朋也、千里、ゲドの3人は扉を開いて表に出た。40階建のイゾルデの塔のてっぺんだ。そこは家の庭ほどの広さで、人が上れないアンテナのような塔の尖端部分が屋上への出口の屋根から伸びていたものの、他には何もない。地上約150メートルからの眺めは壮観だったが、さすがに欄干から身を乗り出して下を見る気にはなれない。
「ジュディ! ミオちゃん! どこにいるの!? 助けにきたわよ!」
千里が大声で叫ぶ。だが、返事はない。
「おかしいな、どこにもいないぞ? この狭い塔のてっぺんじゃ2人を閉じ込めておけそうな場所もないし……。まさか、もう処刑されちまったんじゃ……」
「縁起でもねえこと言うんじゃねえよ~(--;;」
3人がオロオロしながら2人の姿を捜していると、突然真後ろから雷鳴が響き渡り、稲光が走った。
「お、おい! あそこを見ろ!!」
先に振り返ったゲドが叫ぶ。尖塔を背後に出口の上に立つ人影が2つ見えた。
朋也は身構えながら2人をつぶさに観察した。
「あれがネコ族とイヌ族の守護神獣、バステッドとアヌビスか!? けど、犬神のほうは、ダリの街で見たアヌビス・ウーの像と少し違うぞ? 女性に見えるし……」
「ありゃ、アヌビスの奥さん、ローズビィ・ウーだな。イヌ族の守護神ウーは、他の種族じゃ珍しい夫婦1組の神獣なのさ。それにしても、うちの女房に似てなかなかの美人だな♥」
朋也の疑問に、ゲドが解説する。ウー神の顔は前駆形態の、鼻吻のとても長い原種に近いイヌの顔で、美人というか美犬には違いないのだろうが、ジュディにはちっとも似ていない。ゲドの目はどうかしていると朋也は思った。
《……ご、ごし……》
くぐもった声で何かしゃべろうとしたのはそのウー神の方だ。
と、何を思ったのか、隣にいたモー神がいきなりウー神の頭を引っぱたいた──ように見えた。
ん? 朋也は怪訝に思って目をこすった。
《ボ……我こそはローズビィ・ウー、イヌ一族の守護神なるぞ!》
《そして、わらわはネコ一族の守護神獣、バステッド・モーであるぞニャ!》
2人の神獣が身上を名乗った。その様子を見て、3人はコソコソ話し合った。
「ミオみたく語尾にニャが付くのか……まあ、ネコ族の神獣ならありなのか?」
「あまり威厳は感じないわね」
「ウー神のほうはまた噛んだしな」
《う、うるさいニャ! 余計ニャツッコミを入れるでニャイ!》
3人の話し声が聞こえたのか、モー神はイライラしながら文句を言った。千里の言うとおり、守護神獣らしい態度には見えないが……。
何はともあれ、朋也たちはこうしてはるばる足を運んできた当初の目的を果たすべく、2人に懸命に訴えた。
「あの2人はイヴともペルソナ神とも何の関係もないの! 裁きなら私が受けるわ!」
「大体、うちの女房はあのとき神獣キマイラに人質に取られてたんだぞ! 濡れ衣もいいとこだ!」
ウー神はもっぱら千里に視線をまっすぐ注ぎながら尋ねてきた。
《……朋也に千里よ。その方らはヒト族でありながら2人を助けるためにわざわざ再びエデンに参ったというのか?》
「一族の成員じゃないのに、俺たちの名前まで知ってるのか?」
《だぁから、ツッコむニャと申したであろうが!! あの2人が口にしておったことニャ。大体、わらわたちは神だからニャンでもお見通しじゃわ! ふざけたことばかり申すなら、あの2人を水責めにして木馬責めにして洗濯バサミをぶら下げまくったうえに、鍋にぶち込んで食ってしまうぞニャ!》
モー神がついに癇癪を起こす。だが、しびれを切らしたのはこちら側も同じだった。
「ふざけてるのはどっちかしら? あの2頭、本当に一族を庇護する神獣なの?? なんかだんだん腹が立ってきたんだけど……」
「俺たちゃまじめに交渉しに来たんだぜ! あんたたちの態度次第じゃ、力ずくでもハニーたちを取り返させてもらうぞ!」
《ほお……我らに挑むというのか。おもしろい。ならば、そなたたちの志、その剣をもって証明してみせよ!!》
ウー神がずいと身を乗り出し、手に持った長い錫杖を振り回しながら、もったいぶった口上を述べる。ところが──
《剣持ってんのはエロバカイヌだけじゃん。あっちの2人は銃ニャよ》
《いいだろ、どっちだって! いちいち細かいことでうるさいんだよ、ミ──じゃなかった、バステッドは!》
今度は味方のモー神の方がツッコミを入れ、ウー神の威厳を台無しにした。朋也には今のやり取りはどうにも既視感が否めない。
もしかして、この2人……。
だが、千里とゲドはそこまで頭が回らないらしく、本気で怒りだした。
「今度は内輪もめ? もういい加減にしてちょうだい! 望みどおりその目に刻み付けてあげるわよ!! 私たちの絆の強さをね!」
「たとえ一族の守護神だろうと、もう遠慮しねえぜ! 覚悟しな!!」
かくして、人質をめぐる2人の神獣(?)との激闘(?)の火蓋が切って落とされた。