2頭の神獣と対峙する前に、朋也たち3人はイヴと対戦することになった。彼女の物言いは小手調べに近かったが、そのレベルでは済みそうにない。
前の冒険で、朋也は都合2回イブと戦ったことがある。1度目はこのイゾルデの塔で千里と一緒に。イヴはほとんど実力を出さず、文字通りの小手調べだったが。2度目はレゴラス神殿のアニムスの塔で、ミオやジュディたちパーティーの仲間もいたが、千里はイヴに操られる形で敵として相手にする羽目になった。
稀代の魔術師であるイヴの魔力はエデン随一といえた。神獣キマイラやフェニックスと同格と言っていいくらいだ。それに対し、こちらの3人はといえば、千里の魔力は大幅にダウンし、残りの男性2人の魔力はもともとスズメの涙で使える魔法の種類もほとんどない。全力でとは言ったが、普通に戦っても赤子の手をひねるようにやられてしまうだろう。
「おし、それじゃあ、今は亡きトラの兄貴の一番弟子である俺様の実力をとくと見せてやるぜ! 3年前にゃほとんど出番がなかったしな。朋也の兄貴はちょっくらそこで見ていてくれ」
ゲドが前に進み出ると、ダリの鍛冶屋が鍛えた秋田剣を構えた。目をつぶって精神を統一する。
「俺様の必殺剣、受けてみやがれ! 真・牙狼!!」
いきなり最大級の奥義を放つ。イヌ族のスキルの最高位である牙狼をも凌駕する一撃必殺の技だ。手紙でジュディから聞いた範囲では、トータルの実力では彼女の方が上なものの、真・牙狼だけは彼女もまだ会得できていないという。
だが、ゲドが威勢のいい前口上を付けて放った剣撃は、イヴの身体を通り抜けた。言い換えると、スカッた。肉体の器を失った幽霊に等しいイヴに、純粋な物理攻撃は通用しないということか。
《なかなか破壊力のある技だわ。あなた、イヌ族の剣士としては一流に入るわね》
イヴはにこやかに微笑みながら、評価を本人に伝えた。
「ひえっ、俺様の真・牙狼を食らっても平然としてやがる!? やっぱりこいつオバケだ(T_T)」
「ゲド、少なくとも魔法とセットの技を使わない限り、今のイヴにダメージは与えられないよ。ジュディが開発した3属性剣技があっただろ?」
「火焔剣、水煙剣、雷電剣か……。俺様の苦手な系統なんだよなあ(--;;」
頭を掻くゲドに代わり、朋也が神銃を構えイヴに狙いを定める。千里も傍らで詠唱を始めた。
魔力の込められた弾丸を装填できる神銃は、そもそも朋也がイヴから受け取ったものだ。そして、もともと彼女を裏切ってエデンに置き去りにしたアダムへの贈り物だった。そのアダムへの復讐のために、千里と朋也は彼女に利用されたわけだが……。
「スナイパーショット!」
いろいろ考えることはやめ、射撃に専念する。朋也の弾が当たる度に、イヴの像が蝋燭の火のように揺らぐ。
そのとき、イヴが新たな能力を発動した。細かい水晶のようなきらめきがイヴと朋也たちの間に光の壁を作る。あのときも使った絶対物理防御バリアだ。もはや朋也の銃技、ゲドの剣技は彼女には一切通用しない。
《脇のお2人には悪いけど、千里へのレッスンを優先させてちょうだいね》
ついバックアップしようとしてしまったが、イヴの対応は正しかった。千里の魔力を触発して神獣戦に備えるのが肝腎なのだから。
「大丈夫か、千里?」
「ともかくやるしかないわ! それに、塔に入ってから少しずつ調子が上がってる気がするし」
朋也が気遣って声をかけると、千里からは頼もしい返事が返ってきた。彼女は試しにレベル2の攻撃魔法を撃ってみることにした。
「ルビーLVⅡ!」
レベル2になると、威力は弱めだが複数の敵に対する範囲攻撃が可能になる。イヴの周囲に爆炎が拡散する。確かに、以前目にしたのに近い水準にまで魔力が上がってきているのがわかる。
イヴもそのことを確認したのだろう。ひとつうなずくと、自身も攻撃魔法のレベルを上げてきた。
《トリニティ!》
神獣、三獣使、上級妖精など一部の者しか扱うことのできない3属性の全体攻撃魔法だ。千里本人は軽微なダメージで済んでいるが、魔法防御力の低い朋也とゲドはがっつりHPを削られてしまう。
「ひぃ~っ、剣が利かねえんじゃ、俺たちゃただなぶられるだけじゃねえか。ジュディの母ちゃん、あんただけが頼みだ、何とかしてくれ!」
ゲドが悲鳴をあげる。
「トリスタン!」
千里は魔法防御力を高める補助魔法を朋也とゲドに対してかけた。ただし、自身は素のままでイヴの魔法を浴び続ける。リスクを承知で、感度を保つことを優先したようだ。続けて、攻撃魔法の詠唱に入る。
「ルビーLVⅢ!」
今のはさっきのLVⅡより威力が上がったものの、まだⅡの域を脱してはいない。従前のLVⅡとしてなら申し分のない出来だが。
「ルビーLVⅢ!」
千里はさらに同じ魔法を連発した。異種の魔法を試すより、集中力を維持して同系の魔法で錬度を高めることにしたのだろう。
《ルビーLVⅢ!》
彼女の意図を汲み取ってか、イヴが同じ魔法を返してくる。それも、毎回千里の放つそれをわずかに上回る威力で。あたかも、師匠として弟子がついてこれるギリギリのスピードで後をついてこさせ、その能力を徐々に引き上げさせようとするかのように。
「ルビーLVⅢ!」
《ルビーLVⅢ!》
すっかり蚊帳の外に置かれた朋也とゲドは、師弟同士の応酬をただ固唾を呑んで見守るばかりだった。
「ルビーLVⅢ!」
《ルビーLVⅢ!》
何発目かで──朋也は数えていなかったものの、もちろん千里本人は正確に覚えているはず──ようやくイヴのともほとんど差のない、LVⅢ本来の威力といえるまでになった。
《トリニティ!》
イブが再び3属性魔法を放ってきた。男2人は、千里のMPを消耗させまいとゲドの毛づくろいでしのいできたが、もうHPがほとんど残っていない。千里もHP/MPとも底をつきかけているに違いない。
はたして彼女はどの程度のトリニティを返せるだろうか? 朋也がそう思っていると、千里はすぐに反撃に入らなかった。詠唱のインターバルが長い。まさか──
「ジェネシス!!」
やっぱり……彼女が放ったのは全魔法中最強の魔法だった。以前のジェネシスにどれだけ近づけるか、最後にどうしても試したかったのだろう。
ルビー・サファイア・エメラルドの3原色の光が巨大なホールいっぱいにあふれ、天変地異のごとくイゾルデの塔を揺るがす。朋也たちは床に伏せて身をかばった。
3年前にイヴのもとで修行を積み、キマイラやカイトを相手に互角以上にわたり合ったときのジェネシスに比べれば、たぶん半分くらいの威力だったろう。それでも、イヴのトリニティには明らかに勝っていたし、正真正銘のジェネシスと呼んで差し支えのないものだった。魔力を完全に失い、エデンを離れた3年のブランクがありながら、ここまで力を取り戻したのは驚異的というべきだろう。
イヴもそう判断したのだろう。肩で息をしている千里にゆっくりうなずくと、戦闘モードを解除した。