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 朋也と千里の2人は、それぞれ勤務先と編集者に急な法事が入った旨を伝え──さすがに正直に言っても誰も取り合ってくれるはずがないので──千里の母親にジェミニたち2匹の犬と4匹の猫の面倒を任せると、手早く準備を済ませて、その日の夕方には自宅を後にした。
 ちなみに、実は2人の自宅は朋也の元実家で、千里の実家も以前と変わりなく隣にある。ミオたちと連絡を取り合うことを優先し、千里が小説で獲った賞金で駅前のマンションを買い、朋也の親にはそっちに引越してもらったのだ。
 2人は駅の反対側に向かい、宅地の外れから造成中の土地へ入った。彼らの住む柏葉ニュータウンは、計画が縮小したとはいえ少しずつ工事が進み、草に覆われただだっ広い空地の面積は3分の2くらいになっていた。以前いたキツネももう森の向こうに姿を消してしまったかもしれない。
 造成地の端まで来ると、フェンスをくぐって雑木林に足を踏み入れる。そこから林の中へは獣道に近い道なき道が続いていた。
「……懐かしいな、この道。ミオが行方不明になったあの日を思い出すよ。千里とは学校でケンカして、家に帰ってからもケンカして、エデンに着いてからも本当にケンカばっかりしてたっけ」
 朋也が話しかけても、千里は黙りこくったまま険しい表情で前を見つめていた。
「俺、最初にミオの手紙を受け取ったときから、ひょっとしたら、もう一度2人に会える日が来るかもしれないって、そんな予感はしてたんだ。これでやっと、ジュディのこどもたちとも初対面を果たせるわけだ。写真で見るのと、実際に会うのとじゃやっぱり全然違うし……今からワクワクするな♪」
 不意に立ち止まると、千里は烈火のごとく怒りだした。
「のんきなこと言ってる場合じゃないでしょ! ジュディとミオちゃんの命が危ないのよ!?」
「落ち着けよ、千里」
「これが落ち着いてなんていられるもんですか!!」
 朋也は1つため息を吐くと、自分に対しても言い聞かせるように声を落として言った。
「2人の一大事だものな……俺だって本当はいてもたってもいられないよ……。でも、2人はまだ無事なんだから。ゲドは俺たちの助けが必要だと言った。だったら、俺たちの手できっと2人を救い出すことができるはずだよ。だろ? 今から余計な心配までするのはよそう。大丈夫、あの子たちとは必ず元気な姿で再会できるさ!」
 彼にそう言われると、千里はしおらしい顔で謝った。
「そうね……朋也の言うとおりだわ。ごめんなさい……」
 そして、一転した笑顔で言った。
「今はあの子たちの笑顔のことだけ考えましょう。かわいい五つ子ちゃんとね♪」
「ああ」
 そうこうするうちに、2人はあの日くぐり抜けたゲートのそばまでやってきた。何匹もの犬や猫たちが不思議な光に導かれて異世界へと旅立っていく光景が、昨日の出来事のように瞼の裏に思い出される。
「確かこの辺だったと思うけど……」
 茂みを掻き分けて奥へ進むと、はたしてそこに明滅する赤・青・緑の三原色に彩られた光の門が現れた。あの日通ったのと同じ、エデンへのゲートだ。ゲドの言ったとおり、2頭の神獣の力で再び開通したのだ。
 ゴクリと唾を呑み込んでから、千里の方を振り向く。
「心の準備はいい?」
「ええ。いつでも」
 さすがは千里だ。一度決めたら、決心が揺らぐことはない。
「じゃあ、行こう! あの子たちの待つエデンへ!!」
 2人は光の輪の中へ一歩踏み入れた。頭上をぐるぐるとめぐる光が速度を増し、やがて目にも止まらぬ速さになって2人の周囲に光の壁を築く。ついに2人は、かつて冒険の日々を過ごした、モノスフィアと対をなすもう1つの世界へと旅立っていった。


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