえばよかったな……。
 バラクーダの次に登場したのは、巨大イカだった。モノスフィアのTVドキュメンタリーで観た小笠原のダイオウイカと同じように神々しいまでの黄金色に輝いている。サイズは倍近いが。
 第5形態のレヴィアタンもこれまでの4形態に負けず劣らず難敵だった。鞭のようにしなる10本の強靭な触手はリーチが長く、迂闊に間合いに入れない。それぞれの触手にズラリと並ぶ吸盤も強力で、吸い付かれると引っぺがしても血の筋が輪の形に浮かび上がり、激痛が走る。
 こんな奴を1オン1で相手をするのはかなり面倒だ。といっても、パーティーの仲間たちはみんな強制退場させられてしまったが。いったい3人は無事なのか、それともミオと同じく鯨夢に呑まれてしまったのか、朋也は戦いながらも気にかけずにはいられなかった。
 長期戦はやはり不利だ。弱点はどこかチェックしようと凝視する。やっぱりあのバカでかいギョロ目か、目の間にあるはずの頭部だろう。
 〝軍師〟ミオだったらどうやってこいつを料理するだろう? まずキャッツアイかエレキャットで触腕の機能をダウンさせてから急所を狙うかな……。ついそんなことを考える。戦術の組み立て方に関しては、常にミオが朋也の先生だった。
 彼女ならこの程度の相手に手こずるとは思えない。少なくとも第5形態までは、きっと攻略できたに違いない。だが……彼女は結局、鯨夢から脱出することができなかった。
 神鯨がメタモルフォースするまでのHPの減耗率は各段階毎にほぼ等比級数を描くように減少している。補給なしに最大HPを増やす変態は物理的に不可能なはずなので、おそらく次の第6が最終形態になるだろう。
 動きを鈍らせるキャッツアイとエレキャット、体力削りのアメジストを連発し、変態を見据えてアイテムでMPを回復させると、胴体に焦点を定め、ネコ族奥義スキルの九生衝で決着を図る。
 必殺技を受けた神イカの全身が激しく明滅する。HPの読みもほぼドンピシャリだ。
《メタモルフォース!!》
 イカの姿が白い泡に覆われていく。次の相手はかなり小さいようだ。背格好は朋也と同じくらいか。やがて渦巻く泡の向こうに現れたのは──


次ページへ
ページのトップへ戻る