この旅に出てから朋也はモンスター以外との戦闘を3度体験してきた。カイト、キマイラ、そしてリルケと。だが、フェニックスとの激戦に比べれば小手調べにすらならなかった。
3年前にオルドロイ神殿に来たときも、ベスに続き、フェニックスとその第2形態ともいうべきゾンビフェニックスを相手にしたが、あんなのは抜け殻にすぎなかった。
ルビーのフェニックスは正体不明のサファイアを含む3神獣の中で最強とされる。何よりステータスが段違いだ。物理/魔法攻撃力、スピード、回避率でキマイラを大きく上回る。キマイラの方が若干高いパラメータは物理防御とHPだけだ。
中でも大きいのはスピードだった。ターンが回ってくるのがとにかく早い。カイトもリルケも、ヒト型の戦士としては最速を誇るが、それでもとても追いつけやしない。3人の中で唯一全体回復のセラピーを使えるカイトは、ほぼ回復に専念せざるを得ない状況だった。本人は相当不満そうだったが。
そして、圧倒的な魔法攻撃力でもって放ってくる火属性のルビーと風属性のターコイズ、3属性のジェネシス。朋也はこれまで千里、カイト、キマイラのジェネシスを目にする機会があったが、フェニックスのそれに比べると1ランク下のトリニティに思えてしまうほどだ。
前回の戦いでミオが泥棒ネコのスキルを駆使しゲットした、火属性ダメージを無効化できる装備である朱雀の衣を、カイトに着せておいて正解だった。でなかったら、彼が先にダウンして1、2ターンのうちに決着がついていただろう。
物理攻撃の方も侮れなかった。ともかく単純に破壊力がありすぎるうえ、ほとんど回避できない。並のモンスターの攻撃ならかすりもしないカイトとリルケの速力をもってしてもだ。おかげで、防御力が強みの朋也が盾役を買って出る羽目になった。
キマイラのように状態異常を伴うステータス攻撃はほとんどしてこなかったのが唯一の救いだ。もっとも、麻痺付加を持つ鳥属性の松果突は使ってきたし、これはこれでダメージが大きかったが。
カイトが回復、朋也が盾となると、必然的に攻撃役はリルケに回った。だが、彼女は同じ鳥属性なので相性が悪い。チャージを使って攻撃力を上げようとするが、その分ターンも費やしてしまう。
このままでは、カイトのMPと補充アイテムが尽きた時点でゲームオーバーになりかねず、それも時間の問題と思われた。
ともに旅したマーヤはもともとオルドロイ派に属する妖精で、神鳥は冷酷無慈悲なキマイラと違い、心優しい守護神獣だとことあるごとに口にしていた。だが、エデンのために排除すべき敵とみなした相手には容赦がない。キマイラが忠告したとおり。
フェニックスの攻撃は次第に苛烈さを増す一方だった。おそらく、彼女もここまで長期戦になることを予期してはいなかったのだろうが。
「このままでは埒が開かないな……。やはり役割を交代した方がいい。おまえたちの方が攻撃に回れ。ネコ属性は鳥属性相手に相性がいいし、朋也は単純に攻撃力が3人のうち一番高い。イヌ族にはステータスを増強する補助スキルもあったはずだ。それを使い、2人の連携攻撃で決めろ」
リルケが前を見ながら2人の仲間に促した。
「でも……」
「フルオライト×九生衝とフルムーン×牙狼か。手としては悪くない。だが、2ターン稼ぐ間に君死ぬぞ?」
単純に比較してリルケは3人のうち最も防御力が低い。回避すれば済んでいたからそれでよかったのだが、百撃必中の神鳥が相手ではかなり分が悪い。
「まず、1ターン目はダイヤモンドを使う。本来攻撃魔法だが、魔法を全反射し、物理ダメージも半減できる裏技がある。MPはほぼゼロになってしまうが、問題ない。2ターン目は見切で凌ぐ。どれだけ命中率が高かろうが、五分五分で完全回避可能だ。私は鳥属性だから同じ攻撃を受けてもダメージが軽減されるし。いずれにしても、もうそれしか選択の余地はないぞ」
