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 オメガキマイラの後ろには第8層の管理塔に通じるエレベーターがあった。乗り込む前に、マーヤは一緒についてきて戦いを見守ってきたエイミーたちフューリーの妖精を振り返り、笑顔で言った。
「じゃあ、ちょっとテレーゼと直談判してくるわねぇ~。信じて待っていてちょうだぁい♪」
 多少苦戦したものの、三獣使をすべて撃破した4人組への信頼は厚い。エイミーたちは祈るようにマーヤに対してうなずき返した。
 扉が閉まり、4人を乗せたエレベーターは上昇を始めた。これまでの6階層より到着までの時間が長い。
「まだ話し合いの余地があると思っているのか?」
 エレベーターの中でマーヤにそう尋ねたのはリルケだ。
「ええ。たとえどんなに難しくても、最後まであきらめるつもりはないわぁ。相手は三獣使じゃなくて、あたしと同じ妖精だものぉ」
「そのクローン三獣使を作った本人ニャンだから、たちの悪さじゃ上だと思うけどね……」
 ミオが口をへの字に曲げてボソッと口にする。何かというとケンカしてばかりいるが、考え方がドライなところも結構似た者同士だよな……。
 チャイムとともに扉が開く。そこは雲上の妖精の国のイメージにそぐわない、無機的な閉鎖空間だった。空港の管制室か戦艦の艦橋のイメージに近い。モニターと計器が壁の至るところで明滅し、数百人のA/Sクラス妖精が忙しなく働いている。
 6年前、中央の一際大きなコンソールで指揮にあたっていたのは、マーヤの前任の妖精長であるディーヴァだった。そして、今もそこに羽の光彩ときらめきで他の妖精との違いが一目瞭然のSSクラスの妖精が1人立っている。
「フッ……キマイラも焼が回ったものね。妖精の身を捨て邪悪なニンゲンに成り下がったアルテマウエポンのなりそこないを寄越すとは」
 テレーゼが一行を振り返りながら言った。冷たい能面のような表情も、顔立ちそのものも、ディーヴァによく似ている。朋也に判る違いは髪と羽の色合いくらいだ。妖精たちはそもそも基本的に顔が似ているが、テレーゼは身にまとっている雰囲気からしてディーヴァにそっくりだった。
「妖精長テレーゼ! エデンに住む市民の福利の向上が妖精の仕事なんじゃないのか? なんで市民に危害を加えるまねをするんだ!?」
「あたしがキマイラ様に求めたのは、妖精〝にも〟みんなと同じ権利を与えることよぉ。特権を与えてそれ以外の住民を支配させることじゃないわぁ!」
 懸命に訴える朋也とマーヤの2人を、テレーゼは軽蔑しきった表情で見返した。
「私たち妖精は神獣の手で作られたホムンクルス。他の動物たちとはまったく異質の存在だわ。共存なんてできないの。滅ぼすか、滅ぼされるか、2つに1つよ。そして、どちらが残るべきかと言えばより優れた種族である私たち妖精の方……。その私たちを奴隷として扱ってきた神獣にも罪を償ってもらうしかないわね。共存などありえないことを教えてくれたのは、他の種族との共存を考えず、エゴのためにエデンを破滅に陥れようとした罪深き種族──そう、他でもない、そこにいるニンゲンたちじゃないの」
 そう言いながら、朋也に向かって指を突きつける。先代のディーヴァがもっと無表情だったのに比べると、負の感情が判りやすく表に出ているように朋也は感じた。当時975歳だったディーヴァと違って、まだ若いということか。それは、まだ可能性が残っているという意味でもあるが。
「だから、モノスフィアのニンゲン社会の利点だけをエデンに取り入れたのよ。妖精が支配種族になればこの世界は安定するわ。ニンゲンの侵略の脅威にも適切に対処できる。神獣と神鳥の志向したカオスに満ちた不安定な世界はもう終わりよ。アニムスの代わりに、アルテマウエポンである私がこの世界の理を司るわ!」
 自信に満ちた表情で羽を広げてみせる。金色に渦巻く模様は、確かに6年前のマーヤと同じアルテマウエポン──神獣の造りだした〝最終兵器〟の証だった。
「フン……どうやら頭のネジが飛んで、自分が神にでもなったつもりでいるらしい」
 リルケが吐き捨てるように言った。
「虫ケラ1匹に自由を束縛されるニャンてまっぴらごめんだわ! 虫ケラなら虫ケラらしく、花畑を飛び回って蜂蜜でも集めてりゃいいのよ」
「命を管理したり、制御したりするのは間違ってる! それが可能だと考えること自体、思い上がりじゃないのか!? キマイラでさえ自分の過ちを認めたんだぞ!」
 言葉を荒げた朋也の手をマーヤがそっと握って制止する。彼女は優しい口調で後輩の妖精を諭そうとした。
「ねえ、テレーゼ。あたしは一度アルテマウエポンを使ったから、この力がどれほど恐ろしいかわかってるわぁ。本当に世界を制御できるつもりでいるのぉ? どれほど優れた能力があったとしても、命を、自然を、コントロールすることなんて決してできやしないのよぉ。あなた自身の命も含めてねぇ」
 テレーゼはマーヤの目をじっと見返していたが、おもむろに強い口調で反論した。その目には、ディーヴァを亡き者にした──実際には、自分のテロメアを制御して彼女自身が自殺を図ったのだが──マーヤに対する一種の憎しみに近い感情がこもっていた。
「……敬愛するディーヴァ様は、私たち妖精が〝命でない事実〟を受け入れたわ。だから、キマイラの理不尽な命令に服従したの。堕落して生物になろうと望み、どっちつかずの中途半端な存在と化したおまえに何がわかるものか!! 私たち妖精は命にあらざる者……命を超えた者……このエデンを、ディーヴァ様が望んでいた美しく秩序だった世界へと作り直すの!」
「よく聞いて、テレーゼ! アルテマウエポンは完全じゃないのよぉー! 暴走したら取り返しがつかないのよぉー!」
「暴走など決してしないわ! オルドロイ派の落ちこぼれだったあなたでさえアニムスをコントロール下に置いたのよ。だったら、私に制御できないはずはない!! いまここでそれを証明してあげましょう。初代アルテマウエポンを倒すことによってね!」
 マーヤは必死に彼女を説得しようとしたが、テレーゼはそこで話を打ち切った。フロアにいる部下の妖精たちが朋也たち4人を取り囲む。交渉は決裂した。


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