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 朋也たち3人は6年前の旅の最終目的地だったレゴラス神殿を訪れ、最上階にある玉座の間で、彼らを招いた神獣キマイラ本人と対面した。
《よく来てくれた、#9109557……いや、マーヤよ》
「キマイラ様ぁ、いい加減あたしたちを番号で呼ぶのやめてもらえますぅ~!?」
 あの戦いの後、特権階級のSSクラス以外のすべての妖精に名前を持つ権利を認めると約束したはずだが、どうも彼は住民や妖精を管理する発想が未だに抜けないようだ。
「次に名前で呼んだら、協力するかどうか考え直すぞ」
《う、うむ……。それより、今のエデンの詳しい状況を説明しよう》
 キマイラのやつ、誤魔化しやがった。まあ、ここでいちゃもんをつけても埒が開かないので、マーヤが尋ねる。
「新しい妖精長が反乱を起こしたって言ってたけど、それは誰なのぉ?」
《うむ。お主たちがモノスフィアに旅立った後、後任の妖精長に任命したのがSSクラス#38639145、テレーゼだ。それまではレゴラスの部隊長として、マーヤの前の妖精長である#5774021、ディーヴァを補佐していた》
「ええ、彼女のことは知ってるわぁ。オルドロイ派のあたしと違ってレゴラス派で、ディーヴァをずいぶん尊崇してたのよねぇ……」
《テレーゼはフューリーのお主のクーデターとアニムスをめぐる事件後、ディーヴァの残したヒントをもとに余にも隠れて情報を収集し、アルテマウエポンの秘密にまでたどり着いた。のみならず、余の遺伝子操作の技術を盗んで、自らの肉体の改造を図ったのだ。そして、あのときのお主と違い、余にも制御できぬ〝最終兵器〟となった》
 それって、キマイラの人選がそもそも間違ってたってことだよな……と朋也はツッコミたくなったが、話の腰を折るのはやめておく。
《テレーゼはクーデターを謀り、妖精を多数引き連れフューリーに立てこもっている。以前の余以上の、個をがんじがらめに管理する社会を構築しようと目論んでいるようだ。さらに、200年前の混乱収集の際にやむなく余が放った三獣使をテレーゼは複製し、反抗する市民を襲撃させている始末だ。お主の陳情を受け、余は妖精への管理を大きく緩めたが、どうやらそのことが裏目に出てしまったらしい》
 キマイラがマーヤに責任転嫁を始めたため、さすがに朋也も文句を言った。
「ていうより逆だろ。あんたの以前の間違った方針こそが原因なんじゃないか。まあ、神鳥を滅ぼして政策のバランスを崩させたのは俺たちニンゲンの責任だけどさ……」
《……否定はすまい。安全保障を抑止力に頼る余のやり方が過っており、内なる敵を育ててしまったということかもしれぬな……》
 神獣は朋也の批判を思いのほか素直に認めた。心なしか神獣としての覇気も失ったように見える。それだけ、新妖精長の反乱に手を焼いているのだろう。
「事情はわかったけど、あたいたちじゃまったく歯が立たニャかったあの時のチビスケに匹敵するアルテマウエポンが相手ってのは相当に厄介ね……。どうやって対抗する気ニャの? まさか、チビスケもアルテマウエポンに戻すニャンて言わニャイでしょうね?」
 ミオが難しい顔で現状分析をしてから鋭く尋ねた。
「マーヤをまたあんなふうに道具として利用するなんて、俺は絶対反対だぞ!!」
 ミオの推論を聞いた朋也はにわかに不安に駆られて抗議した。
《案ずるな。アルテマウエポンの能力は不可欠だが、あのときのように自律性を奪うつもりはない。スイッチを押すのは、マーヤ、お主自身の意思だ。今のお主ならば、世界を破滅に導くことなく、自らその力をコントロールできるはずだ。暴発のリスクはむしろテレーゼにある。それ故にお主を緊急招請したのだ》
 最後にキマイラは5メートルある巨体を平伏させてマーヤに頭を下げた。
《何から何までお主頼みで神獣として面目が立たぬが、それでも余はお主にこうべを垂れるほかない。頼む……世界を救ってくれ!!》
 マーヤはしばらく神妙な顔つきで、自分に頭を垂れる神獣を見つめていたが、おもむろにうなずくと了承の意を告げた。
「わかったわぁ。キマイラ様にもらったアルテマウエポンの力、あたしが正しく使ってみせるからぁ。だれかの大切な家族の難手術に挑むのも、世界を救うのも、あたしにとっては同じ重みを持ったチャレンジだからぁ! 泣き言なんて言わずにやってやるわよぉ~♪」
 かつて愛する女性と敵対し戦うことを余儀なくされた朋也としては、アルテマウエポンのリスクへの懸念を払拭できなかったが、本人がさわやかな笑顔で同意してしまったからには仕方がない。ため息を1つ吐いてから彼も受け入れた。
「まあ、マーヤならそう言うと思ったけど……。仕方ない、俺も全力で彼女を支えるよ」
「右に同じニャ」
 ミオもうなずく。
《この世界を代表して礼を述べよう。実は、今回の任務に引き受けてもらうにあたり、もう1人助っ人を用意してある》
 玉座の間の扉が開き、カツカツと靴音を響かせて1人の人物が颯爽と入ってきた。黒い翼を持つ鳥族の女性──
「鳥の足っ!?」
「リ、リルケ!?」
 ミオと朋也が同時に叫ぶ。
「お、おまえ……生きてたのかっ!? てっきりカイトに殺されたものとばかり……」
「あのとき私は空蝉の術で脱出を図っていたのだ。神殿の入口でおまえたちが目にしたカラスの死体は、魔法で羽から作り上げたフェイクさ」
 事務的な口調で淡々と説明する。
「無事で何よりだったわねぇ~」
「鳥の足の手助けニャンて別に借りニャくていいのに」
 2人の反応は対照的だ。
「勘違いするな。私が同行するのはあくまでエデンを救うためだ。おまえたちと馴れ合うつもりはない」
 リルケ本人は突き放すように言った。あいかわらずだな。
《では、さっそくフューリーに向かってくれ。おそらく三獣使が待ちかまえているはずだ。管理塔にいるテレーゼに遭遇するまでは、アルテマウエポンの力は温存するように》
 4人に対しキマイラが改めて指示を伝える。
「ま、その辺はあたいが戦術指揮を取るから任せニャさい♪」
 ミオがにんまりしながら胸を張る。彼女を無視するように、リルケが口を開いた。
「いったんポートグレイに戻るぞ。フューリーへのゲートがある場所はシエナの南西だ。覚えているだろうな?」
「うっさいわね! あんたに言われニャくたってわかってるわよ!」
「おいおい、まだ出かける前からケンカはやめてくれよ」
 朋也が止めに入る。この2人がうまくやっていけるか今から不安だ。
 かくして、一時的に結成された新妖精長討伐隊がフューリーをめざして出発することになった。


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