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 カイトの後に続き、レゴラス神殿の中に入っていく。以前来た時と変わりなく、神殿の1階は近代的なビルのホールのようになっていたが、そこで朋也は前回見覚えのなかった設備に目を留めた。
「3年前はモンスターを神殿内に封じていた所為で止まっていたエレベーターの機能が回復したからね。これでキマイラのところまで直通で行けるよ」
 2人して中に乗り込む。カイトがボタンを押すと、エレベーターは瞬く間に上昇し始めた。神獣の玉座のある最上階まであっという間だった。前回あれほど苦労したのが嘘のようだ。
 上級妖精の守衛もおらず、キマイラは1頭だった。体長5mはある巨大な三頭の怪物が、広間の中央にでんと寝そべっている。訪問者の接近を感知した山羊、獅子、恐竜の3対の目がかっと見開かれた。
《ヒト族朋也か……久しいな。もっとも、余にとっては3年など瞬く間に等しいが。エデンでの暮らしには慣れたか?》
「ああ、うん。おかげさまで」
 頭を掻きながら答える。朋也は今頃になって少し緊張してきた。アポも取らずに直接来ちゃったけど、大丈夫かな? 《して、今日は何用か? 余は世界を司る叡智の神獣、忙しい身であることはお主もわかっておろう》
「ええっと、その……」
 なんか切り出しにくいな……。正直、神獣とどうやって交渉するかまで朋也は頭が回らなかった。どうやって持ち出したものか苦慮していると、彼に代わってカイトが口を開いた。
「朋也がゲートをもう1度開けてほしいんだってさ」
「あっ、こら! 勝手に話しやがって──」
 神獣相手では通用しないかもしれないが、それでもものには頼み方というものがあるだろうに。
《それはできぬ》
 キマイラの回答は即答だった。想定はしていたが。
《余は紅玉を蘇らせエデンを救ったお主らの功績に対する褒美として、余の残る力をすべて投じ、ゲートを開いた。だが、あのとき〝一度きり〟と申したはずだ。モノスフィアとのリンクはもはや切れた。以前は2つの世界が隣接していたが、今のメタスフィアとモノスフィアはいくつもの次元に隔てられた無縁の世界なのだ。いくら叡智の神獣たる余といえど、遠く離れた異世界同士を連結する作業にはあまりにも莫大なエネルギーを要する。実質不可能に等しい》
 普通なら、そこまで説明されればもう望みはないものとあきらめるだろう。だが、楽天的なカイトの反応は違った。
「へえ……そりゃいいことを聞いたな。実質不可能に近いといったって、必要なだけのエネルギーさえ投じれば〝可能〟なんだ♪」
 彼は隣にいる朋也を振り返り、すました声で言った。
「朋也、君の無謀で無計画で破れかぶれな行動もあながち捨てたもんじゃなかったな」
 いちいち癇に障ることを言う。相変わらず嫌な性格だ。
《……確かに、ゲートを開くこと自体は今でも不可能ではないが、それができるのは神獣のみ。お主たちにとっての可能性はゼロであることに変わりはない。ゲートを開くのを〝禁止〟するのはもうひとつ理由がある。モンスターにも等しいモノスフィアのニンゲンどものエデンへの侵入を予防するためだ。以前は紅玉を再生してこの世界の崩壊を食い止めることが何より最優先だった。だが、今は違う。どれほど可能性が低かろうと、エデンにとっての余計なリスクは負えぬ。ゲートを開いてお主たちは何とする? ニンゲンの脅威というリスクを抱える以上の便益をこのエデンにもたらす合理的な理由があるのか?》
 さっきのカイトと同じく、キマイラは朋也にゲートの開通を要求する目的を尋ねてきた。
「言い訳なんて思いつかないから、正直に言うよ。俺の妻のジュディが今こどもを身ごもっていて、あのとき元の世界へ帰還した千里の存在を必要としている。彼女にもう一度エデンに戻ってもらう代わり、俺が向こうへ行って、彼女の務めを果たす。あと、ミオにも千里と一緒に来てもらう。それがゲートを再度開けてほしい理由だ」
《論外だな。いくらお主がこのエデンの救世主であろうと、そんな私的な目的に対してゲートの開通を認め、余が力を貸すと思うなどあさはかにも程がある》
 2度目の即答だ。彼の口ぶりから厳しい回答になるのは予想されたが。カイトのように別の個人的事情があるわけでもないし。
「キマイラの言うことはいちいち正論だな」
 そのカイトがケロリとして言ってのける。
「おまえ、どっちの味方なんだよ!?」
 ケンカを始めかけた訪問者に、キマイラはさらに話を続けた。
