クルルに後を任せ、朋也は1人自宅に戻った。照明もつけずに部屋のベッドに腰掛けると、頭をかかえてうめく。
朋也はこの3年間で初めて、ジュディと結婚したこと、エデンに残ったことを後悔した。
あの日、ミオにも励まされ、ジュディを幸せにするために、朋也は自分の人生のすべてをかけると誓った。
千里にもそう約束した。
ジュディのそばにいて、千里の代わりにできることはすべてしてきたつもりだった。
けれど、どんなに努力したって、男性では絶対に果たせないこともある──
2人の子供ができたことはジュディにとってプラスになると、朋也は考えていた。新しい家族ができることで、彼女の寂しさもまぎれるんじゃないか、と。だが、それは甘すぎた。
経験したことのない出産を控え、彼女の不安と孤独感は逆にふくらんでしまった。
いま、ジュディが必要としているのは、そばにいてほしいと願っているのは、朋也ではなかった。千里だ。
だが……彼女は時空を隔てた遠い異世界にいる。2人の代わりに自身が犠牲になり、モンスターを生み出すきっかけを作った世界を変えようと、たった1人でモノスフィアで奮闘している。
朋也は立ち上がると窓辺に立ち、外をながめた。向こうの世界の中東を思わせる、暖かいオレンジ色を帯びた街灯がゆらゆらと揺らめく街の光景が広がる。だが、そんな美しい夜景も、彼の目には映っていなかった。窓枠をぐっと握りしめる。
朋也は一大決心をした。結婚したときにはそんな考えは頭をよぎりもしなかったのだが。
もし……もし、俺がジュディのためにできる唯一のことが、〝彼女と別れること〟ならば、俺はそうしよう。そうすることで彼女の笑顔を取り戻せるのなら……。
たとえ、2度と彼女に会うことがかなわないとしても──
翌朝、まんじりともせず夜を明かした朋也は、さっそく行動を開始した。
納戸の奥に大事にしまっていたものを引き出す。あのとき、ピラミッドでウー神と2頭の従者に授かった3つの神器──ドーベルソード、バーナードの盾、そしてマスチフメイルだ。今の朋也の実力であれば、モンスターを倒すのにこれらの最強装備に頼る必要はない。朋也自身、まさかこれらをもう一度装う日が来ようとは思ってもみなかった。だが、今はこれらが必要なときだった。
玄関を出た朋也は、3年間のジュディとの大切な思い出の詰まった我が家を振り返った。そもそもは、伝説の剣士カムロが街を去り、入居者不在となった家を2人が買い取り、リフォームしたものだ。
クルルと今日ダリに到着したマーヤには、出産にかかる諸々の経費を捻出すべく長期遠征に出ると伝え、ジュディ本人にもその旨伝言を頼んでおいた。自分が2度と還らないつもりだとは、もちろん言っていない。
行く先はレゴラスだ。朋也の目的は、自分がモノスフィアへ行き、千里が務めている2つの世界を救うという役割をバトンタッチし、入れ替わって彼女にエデンへ来てもらうことだ。そのためにはまず、キマイラと交渉してもう1度ゲートを開いてもらう必要がある。場合によっては力づくでも。
最後に、朋也は街の公園の奥に安置されているウー神の彫像の前に来た。
「ウー神よ……あなたとの約束のうちひとつを破ることになっちゃうけど、彼女を幸せにするという誓いだけは、命に代えても守ります。どうか、俺の代わりに彼女とお腹の子を見守ってやってください……!」
こんなことはピラミッドにいる本人にはとても直接言えた義理ではない。それでも、朋也は願わずにはいられなかった。手を合わせて祈りを捧げる彼の目に涙が光る。
3年前の冒険で入手し、2人の遠征用にも重宝している愛車エメラルド号にまたがると、朋也はダリの街を出立し、一路港町ポートグレイを目指した。