それから3人は、また前回と同じように、40階の屋上を目指して階段を1階ずつ昇っていった。朋也は考えるだけでげんなりしたが、初めて塔に入ったゲドは一気に3段飛ばしで駆け上がっていく。
「おい、ゲド。この塔の階段をなめない方がいいぞ。あんまり飛ばすと後で足に来るからな」
「へっ、階段なんて何段あろうとどうってこたねえよ」
せっかく忠告してやったのに、ゲドの奴は聞く耳を持たない。後で泣いても知らないからな。どのみち最上階にもう1つ回復ポイントがあるけれど。
塔内にはあいかわらず男たちの亡霊がひしめいていた。フロアに入る度に押し寄せてくる。200年近く経つのに怨嗟が消えることはないのだろうか。一度死んでこれ以上死ぬことのない幽霊には時間も関係ないのかもしれないが。
「ゲド、やっぱり火焔剣は使えるようにしといた方がいいぞ。この手の敵にはダメージが倍は違うから。ちゃんとジュディに手ほどきしてもらえよ」
「あ、後でハニーを解放したらな……」
「面倒くさがりだなあ。トラの3弟子の名が泣くぞ」
塔のフロアは奇数階と偶数階で壁や天井の模様が異なり、また10階上がる毎にも変化していく。塔が高くなるにつれてフロアの面積も狭まるが、モンスターもとい幽霊のレベルも高くなっていく。
「もう25階くらい昇ったかな?」
朋也が息を切らせながら言うと、千里が横目でジロッとにらんだ。
「まだ10階よ。あんた、3年前上ったときも同じこと言わなかった?」
「朋也の兄貴、根性なさすぎだぜ」
ゲドにまでバカにされてしまう。おまえ、そんなこと言うけど、余裕をこいていられるのも今のうちだからな……。
イヴに指導してもらって魔法の腕もかなり回復した千里は、亡霊たちを倒す度に再びめきめきと成長していった。後少しで全盛期の魔力にも届く勢いだ。
目視できる幽霊の数が5、6体以上ならルビーLVⅡで一掃し、取りこぼしを朋也たちが片付けていくが、数を重ねる度に2人の出番も減っていく感じだ。
「あまり無理するなよ? こっちは間違いなくおまえが主戦力なんだし」
「大丈夫よ。ペース配分もちゃんと計算してるから」
朋也が心配して声をかけると、当の千里はケロリとして答えた。前回は初っ端でMPを浪費したが、同じ過ちを繰り返す気もない。20歳になったばかりとはいえ、もう彼女は女子高生じゃない、立派な大人だ。
男2人も彼女に任せっきりではかっこ悪いと奮起する。
「でりゃっ! 真・牙狼!」
ゲドは大技を連発する。必殺剣にはいわゆる一撃死・即死の付加効果もあるようで、しかも亡霊相手でも有効なようだ。どのみち、火焔剣に比べてパフォーマンスが悪すぎるが。横着しないで覚えればいいのに。
20階には四方に窓が並んでおり、彼方まで広がる大陸西部の原野が見渡せた。3年前に上ったときは夜中だったので、地上の様子はよくわからなかったが、昼の眺望は格別だ。エデンにはこのイゾルデの塔、南のピラミッド、そしてレゴラス神殿以外に高層建築はない。50キロ離れたシエナの街もはっきりと見える。西方には大陸中央の山脈が、そして東にははるか遠くに海の存在を示すブルーのラインが陽炎に揺らいでいる。
これでやっと塔の半分だ。改めて気を引き締め直す。
さらに上階へ昇っていくと、出現する亡霊の数自体は減ったものの、厄介な状態異常攻撃を仕掛けてきたり、回避率が異常に高い曲者が多くなる。
詠唱の時間がかかる魔法はどうしても出遅れてしまう。その点、素早く攻撃動作に移れるのが銃技のメリットだった。必然的に、千里のために時間を稼ぐのが朋也の重要な役どころとなった。
イゾルデの塔は経験値稼ぎには最適のダンジョンといえたが、いかんせん階段の登りがきつい。
「ぜえぜえ……まだ着かないのか……」
「俺様もさすがに足がガクガクしてきたぜ……こんなことなら兄貴たちに任せりゃよかった……」
無計画に大技を使ってきたことも手伝い、ゲドも弱音を吐く。だから、言わんこっちゃない。
「あんたたち、男のくせにだらしないわねぇ。あと5階昇れば最上階だから辛抱なさい!」
千里に叱咤され、手すりにしがみつきながら、重い足を引きずるように階段を上がっていく。
やっと最上階に到着した。フロアの中央にある楽園の泉を酌み、喉を潤す。エデンに40階の高さまで水を汲み上げるポンプがあるわけもなく、つくづく不思議だったが。
「ジュディたちと神獣はこの外ね。2人とも、準備はいい?」
「ちょっとその前に休憩したい」
「俺様も」
「ハイハイ」
泉のそばで腰掛け、千里の持ってきた携帯用の非常食を口にする。銃の点検とアイテムの確認をすませ、朋也は立ち上がった。
「よし、ミオとジュディの救出に向かうぞ!」