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 両者の行使した大技により、反乱軍と鎮圧部隊はともにリーダーを残して全滅した──
 かと思いきや、マーヤ以外にもテレーゼのテンプテーションの影響を受けていない人物が1人いた。
「俺、かかってないけど?」
 そう、朋也だった。暗闇や混乱等一般的な状態異常に対しては、彼はミオやリルケよりもむしろ弱い方だ。だが、どういうわけか、テンプテーションにだけはかからなかった。ミオもリルケもすっかり身体が硬直してしまっているのに、彼だけは何ともない。
「な、なぜおまえは私のテンプテーションにかからないの!? アルテマウエポンのテンプテーション成功率は文字通り100%、無効化できる者など存在しないはず!!」
「えっ、ええぇ~~~っ!? 朋也だけテンプテーションが効かないなんて、一体どうなってんのぉ~っ!?」
 2人がほぼ同時に叫ぶ。マーヤまで不思議がっているようだ。
 だが、朋也自身には思い当たる節があった。
 6年前のあの時も、マーヤはアルテマウエポンの状態で朋也たちにテンプテーションをかけてきた。朋也はただ1人、彼女の視線を真正面から受け止めた。
 マーヤを愛していたから。信じていたから。
 そして、彼女自身のアルテマウエポンの呪縛をも打ち破ったのだ。
「どうやら、あの時マーヤとじっと見つめ合っていたもんだから、いつのまにかテンプテーションそのものに免疫が出来ちゃったみたいだな♪」
「朋也ぁ~、よかったぁ♪」
 マーヤが首筋にしがみついてほっぺにキスする。
「そんなバカな!? たかがニンゲンの分際で、私のテンプテーションをはねのけるなんて……ありえない! アルテマウエポンである私にコントロールできない動物などいるはずがない! いていいはずがない!!」
 テレーゼは何度も首を振りながら狼狽して叫んだ。
 そのとき、彼女の羽が不規則に明滅し始めた。
「あ……ああ! か、身体の制御が効かない! プログラムの更新が止まらない! レベル37……レベル81……このままではエネルギーが臨界に……!!」
 まるで自身がテンプテーションの金縛りにあったかのように、テレーゼの身体は強ばったまま不自然に痙攣していた。彼女は苦痛と恐怖に顔を歪めた。
「まずい! キマイラの言ったとおり、アルテマウエポンが暴走し始めたぞ!!」
「どうすんのよ!?」
「最終兵器の暴走はエデンの破滅を意味するぞ!」
 ミオとリルケもオロオロするばかりだ。
「! あったぁーっ! ようやくスイッチ見つけたぁ♪」
 あわや絶体絶命というタイミングで、マーヤが叫んだ。
「朋也ぁ、ちょっと手伝ってくれるぅ? 背中の羽の間の肩甲骨の真ん中辺りを押してぇ。そう、ツボを刺激するみたいな感じでねぇ~♪」
 ……。なんで自分じゃ押せないようなところにスイッチを付けたんだかな? モノスフィアで〝事故〟が起きる可能性だってあったんじゃないか? 叡智の神獣の考えることはさっぱりわからない──と首をひねりつつ、マーヤの背中にそっと指を這わせる。
「この辺?」
「もうちょい右ぃ……ん……そこそこぉ……あ♥」
 マーヤが悩ましげなため息を漏らしたものだから、朋也もつい変な気分になってしまった。後ろを振り返ると、テンプテーションの拘束が解けずにいるミオが頭から湯気を立ち上らせ、阿修羅の如き形相でこっちをにらみつけていた。リルケも汚いものでも見る目つきで渋い顔をしている。
(こっちが動けニャイからって好き放題やりやがって! チビスケのやつ、後で絶対蜂蜜まぶして食ってやるニャ~(`´))
「ひゃはははは~♪ くすぐったぁ~~い!」
 朋也の指がツボもといスイッチにジャストフィットしたのか、マーヤが身をよじって大笑いし始めた。次の瞬間、羽全体が金色の光を帯びて輝きだす。
「スイッチ入ったぁーっ! よぉし、あたしに任せてぇ♪ テレーゼを制御するわぁ! エマージェンシー・プログラム・レベル3発動! テンプテーション!!」
 マーヤはフワリと舞い上がってテレーゼのそばに着地すると、身動きできずにいる彼女を優しく包み込むようにそっと抱きしめた。赤ん坊をあやすように。
 不整脈を起こした心臓のように激しく脈打っていたテレーゼの羽の光が安定し、やがてアルテマウエポン発動前の平常の明るさにまでゆっくりと戻っていった。
「ぼ……暴走が止まった……」
 テレーゼが腑抜けになったように呆然とつぶやく。
「やったぁーっ! 大成功ぉ~~っ♪」


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