戻る






 朋也とカイトはレゴラスを後にし、ポートグレイに引き返してきた。
 埠頭を降り、エメラルド号を駐車している城門のところまで歩いていく間、ポートグレイに多いネコ族の住民たちの視線が絶えず注がれているのに否応なしに気づかされる。彼らの注目の的になったのは、もちろん一族の美形中の美形カイトだ。
 ネコ族の女性の1人などは積極的にモーションをかけてきた。
「あら、素敵な人♥ この先に人魚の入江ってロマンチックな呼び名の洞窟があるんだけど、よかったらこれから一緒に行ってみない? それとも、ポートグレイ名物のレストランでお食事はいかが?」
「悪いけど、先約があるんだ。お詫びにこれを君にプレゼントするよ」
 そう言って懐からキャッツアイの欠片を取り出し、彼女に進呈する。
「まあ、ありがと♥ 大切にするわ♪」
 カイトは片手をヒラヒラ振っただけで振り返りもせず、朋也と一緒にスタスタと歩き続けた。たいしたプレイボーイぶりだ。そういや、モルグルの地峡で最初に出会ったとき、一緒にパーティーを組んだクルルとマーヤにも別れ際キャッツアイを贈ってたっけ。
 朋也はカイトをサイドカーに乗せ、エメラルド号を発進させた。目的地はオルドロイ神殿だ。オルドロイ山は大陸の中央に近いスーラ高原にあり、大陸の東の端にあるポートグレイからの距離はほぼ500キロ。途中砂漠を越えなければならず、エメラルド号でも丸1日がかりになる。
 道なき砂漠をひた走る。はるか南にピラミッドの三角形の頂点が吹きすさぶ砂嵐の中でときどき垣間見え、ゆっくりと地平線をすべっていく。
 その先にはダリの街並があった。もう1度ジュディの顔を見ていきたい誘惑に駆られたが、思いを断ち切りアクセルをぐっと踏み込む。
カイトは時折鼻歌を口ずさみながら、初めてのサイドカーの旅を楽しんでいるふうだった。
補給と休憩を兼ね、2人はエデン最大の街シエナに立ち寄った。話しぶりから、カイトも何度か足を運んだことがあるようだ。
ここでも彼はネコ族の女性たちから熱い視線を浴びた。
「あの……もしよろしければ、今からお茶でも……」
 喫茶店の近くでまたその1人に言い寄られる。こういうのは一種のフェロモンとでもいうのだろうか? 朋也としては、種族も違うし既婚の身とはいえ──もうすぐ別れるものの──正直同じ男性としてあまり面白くはない。
「すまないが、急ぎの用があってね。お詫びにこれを君にプレゼントしよう」
カイト自身のリアクションもまったく同じだった。こういうときのためにキャッツアイをまとめて持ち歩いているのか……。
「あ……ありがとうございます! 一生の宝物にします♪」
 女の子はペコンとお辞儀をすると、カイトから受け取ったキャッツアイを大事そうに両手で抱えながら歩いていった。
「何か言いたげだな、朋也?」
 朋也の視線を感じたのだろう。彼は片目を吊り上げながら聞いてきた。
「いや、別に……」
「行く先々で女性にアプローチされるのも楽じゃないよ。まあ、持って生まれた容姿に対する対価と受け止めることにしてるけどね。素質に恵まれなかった者にはなかなか理解してもらえないだろうけど。だが──」
 髪を掻きあげるわざとらしい仕草でしれっと言ってのけた後、まじめな口調に戻って彼は言った。
「遊び半分で女性とつきあうまねは、僕はしないよ。レディたちに対して失礼だしね。何より、僕には心に決めたたった1人の女性がいるのだから……」
 神獣の手先としてベスや朋也たちをさんざん欺いてきたカイトだったが、今の彼の言葉に嘘はなかった。キマイラの傀儡として振る舞ったのも、ミオ1人に尽くすためだった。
 彼はチャラ男でもプレイボーイでもない。むしろ正反対だ。口の聞き方はいちいち癇に障るけど。
 補給を済ませた朋也たちは、シエナの街を出ると針路を北西に変え、旅を続けた。エルロンの深い森を抜け、スーラ高原に入る。オルドロイ山の威容が目に入ってきた。
 活火山のオルドロイ山は、爆発的な噴火を起こさなくても周囲に強大なエネルギーを絶えず放射しているように感じた。地熱や硫黄の匂いだけではない。近づく者に畏怖に近い気持ちを抱かせる。それは、紅玉を司る神鳥フェニックスの威光がもたらすものでもあった。
 170年前に紅玉が奪われる事件が起きて以来、半ば廃墟と化していたオルドロイ神殿だが、ベスとトラの率いる一団が途中まで手がけた修復作業は、紅玉が再生されてから妖精たちの手により急ピッチで進められていた。
 神殿の入口でエメラルド号を停め、ギリシャ風の石造りの建物を仰ぐ。3年前の出来事がまざまざと思い出される。
 そこで朋也は去年にはなかったものに気づいた。庭の一角が色とりどりの美しい花園と化し、中央に墓標が整然と並んでいたのだ。それは、ゲドたちトラの弟子の3人が建てた2人の墓を大幅に拡張したものだった。あの2人の他、神鳥復活の生贄として捧げられたユフラファのウサギ族の者たちを悼むために、神鳥自身が作らせたのだろう。
 朋也は墓前で手を合わせた。カイトは何も言わなかった。
 本殿に戻って中に入る。妖精たちは誰も2人の大きな種族を阻止しようとはせず、避けるように道を開けたので、朋也たちはそのまま昇降機を使い、謁見の間のある最下階まで降りていった。真下に迫るマグマの所為で、構内の温度がどんどん上がっていく。
 神鳥のいる謁見の間の手前、控えの間に入った朋也とカイトを、またもや意外な人物が待ち受けていた。


次ページへ
ページのトップへ戻る