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 鋼鉄の扉を開くと、溶鉱炉のようなすさまじい熱気が噴き出してきた。力場によって守られていなかったら、この時点で3人ともすでに火だるまになっていたところだ。
 神鳥との謁見の間は、オルドロイ山の火の釜そのものだ。下には千度を越える灼熱のマグマがグツグツと煮えたぎっている。その上に、火山の中央に向かって橋梁がまっすぐ伸びている。以前来た時のままだ。ベスの設けた祭壇は取り払われていたが。
 こんな地獄そのもののような場所にいるのに、カイトもリルケも実に平然としている。リルケは神鳥直属の部下として、上長がこちらの話に耳を傾けてくれるものと信じているようだが、カイトの方はどうもフェニックスと戦いたくてウズウズしているように見受けられた。
 橋の先端までたどり着いてしばらくすると、溶岩湖の湖面がザワザワと波立った。そして、溶岩の波を掻き分け、長く尾を引く啼き声をあげながら、たった今生まれたばかりのように白熱した物体が飛び出してくる。姿こそ首の長い鳥に似ているが、両翼の差し渡しは10メートル、頭から尾羽の先までも5メートル以上はあろうかという怪鳥だ。鳳凰ないし火の鳥とも呼ばれるフェニックス。モノスフィアの伝説に登場するそれらの呼称は、いずれも2つの世界が岐れる前の遠い記憶に基づいているのだろう。
 神鳥は頭上でゆったりと羽ばたきながら、じっと朋也を見下ろしてきた。彼はごくりと息を呑んだ。
 圧倒的な威厳と存在感。あのとき対峙した骨だけのゾンビとはまるで違う。エメラルドのキマイラも、ルビーのフェニックスに比べれば小物に思える。
 だが、ここまで来た以上、後へは退けない。愛するジュディのために、必ず望みをかなえてもらう……!
《あなたがヒト族朋也ですね……。会ったのは初めてではないはずだけど、不死の反転魔法にかかっていた間の記憶はないの。許してちょうだいね。そして、改めてお礼を言います。エデンを救ってくれてありがとう》
 神鳥の方から朋也に話しかけてきた。声音はとても優しく聞こえるが、秘めた力を打ち消すことはない。
「神鳥様。どうかこの者の嘆願をお聞き届けいただけませんでしょうか?」
 切り出したのはリルケだ。同行してもらえて正解だった。
《ゲートをもう一度開いてほしいとのことですね。朋也、あなたの口からその理由を聞かせてもらえませんか?》
 ひとつ深呼吸すると、朋也はこれまでと同じように彼女に経緯を説明した。
「アニムスをめぐる一件の後、俺はモノスフィアに帰らずエデンに残る道を選択した。ジュディと結婚するためだ。彼女はいま俺たちの子をみごもっている。彼女を支えてあげたいけど……いまの俺には無理だ。幼いころからずっと一緒に暮らしてきた千里に、ジュディのそばにいてやってほしい。彼女のパートナーになってくれたミオと一緒に。ジュディを幸せにするために、俺はこの地に残ってできる限りのことをしてきたけど……彼女にはやっぱり千里の存在が必要なんだ! 俺は……俺は……ジュディのもとを去る! 彼女に幸せになってもらうために……!!」
 話しているうちに、自分でも知らず知らず涙がこみ上げてきた。袖で涙を拭くと、朋也は再び神鳥を見上げた。
 数秒間沈黙してから、神鳥は朋也に問うてきた。
《愛する者を幸福にするために愛する者のもとを離れるというのですか? それは矛盾していませんか? もし、あなたたちが本当に愛し合っているのなら、あなたを失うことで彼女が幸せになれるとは思いません。あなたたち2人の子も》
「俺だって離れたいわけじゃないさ! けど、どうあがいたって、俺じゃあいつを幸せにはできないんだ! 千里じゃなきゃダメなんだっ!!」
《世界の壁、種族の壁があるから、あなたにはそれを乗り越えられないというのね。けれど、あなたはそれを超えようとしたはず。彼女を不幸にしたのはあなた自身ではないの?》
 神鳥の口調は変わらなかったが、朋也が深く考えてこなかった問題を鋭く追及してきた。朋也は少し戸惑いつつも、彼女の問いかけに懸命に答えようとした。
「確かに、あんたの言うとおりかもしれない……。俺が彼女と結婚したこと自体、最初から間違ってたんだ。だから、俺はどんな罪でも償うよ。けど──」
《朋也……その罪は〝あなたの罪〟ではないわ。〝あなたたち夫婦の罪〟のはずよ。償いのために罰を甘んじるというのなら、その罰はあなたたち2人がともに受けねばならない。違いますか?》
 神鳥が朋也の話を遮って指摘した内容に、朋也はショックを受けた。
 ジュディを罰しろだって!? 冗談じゃない!! 朋也は神鳥を相手に声を荒げて抗弁した。
「違うっ! ジュディの罪じゃない!! 俺だけの罪だっ!!」
 神鳥は長い首を振って繰り返した。目つきがやや鋭くなったように感じる。
《あなたの話していることはまったく矛盾しているわ。ヒト族であるあなたがイヌ族の女性を愛したことは罪だという。けれど、イヌ族の彼女が種族の異なるあなたを愛したことは罪ではないというの? いいえ。どちらも罪に当たるか、当たらないか、2つに1つです。あなたが罪を犯したことでエデンを去るのであれば、ジュディもともに去らねばなりません。罪がないのであれば、あなたち夫婦は今までどおりの生活にお戻りなさい。モノスフィアへの帰還など考えずに。ゲートは開きません》
 神鳥の言うことは論理的には正しいのかもしれない。筋が通っていないのは自分の方かもしれない。けれど、朋也はなおも食い下がった。
「違う!! 間違ってるのはあんただ! あんたはジュディのことを何もわかってないじゃないか!!」
 2人の言い争いにカイトが口を挟んだ。
「ちょっと待てよ、朋也。それは君も神鳥も両方間違ってるぞ。エデンでは異種族同士の交際もOKなんだよ。どんなに障害が高かろうとね。そして、障害は2人が手を携えて乗り越えていくものだ。障害に直面し、それを克服しようとあがいている君に、罪があろうはずがない。その点、障害に挑む2人に罪をなすりつけるか、障害の存在を認めないか、二択を迫る神鳥の方が君よりよっぽど大きな過ちを犯しているのさ」
「こいつのことは気に入らんし、私は神鳥様に仕え忠誠を尽くすと誓った身だが、その点についてだけは私も同意する。ヒト族だけが特別なのか? その考えこそが過ちのもとだったのではないか? そうではないことを証明するために、朋也、おまえは自らの信念を貫くべきだ」
「えっ!?」
 リルケまでが敬愛する神鳥よりも朋也を支持する側に回る。
「壁が厚いなら、超えればいい。高いなら、壊せばいい。おまえはアニムスの封印を解放し、世界を救った男だ。なせばなる」
「とりあえず、目の前の壁から突破しようじゃないか。神鳥の頑固さという壁をね。彼女にも君の本気の愛を示してやるといい」
 朋也は自分に勇気をくれた2人の友にうなずいた。
 フェニックスは威嚇するように大きな翼を広げながら3人を見据えた。
《……畏れを知らぬ者よ。愛が力だと思うなら、私の愛を受け止めて身の程を思い知りなさい!!》
 ついに最後の戦いの幕が開いた。相手は最強トリオでさえ太刀打ちできるかどうか覚束ない最強の神鳥だ。
 だが、朋也はこの困難な壁に全力で挑み、乗り越えてみせると心に誓った。愛するジュディのために。


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