《ニンゲンは強欲で身勝手な生きものだ。それはお主とて同じこと。千里やお主が変節してニンゲンの侵入者どもを手引きしない保証がどこにある?》
 叡智の神獣はやっぱり変わっていないな──と朋也は思った。疑り深く冷酷で、合理性の剃刀でもって感情をばっさり切り捨てる。無駄だと知りつつ、彼はなおも抗弁した。
「そんなこと俺も千里も絶対にしない! アニムスは俺たちの心の奥底の願いを聞き取り世界を破滅に導くことなく救ったじゃないか! それが立派な証明になるだろ!?」
《いくらお主と千里が善良なエデンの味方でも、お主たちは70億分の2でしかない。残りの70億個体はエデンの敵だ。フェニックス殺害を企てたテロリストの子孫だ。お主たちが誓約を守るつもりでも、何かのきっかけでゲートの秘密が漏れれば……エデンの存在が知れれば最悪の事態を招き得る。余は神鳥を殺害された過ちを繰り返せぬ》
 今度はカイトも朋也の弁護に立った。
「キマイラ、あんたはヒト族を過大評価しすぎてるんじゃないか? やつらは魔法を使えない。千里のようにこっちで修練を積まない限りね。万が一侵略してきたとしても、ハエのように追っ払えばすむ話だ。たかがハエの70億匹や100億匹、別に恐くはないさ。こっちにはあんたたち神獣と神鳥、妖精の精鋭部隊もいる。朋也の妻もね。あの子にかなうニンゲンの剣士はいやしない。そして、何より僕がいる♪ もしニンゲンの軍隊が攻めてきたら、ジェネシス1発で蹴散らしてあげるよ。三獣使をこっちからモノスフィアに送りつけてやるのもいい。そうすりゃ、連中はすぐに白旗を振るさ」
 カイトがジュディの腕を高く評価したのは、朋也としても意外だった。戦士として最強なのは自分だという点は譲るつもりはないようだが。
「キマイラ……おまえがニンゲンに対して疑心暗鬼になるのはわかるけど、少なくとも70億のうち69億くらいは、仮にエデンの存在を知ったとしても、侵略なんて考えないよ。むしろ、この平和な世界のことを知ったなら、自然や動物たちの仕打ちを改めようと大多数の人たちが考えるはずだ。千里は向こうでそのために努力してるんだぞ!」
 カイトに続き、朋也もさらなる説得を試みる。
《お主のようなオプティミズムには立てぬ。お主は当事者にすぎぬのだからな》
 だが、神獣は自身の安全保障論を頑として変える気がなかった。しかも、そればかりか彼は別の難癖をつけ始めた。
《もうひとつ問題がある。お主のパーティーにいたネコ族の娘ことだ。カイト1人であれば余は制御下に置けるが、問題児が2人に増えるとなると話は別だ。ある意味、ニンゲンどもよりたちが悪いかもしれんな……》
 まさかミオのことまで持ち出されるとは思わなかったな……。前回叡智の神獣が敗北したのは、彼女の策士としての底知れぬ知能が一番大きな要因だったことを、彼も見抜いていたのだろうが。
「おいおい、そいつは聞き捨てならないな。僕1人だって、その気になればあんたをひねりあげることもできるんだぞ!?」
 カイトがムッとして言い返す。制御下に置けるなどと言われればいい気はしないだろう。
「カイト、やめろってば」
 朋也はあわてて止めに入った。世界を司る神獣がネコ2匹を深刻な脅威とみなすなんて、さすがにどうかと彼も思ったが。それから、キマイラに向き直る。
「キマイラ、あんたは確かに宇宙最高の頭脳の持ち主かもしれないけど、やっぱり人の心についてはわかってないな。ミオとカイトはお互いを必要としてるだけだ。1人でいさせるよりむしろ安心だよ。俺が保証するから!」
 朋也はなおも神獣に詰め寄ろうとしたが、カイトが腕を引いて彼を止めた。
「これ以上何を言っても無駄だよ、朋也。叡智の神獣は延々と難癖をつけ続けるだけさ。ゲートを開くためには、力ずくで言うことを聞かせるしかない!」
 そう言って自身は構えを取る。すでに戦う気満々だ。
 キマイラも上半身を起こすと、5m以上ある頭上から2人を威圧的に見下ろした。
《やはり……やはりニンゲンは信用の置けぬ種族だな。裏切り者と結託して、この世界の転覆をせんと謀ろうとは。お主たちに慈悲を与えたのはやはり過ちであったわ。神に仇なす禍の元凶め。今度こそこの余が成敗してくれよう! 紅玉とともに碧玉も再生した。ゲートの開通作業に余力を奪われてもおらぬ。余のステータスは万全だ。以前のようにはいかぬぞ!!》
 三重の咆哮が轟く。念のため準備してきたとはいえ、神獣との対決はもはや不可避だった。


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