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 あのときと同じ閃光と轟音が収まり、そっと瞼を開くと、そこは木漏れ日の射し込む深い森の中だった。工業文明に侵されていない新鮮な空気を深々と吸い込む。時刻は昼前後と思われた。2つの世界で時代が前後して浦島太郎にならないよう、力を取り戻したキマイラと復活したフェニックスが調整しているに違いないが。
 2回目の訪問となった今回は、ゲートの前に2人を迎えに来た知己の待ち人がいた。
「ゲド! わざわざクレメインまで迎えに来てくれたのか」
「おお、義母ちゃんに朋也の兄貴、3年ぶりだな。少なくなったとはいえ、モンスターの残党どもも残ってるからよ。生身のまま外をうろつくのはまだまだ危ねえ。だから、おまえらがうちに置いてったサイドカーと装備を持ってきてやったぜ。この2丁の銃も。女房のやつがずっと大切に手入れしてきたんだ。感謝しろよな」
 3人乗りのサファイア号のサドルをたたきながらそう言うと、ゲドは朋也に向かって絆の銃と神銃を放り投げた。
「助かるわ。私、魔法は使えなくなっちゃったけど、この銃さえあれば何も恐くはないもの」
 朋也から絆の銃を受け取ると、千里がゲドに謝意を伝えた。それから、朋也に向かって笑みを浮かべながら話しかける。
「なんかこっちの世界に来たら力がみなぎってきた気がするわ。少し勘を取り戻したら、クリスタルやレベルⅠの攻撃魔法くらいは使えそう♪」
「そりゃ、頼もしいや」
 ゾンビ化した神鳥に注入された霊力はすっかり紅玉に返還してしまったので、そう簡単にまた元のように魔法が使えるようになるとは朋也には思えなかったが、彼女が前向きに考えている以上、余計なことは言わないようにした。
「積もる話は後にしようぜ。とりあえず、ダリにある俺たちのマイホームに来てくれ。チビどもの顔も見たいだろ?」
「ええ♪ さっそく案内してちょうだい」
 こうして3人はジュディとゲドの自宅のあるダリの街へ向かった。クレメインからはだいぶ距離があったし、ゲドの運転するサイドカーに乗るのは少々勇気が要ったが、彼が安全運転を心がけたので朋也と千里も苦にならなかった。
 その日の日暮れまでに、3人を乗せたサファイア号はエデン西部にあるイヌ族の街ダリに到着した。案内された自宅はダリの門から離れた街の北部にあり、外観はかなりみすぼらしいあばら家だった。
「ここがあなたたちの家なの?」
 ジュディ親子の暮らしぶりににわかに不安を覚えた千里がゲドに尋ねる。
「元はカムロっつう自称〝伝説の剣士〟の家だったんだがよ。ハニーに試合を申し込んで負けたのが恥ずかしくて、街から逃げ出したのさ。俺たちゃ仮住まいで家を探してたとこだったから、ちょうど空き家になってラッキーだったぜ♪ 見た目はこんなだが、リフォームしてるから住み心地は快適だぜ。まあ論より証拠だ。さあ、あがってくれ」
 ゲドの後について玄関をくぐる。確かに彼の言ったとおり、外観から想像ししたより室内は広く、内装もしっかりしていたので、2人ともホッとする。
 朋也たちは子供部屋のある2階に上がった。いよいよジュディの子供たちとの対面だ。
「おーい、いま帰ったぞ! ブブ、ジョー! チビどもはやんちゃしてないか?」
 ドアを開けながらゲドが怒鳴る。
「やんちゃしまくりやがな! わしなんてぬいぐるみどころかサンドバック扱いや! この子らの両親、最悪の組み合わせやわ!」
「おいら、さっきから目が回って止まんないよ、ほんとにね(xox)」
 答えたのは、ゲドがクレメインの森へ2人を迎えに行っている間、子守と留守番を頼まれた3人組のブブとジョーだ。
「おら! 千恵、千夢、千沙、千代、千斗! バァバたちが来たぞ! ちゃんと挨拶しろ!」
 千里がうちで引き取った犬猫たちにジュディのJの付く名を冠したように、ジュディも子供たちに千里の千から始まる名前を付けた。本人にも手紙で相談し了承を得たわけだが。それにしても──
「バ……バァバ……」
 ゲドにその名で呼ばれた千里の頬が引きつった。
「ここは耐えるんだ、千里! 実年齢とは関係ない!」
「せめてグランマくらいにしてほしいんだけど……」
 ブブとジョーを玩具代わりにして遊んでいた5つ子たちが入口の前に整列し、一斉に挨拶する。
「千里バァバ、こんにちは!」
「いらっしゃい、千里バァバ!」
「はい、こんにちは♪ 千恵ちゃん、千夢くん、千沙ちゃん、千代ちゃん、千斗くん、上手にご挨拶できたわね♪」
 子供たちを前にして、千里の顔が柔らかな笑顔に変わる。よくぞ、耐えた、千里……。
