地上40階のイゾルデの塔の屋上で、イヌ族の守護神獣(の奥さん)ローズビィ=ウー及びネコ族の守護神獣バステッド=モーと、朋也・千里・ゲドの3人の一般市民との戦いが幕を開けた。
《さあ、その方らの想いの強さを我に示してみよ!》
《ニャにカッコつけてんのよ!》
《いいだろ、うるさいな! 一度こういう前口上やってみたかったんだってば!》
……。2人に対する朋也の疑惑はもはや確信に変わった。
だが、頭に血が上ったパーティーの他の2人は、朋也と違って違和感に気づく余裕もなさそうだ。
「私、種族神獣はキマイラと違って1人1人の庇護種族に寄り添っているからこそ慕われてるんだとばかり思ってたのに……何なの、この2人は!? 幻滅もいいところだわ!」
「一族の1人として義母ちゃんにまったく同感だぜ! イヌ族のみんなも、ローズビィがこんな奴だと知ったらきっとがっかりするだろうによ。かわいそうに、ハニーだってローズビィには憧れてたんだぜ? 美貌じゃかなわねえにしても、中身があれじゃあなあ」
《ええい、知ったような口をたたくでない!! かの者は容姿でもわれに負けておらぬぞ!》
「グハッ!」
ゲドの口ぶりにムッときたウー神が錫杖をブンと振ると、彼の身体が吹っ飛んでいった。剣圧を飛ばす遠隔攻撃の飛燕剣だ。イヌ族の剣スキルとしては中程度だし、いつもの得物とは違うのに、よくこれだけ威力を出せるな。さすが、エデンでトップクラスののモンスターハンターだけのことはある。おっと、今は守護神獣か。
《バカイヌ、早まんニャイの! セオリー通り態勢を整えてから攻撃しニャイと、MPがもったいニャイでしょ!?》
モー神の指示に従い、先方は物理防御のイヌ族スキル・猛犬注意と攻撃力アップの補助魔法・フルオライトを使ってきた。こちらも同じく猛犬注意と、物魔防御アップのトリスタンをかけておく。
「ジェネシス!!」
千里はいきなりフルパワーだ。40階各フロアで亡霊相手に研鑚を積んだだけあって、さっきイヴ相手に使ったよりもいくぶん威力も増した気がする。
「俺様も全開で行くぜ! 烈風剣!!」
飛燕剣のダメージから立ち直ったゲドも千里に倣い、全体攻撃技を駆使する。イヌ族は雷属性、ネコ族は氷属性が弱点なので、確かに千里のジェネシスは双方に対して効果的だ。だが、烈風剣はこの2人に有効とは言いがたい。モー神は回避率が高く、同属性のウー神へのダメージは当たっても軽微だ。
「地上掃射!」
朋也は2人の足元をめがけ全体攻撃技を繰り出した。威力は低いが、スタンの特殊攻撃が狙える。ミ……もといモー神はかかりにくいだろうが、ウー神を足止めに成功すれば戦闘を有利に運べる。そのうえで、真・牙狼でまず軍師役のモー神を戦闘不能にするのが早道だ。
「ちょっと朋也。神獣相手にステータス異常なんて効かないのわかってるでしょ!? 向こうはHPも高いんだし、ケチってる場合じゃないわよ!」
千里に文句を言われてしまった……。仕方がない、アテナを召喚するか。その方がたぶん早めに決着がつくだろう。
と召喚の準備にかかろうと思っていたら、神獣側は予想外の癖のある手を行使してきた。〝爪とぎ〟+〝吠える〟の詠唱ブロック作戦だ。
それぞれネコ族およびイヌ族のスキルで、スキルや魔法の宣言を無効にしてしまういわゆる〝沈黙〟効果があるが、いずれもステータス異常の成功率は半分に届かない。ところが、重ねがけすることで成功率が格段にアップする。魔法系モンスターが複数出現した際にミオがよく使った手だった。当然想定しておくべきだったのだが……。
朋也自身もその手の攻撃には弱いが、ゲドはステータス異常にものすごくかかりやすかった。低レベルのモンスターが相手のときもほぼ確実に決められる。体質上仕方ないのだろうが。
運の悪いことに、今回は2人ばかりでなく、比較的状態異常に抵抗力の高い千里まで沈黙にかかってしまった。彼女の魔法攻撃を封じられるのは痛い。
以前の冒険時は、状態異常耐性が高く、全体回復スキルのセラピーも持つマーヤとフィルがパーティーにいてくれたおかげで、この手の攻撃を受けても1ターン無駄にする程度で済んだ。
今はパーティーメンバーが3人しかおらず、全体回復技は誰も持っていない。各自がアイテムで対処せざるをえず、異常回復とHP回復の2段階の手続を踏む必要がある。
《ネコだまし!》
「きゃっ!」
HPは後回しでともかく沈黙を解消しようと、治療用アイテムののど飴を口にしようとした千里が、ミオにスタン攻撃を食らってしまう。
《ハウリング!》
続いて、ゲドがウー神にステータス異常付加+能力低下攻撃を受けてしまう。沈黙の強度と持続期間が増したうえ、恐怖のステータス異常も加わって物理攻撃・防御とも大幅に下がってしまった。
《砂かけニャニャア!》
さらに、3人とも攻撃の命中率が大幅に落ちる目潰しの状態異常にかけられてしまった。とくに銃技に頼る朋也にとっては致命的だ。
複数の状態異常が重なった場合、その分治療の手数が増えてしまう。すべての状態異常を一気に治癒できる万能薬もあるが、単価が恐ろしく高かったり、入手可能なモンスターも限定的なため、今は手持ちがない。
まずい……このままではミ……もといモー神の術中にますますはまっていく一方だ。ていうか、彼女たちもいつまでこの茶番を続けるつもりなんだろう?
《ニャハハ、すべてわらわの狙いどおりニャ。観念せい、性悪女!》
3人とも半ば攻撃不能の状態に陥ったところで、モー神が千里を集中攻撃し始めた。エレキャットやネイルショットを連発してくる。朋也も目潰しの所為で彼女をかばうことができない。千里はなす術もなくなぶり殺しの状態だ。
《これであたいの計画も完遂ニャ♥ 九生衝!!》
モー神が必殺技を発動しようとしたとき、ウー神が錫杖で彼女の手をバシッとたたいた。
《痛い! ニャにするニャ!!》
《これ、何をとち狂っておる、モー神よ! ごし──じゃない、その者ばかりを痛めつけるでない! この者たちの意思を見定めるべく試練を与えるのがわれらの役目ぞ。忘れるでない!》
《うるさい! 邪魔するニャ、バカイヌ!》
ネコ族とイヌ族の守護神獣は3人のことなどそっちのけで互いにケンカを始めた。その隙に朋也たちは状態異常から立ち直ることができた。
「そう……そんなに知りたいのなら見せてあげるわ……私を本気で怒らせたらどうなるか──」
組み合っていた2人がふと振り返ると、そこには般若のような形相で仁王立ちする千里の姿があった。
「ジェネシスッ!!!」
天地創造を思わせる業火と吹雪、稲妻がイゾルデの塔を揺るがす。それはピーク時の彼女のジェネシスそのものだった。2人の神獣の協力(?)のおかげで、彼女はついに全盛期の力を完全に取り戻したのだ。
閃光と轟音が静まってみると、2人はすっかりのびていた。
こうして、神獣の敗北という形で激闘(?)は幕を閉じた。