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27D 新妖精長の反乱




「チロのリンゲルは今の量でいいの?」
「BUNとCREはだいぶ改善したから、回数を減らして様子見ましょぉー。あたしは今度の学会のプレゼン資料作成しなきゃならないから、患畜のケアはお願いねぇ~」
「了解。この子はそろそろ保護ママに在宅ケア頼もうか。症状がもう少し落ち着けば、もらい手がつく可能性もあるし……」
 ここエデン動物病院は相変わらず多忙を極めていた。
 次から次へと運ばれてくる、傷ついたり病気になった動物たちの治療に追われ、マーヤと朋也には休む暇もない。
 エデンで明け暮れたモンスターとの戦いとは違うけど、それは決して終わることのない戦いだった。
 だれかがやらなくてはならないことだ。
 そして、その〝戦い〟のエキスパートであるマーヤは、だれよりも適任だった。
 彼女は病院という戦場を駆け抜ける美しい戦士だ──
「ふう……宿題は一区切りついたから、ちょっと一服しよっかぁ」
「じゃあ、コーヒーを入れるよ。チロを寝かしとくから、先に上行ってて」
「悪いわねぇ~♪」

「ふぅぃ~……バリバリ働いた後で飲む朋也のコーヒーの味はいつもながら格別だわぁ~♪」
 マーヤは両手でカップを大事そうに抱えながらコーヒーをすすり、にっこり微笑んだ。
 病院の2階が2人の居住スペースになっている。通勤の必要がなく便利でいいが、一方で私生活の時間がどんどん削られるのは悩ましいところだ。
「そう言ってくれるとうれしいよ」
 もっとも、彼女はいつもスプーン何杯分も蜂蜜を入れて飲むので、本当にコーヒーの風味がわかっているかは疑問だ。
「なんだかんだで、モノスフィアでの生活ももうすぐ6年かあ……。早いものねぇ……。エデンでの出来事がなんだか夢のよう……」
 肘をついて顎を乗せると、目をつぶって一言漏らす。
「200年近くもあっちで暮らしてたのにかい?」
「いちいちそこツッコまないのぉーっ!」
 朋也がつっこむと、マーヤはムッとして言い返した。
「ハハ、ごめんごめん。けど、マーヤは意外にすんなりこの世界に溶け込めたよな……もっと戸惑うことも多いと思ってたけど」
「まあ、あなたと千里がサポートしてくれたのも大きかったけどねぇ」
 そこで、食器棚の上で寝そべりながら毛づくろいをしていたミオが頭をもたげ、不満げに鳴いた。
「うみゃみゃ!」
「ウフフ、もちろんミオとジュディのサポートもねぇ♪」
 そうやって3人(2人と1匹)がまったりしていたとき、突然リビングに緑の光があふれた。空中に光の球が出現する。光の点滅に合わせて壁に浮かび上がった妖しい影が揺ら揺らと蠢く。
 それは3つの頭を持つ怪物の姿となった。どこからともなく三重の声が響き渡る。
《#9109557、元妖精長マーヤよ。聞こえるか。余はエメラルドを司る神獣キマイラだ。エデンはいま大変深刻な事態に陥っている。おまえの後継の妖精長が反乱を起こしたのだ。三獣使まで復活させて市民にも危害が及んでいる。この混乱を収拾できるのはおまえしかいない。モノスフィアへのゲートは再び開けておいた。ただちにエデンに帰還してくれ。詳細はレゴラスで説明する》
 そこまで言うと、ホログラムのキマイラは出現したときと同じように忽然と消えた。部屋は何事もなかったかのように静まり返っている。
 2人と1匹は悪い夢から覚めやらないような表情を浮かべながら、黙って顔を見合わせた。


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