ジュディは道場と同じ公会堂の中にある医務室のベッドで横になっていた。傍らで手を握りながら朋也が尋ねる。
「まだ気分が悪いか?」
「うん……」
少し間を置いてから、朋也は医師に告げられた事実を打ち明けた。
「お医者さんいわく、妊娠3ヵ月だそうだ。やったな、ジュディ! もうすぐ俺たちの子が生まれるんだぞ♪」
話しながら、つい顔がにやけてしまう。最初は何か悪い病気じゃないかと疑い気を揉んでいたが、グッドニュースだとわかり朋也は有頂天になっていた。
ところが、子供ができたと聞いてもジュディの表情は冴えなかった。
「そう……」
朋也は少し戸惑ったが、彼女の不安を解消できるようにとやさしく声をかけた。
「まあ、初めてのことだしな。悪阻があまりひどいと、喜ぶ気にならないだろうけど……。でも、安心しろ、ジュディ。俺がずっとそばについていてやるから」
「……ごめんね……モンスター退治、手伝えなくなっちゃって……」
ジュディはしょんぼりした顔でパートナーに謝った。なんだ、そんなこと気にしてたのか。
「おまえは何も心配するな。別に大きな事案は抱えてないし、いい機会だし、弟子たちにも少し任せてみるさ。いまはともかく栄養をつけてゆっくり休むんだ。元気な赤ちゃんを産むことだけ考えて。な?」
「うん……ありがとう、朋也……」
礼を言いながらも、彼女はまだ浮かない顔のままだった。
3日後のこと。事情を知ったクルルがダリまで駆けつけてくれた。
彼女は冒険をともにしたパーティーの仲間として、エデンに残留することを決めた2人をサポートしてくれた大切な友人だった。今は故郷のユフラファに戻ってのんびり暮らしているが、便りは欠かさない。
公会堂の玄関でクルルを出迎えた朋也は、1階の休憩室で彼女がわざわざリュックで持ってきてくれた妊婦の必需品、あるいはあると便利な品々を確認するのを手伝いながら、久闊を叙して話の花を咲かせた。
「助かったよ、クルル。遠いのにわざわざ来てもらって」
「ううん、全然! クルルも朋也とジュディの役に立てるならこんなうれしいことはないよ♪」
「それにしても、クルルが助産師を目指していたなんて知らなかったなあ」
それは彼女がサポートを申し出てくれたときに教えてくれたことで、朋也も初耳だった。
「マーヤと救護センターの妖精さんたちにもサポートしてもらって、資格を取ったんだ♪ 意外だった?」
「いや、こども好きのクルルにはピッタリの仕事だと思うよ。ユフラファ村とインレ村のウサギ族の再興でも、きっとおおいに活躍の場があるんじゃないか?」
「クフフ♪ 朋也にそう言ってもらえると、クルルもうれしいな♥ がんばって赤ちゃんいっぱい取り上げちゃうよ!」
「ハハハ、そりゃ楽しみだ♪」
2人が談笑していたとき、ドアがいきなり開いてジュディが入ってきた。
「ずいぶん楽しそうだな、朋也……」
眉間に皺を寄せながら彼をにらみつける。相当に機嫌が悪そうだ。
「おい、ジュディ。寝てなくて大丈夫か? いまちょうどクルルが来てくれたとこ──」
「何だよっ! ボクが1人で苦しんでるときに、他の女の子とイチャイチャとおしゃべりしてさ! そんなにボクのことが嫌いなら別れてやる!!」
朋也の話を遮ってそう怒鳴りつけると、ジュディはバタンとドアをたたきつけて出ていった。
「あっ、ジュディ!? そんなふうに走ったらよくないぞ!」
背中に声をかけようとするが、彼女は聞く耳も持たずに廊下を走り去っていった。
「はあ……。なに変な誤解してんだ、あいつ? せっかくクルルがユフラファから見舞に来てくれたってのに……」
それからクルルに向かって頭を下げる。
「ごめんよ、クルル」
クルルは何も気にしてないと首を横に振りながら答えた。
「ううん、しょうがないよ。女の人は、お腹に赤ちゃんがいるときは、どんなにたくましい人でもメンタルがナーバスになりがちだからさ。こういうときは、悩みを打ち明けられる先輩ママさんがいるだけでだいぶ違うものだけど、ジュディはママ友作る機会もなかったものね。仕方ないからマーヤにも応援をお願いするよ」
「ああ。俺からも頼むよ……」
そう口にしながらも、朋也は不安げにジュディの去った廊下の方を見やった。
あの後、クルルはすぐジュディに会いに行き、誤解は完全に解けた。もう問題ないというクルルの判断を聞いたうえで、朋也は時間を置いてもう一度病室に様子を見にいくことにした。
部屋のノブに手をかけようとしたとき、ジュディがかすかに泣き声を漏らすのが聞こえてきた。
「……ご主人サマ……ボク、寂しいよ……ぐす……」
朋也はドアの前で固まったように立ち尽くした。しばらくしてから、彼女の顔を見ることなく、そっとその場を立ち去った。