少し思案してから、カイトはリルケの提案を承諾した。最後の、他に選択肢はないという部分に同意せざるをえなかったのだろうが。
「OK、それでいこう。頼んだよ、鳥君」
戦闘が始まる前はいがみ合っていた2人だが、両者とも百戦錬磨のプロだけに、いざ連携するとなったらスムーズに運べる。
「すまない、リルケ……2ターンだけ耐えてくれ」
神鳥直属の部下だったはずの彼女に辛い役目を背負わせるのはとても気が引けたが、今は期待に応える以外に道はない。
3人はお互いに目を見合ってうなずいた。
後衛と前衛をチェンジし、リルケが前面に出て詠唱を始める。
フェニックスの方も魔法攻撃で来た。しかも、詠唱のインターバルが長い。
「ダイヤモンド・リフレクト!!」
《ジェネシス!!》
やっぱりジェネシスで来たか……なんて間の悪い。あるいはこちらが決めにかかろうとしているのを見越してか。ジェネシスは特殊な魔法で、ダイヤモンドリフレクトでも完全には反射しきれない。軽減されているとはいえ、3人は半端でないダメージを食らってしまった。次に1回クリティカルヒットを食らえばお陀仏だ。
だが、予定は変更せず、回復抜きのまま連携攻撃でいく。
フェニックスが突撃の態勢に入った。魔法に続いて物理攻撃が来るのはセオリーどおりだ。神鳥は鋭い嘴か蹴爪を使ってくるが、かすっただけでも致命傷になり得る。
回避率がべらぼうに高い神鳥に攻撃をヒットさせるには、囮役のリルケを攻撃する瞬間に合わせるしかない。2人は首の根元に狙いを定めた。
フェニックスは長い首をぐっと曲げたかと思うと、音速に届きそうな勢いで突き出してきた。神鳥自身が炎に包まれた巨大な槍か銛と化したかのようだ。標的とされたリルケはその場を一歩も動こうとしない。
あわや命中という直前ギリギリに彼女は身を翻した。心臓一突きは免れたものの、片翼に直撃を受ける。鮮血とともに無数の黒い羽が飛び散る。
「今だ!!」
自らの苦痛も顧みず、リルケが叫んだ。
フェニックスの直線的な動きは慣性で止まらない。胴体と首のつなぎ目を狙い、朋也とカイトは左右から同時にそれぞれ一族のスキルの奥義を放った。
「牙狼!!」
「九生衝!!」
真紅の羽毛が火山の広大な空洞の中で雪のように舞った。フェニックスは首を大きくのけ反らせて一声啼いたかと思うと、煮えたぎるマグマの中に没した。
やったか? やったのか……!?
長い数十秒が過ぎた。溶岩湖の波立ちがゆっくりと収まっていく。と、そこからマグマを飛び散らせながら光り輝く巨鳥が飛び出してきた。
フェニックスは最初に登場したときのように翼を大きく広げてホバリングし、黙って3人を見下ろした。何度でも甦る不死鳥の名のとおり、見たところステータスはすっかり復活しているようだ。
これまでか……。
フェニックスは静かに湖面に着水すると、もはやこれまでと覚悟を決めた朋也たちに向かって魔法を唱えた。だが、それはルビーでもターコイズでもジェネシスでもなかった。回復魔法のクリスタルだ。
3人の傷がみるみるうちに癒されていく。瀕死の重傷を負い、2度と飛ぶこともかなわないと思われたリルケの翼も、ほぼ元通りに動くようになった。
それから、神鳥は3人の前で長い首を深くうなだれた。その目にはもう怒りの色はなかった。彼女は穏やかな声で言った。
《私の負けを認めます。あなたたちは愛の強さ、深さ、広さを私の目の前で十分に証明してくれました。望みどおりゲートを開き、千里とミオの2人をエデンに召喚しましょう》