ダリの街の礼拝堂はひっそりと静まり返っていた。そこにイヌ族の女性が1人、正面の祭壇に立つ厳かなアヌビス=ウーの像に向かって一心不乱に祈りを捧げていた。
「今日も一日、ご主人サマが健やかにすごせますように……幸せでいてくれますように……」
アニムスをめぐる冒険が幕を閉じた後、朋也とジュディの2人は結婚してエデンに残ることを決断した。それは、ジュディにとってかけがえのない家族であり、朋也にとっても親友である千里との永遠の別れをも意味していた。
あれから3年、2人は自宅を構えたイヌ族の街ダリを拠点に、まだこの世界に残っているモンスターを退治しながら、休日には訓練に明け暮れる生活を送っていた。
忙しくはあっても充実した日々。こうしてジュディと一緒にいられることが、朋也は何より幸せだった。
そのジュディのほうも、毎日笑顔で俺と接してくれる。けれど、ときおりふと表情が曇ることがある。そんなとき、彼女がだれのことを思い浮かべているか、口にしなくても朋也には感じ取れた。
ときどき彼女が1人で教会へ赴き、一心に祈りを捧げているのも知っている。
なんとかして、彼女の寂しさをまぎらわせてあげることができればいいのだけど……。
キンッ!
刃と刃の触れ合う鋭い金属音がこだまする。
朋也とジュディは街にある公会堂の1室を剣技を磨く訓練の場として使用していた。年間を通じて公共施設を事実上借り切っていることになるが、それが認められるのも功績があればこそだ。
モノスフィアであればこういうのは通常木刀等刃を抜いた形でやるものだろうが、この2人の場合はモンスター相手の実戦を想定しているため、夫婦であってもお互い遠慮はない。万一負傷した場合は魔法やスキルを使って治癒することも可能だし。
ガギギギギンッ!
ジュディがラッシュをかけ、高速の連撃をお見舞いする。一瞬反応が遅れた朋也はズルズルと後退を余儀なくされ、壁際まで追い詰められた。
「ツバメ返し!」
朋也は剣先を翻して軌道を変え、ジュディの刺突をかわそうと試みたが、彼女にはそこまで読まれていた。
彼の剣はクルクルと宙を舞い、そのまま床に落ちて滑っていった。弾かれた拍子に後ろにひっくり返ってしまう。
「ま、参った……」
片手を挙げて降参を認めた朋也に手を差し出しながら、ジュディがアドバイスする。
「居合系はどうしても一定の間が必要になるからね。距離を詰められたら、技に頼るより、体幹を使って素早く回避・反撃した方がいいよ」
最近は物言いも剣術道場の師範らしくさまになってきた。始めた頃は他人に教えるのは苦手だと渋っていたものだけど。
モンスターハンターの収入源は当局から支払われる報酬のみで、凶悪な事件を引き起こした特殊なケース以外はたいした額にはならない。そこで朋也たちはダリの街で道場を開き、授業料を取ってイヌ族中心に剣士志望の若者たちを指導していたのだ。
立ち上がって埃を払う朋也に、ジュディはニヤリとして言った。
「これで対戦成績は通算102勝94敗、ボクの勝ち越しは変わらないね」
「ちぇっ、なんとか5割まで持っていきたかったのに、また引き離されちまったか……。エデン1の剣士はおまえ、2位が俺って順位は当分揺るぎそうにないな。まあ、チームの戦力としては十分だけど」
「ヘヘ♪」
朋也に褒められて顔が綻ぶ。剣術師範を名乗るようになっても、こういうところは以前とちっとも変わらない。
「今日の特訓はこれくらいにして、一休みしたら次のミッションにかかろうか」
「うん!」
2人並んで道場を後にしようとしたときだった。
「う……!」
不意にジュディが立ち止まり、口で手を覆う。
「ん? どうした?」
「う……うえ……」
彼女はその場で膝をつき、嘔吐した。顔面が蒼白だ。
朋也はびっくりして妻に駆け寄った。
「ジュディ!? おい、しっかりしろ、ジュディ! ジュディッ!!」