 5人の子供たちと初対面を果たして一緒に和んでいる朋也たち2人に、ゲドが向き直って話し始めた。
「2人とも、よく依頼を引き受けてくれたな。改めて礼を言うぜ。そっちにも都合があったろうに」
「仕事の方は休みを取ってきたし、犬猫たちの面倒も親に任せてるから、気にしなくていいよ。俺たちにとっちゃ、ミオとジュディの命が何より最優先だ」
「おまえらの方のベイビーはまだなのか?」
「いまのモノスフィアは貧乏人がホイホイ子供を作れるほど甘い環境じゃないのよ。それに、印税収入が入るのもこれからだし、当分は忙しくてそんな暇なんかないわ。この人の稼ぎがもっとあれば、もう少し余裕が持てたんだけどね……」
 千里が横目でジロリと朋也をにらんだ。ゲドの奴、余計なこと聞くなあ……。
「うう、そりゃあ悪いこと聞いちまったな……」
 ゲドに同情されると余計情けなくなる。朋也はあわてて話題を変えようとした。
「そ、そんなことより2人の置かれた状況について詳しく聞かせてくれ!」
「おお、そうだったな。俺も女房がまさかこんなトラブルに巻き込まれるとは思わなかった……。先週のことだ。ハニーとミオの姉貴が、急に一族の守護神獣、アヌビス・ウーとバステッド・モーに呼出しを受けて、それっきり家に帰ってきやしねえ。なんでも、170年前の取り決めを破った咎で、昔ヒト族を閉じ込めていたイゾルデの塔に幽閉されちまったってんだよ! いまは神獣の処断が下るのを待ってるらしい。あんたたち2人と世界を救ったマイハニーが、なんだって良人(犬)やチビたちと引き離されてこんな辛い目に遭わなきゃいけねえんだか……世の中理不尽だぜ~」
 ゲドはそう言っておいおい泣き始めた。
「なるほど……その審判にはキマイラとフェニックスが関わってるのか?」
「いや。アヌビスとバステッドの独断らしい。ルビーとエメラルドの神獣2頭は、おまえらのためにわざわざゲートを開いてくれたくらいだ。ややこしい話だが、世界を運営管理する方針を決めるのはアニムスの守護神獣で、各種族の守護神獣はそれに口を出せない代わり、一族の成員の処遇についちゃ優先権を握ってるのさ」
「やっぱり、170年前に禁忌を犯したイヴとヒト族の神獣ペルソナの力を私が借りたことが、イヌ族・ネコ族の神獣の怒りに触れてしまったのかしらね……」
 千里はそう言って唇を噛んだ。
「俺たちにできることは?」
「言いにくい話で恐縮なんだが……神獣2頭は、女房とミオの姉貴が自発的にヒト族に協力したのか、命令に服従していたのかどうかにこだわっているらしい。あんたたちの証言次第で処遇は変わるはずだ。もっとも、当のヒト族であるあんたたちに火の粉が降りかかる可能性が大だけどな……」
「もちろん行くわ。神鳥の復活とエデンの救済に、2人がどれほど大きな功績を果たしたか、私には証言する義務があるもの!」
「ああ。話し合いですむに越したことはないが、最悪2頭の神獣と戦ってでも2人は救い出す! キマイラとだって、一度戦った後で和解できたんだしな」
「かたじけねえ!」
 2人が応諾すると、ゲドは男泣きに泣いた。情緒不安定なのは相変わらずだ。
「こどもたちにはジュディのことは?」
「もちろん、言ってねえよ。母ちゃんはネコのおばちゃんとちょっと旅行に出かけてるって言い聞かせてある。まあ、まだ2歳だしな」
「じゃあ、2人のことは俺たちに任せて、ゲドはその間この子たちのことを頼むよ」
 朋也がそう言うと、ゲドは首を振って答えた。
「いや、女房のピンチだ。俺も行くぜ! チビどもは、ブブとジョーが面倒看てくれるからよ」
「ああ、任しとき。それに、今夜にはクルルの嬢ちゃんもユフラファから応援に駆けつけてくれるさかい、何も心配は要らへんよ」
 ブブもそう言って太鼓判を押す。さっきの状況からして2人に任せっぱなしだと不安もあったが、彼女が来てくれるなら大丈夫だろう。
「わかった。じゃあ、俺たち3人でミオとジュディを取り戻しに行こう!」
 3人は互いにうなずき合った。それから、ゲドは5人の子供たちの方を向いて言った。
「じゃあ、チビども! 父ちゃんはジィジとバァバと一緒に出かけてくるからな。ブブおじちゃんとジョーおじちゃんの言うことをよく聞くんだぞ!」
「いってらっしゃい、父ちゃん、バァバ、ジィジ!」
 何も知らない5つ子たちは、3人の大人を無邪気な笑顔で見送った。
「俺はジィジなのか(--;;」
「あきらめなさい」
 こうして、朋也、千里、ゲドの3人パーティーによるミオとジュディの奪還ミッションがスタートしたのだった。


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