テレーゼは完全敗北を認め、その場にがっくりと膝をついた。
「私の負けね……ディーヴァ様と同様、おまえには勝てなかった……。さあ、テロメアを抹消して廃棄するなり、好きなように処分なさい!」
肩を震わせながら叫ぶ。目には涙がにじんでいる。やっぱりまだ若いなあ。たぶん500歳は越えてるんだろうけど……。
マーヤは彼女の隣に座り込み、そっと肩に手を置いて話しかけた。
「そんなことするわけないでしょぉ? だって、あなたは私と同じようにちゃんと生きてるんだものぉー。キマイラ様にはあたしがかけ合っておくわぁ」
テレーゼは目を大きく見開き、困惑した表情で尋ねた。
「私を罰せず放置すれば、おまえが代わりにキマイラの罰を受けるのではないの? それに、私はきっとまた反乱を起こすことになりますよ?」
「それはできればしないで欲しいけどぉ……けど、あたしはあなたに何かを強制することはできないわぁ。だって、あなたは自由な命なんだものぉ。だから、あなたにも他の命を思うがままに操作しようなんて考えないでほしいのぉ。あなた自身の意思でぇ。あなたならきっと、落ちこぼれのあたしや先輩のディーヴァを超える素晴らしい妖精長になれるわよぉ。なにしろ、あのキマイラ様も出し抜くほどの天才的頭脳の持ち主なんだものねぇ♪ だからぁ、その能力をみんなのために使ってほしいのぉ」
テレーゼはしばらくじっと彼女を見つめてから、1つの問いを発した。それは、ディーヴァと同じく、自分を越えた存在としてマーヤを認めたことを意味するものだったが。
「……マーヤ、あなた自身はそれだけの能力を持ちながら、妖精長に戻ってみなを統率する意思はないのですか?」
彼女の質問に、マーヤは首を横に振って答えた。
「私はモノスフィアに帰るわぁ。だって、あたしを待ってる子たちがいるからぁ!」
その回答は、テレーゼにとって予想外だったようだ。驚きの表情で再度尋ねる。
「キマイラが残したおまえの妖精の遺伝子はエデンでしか覚醒しない。モノスフィアに行けばおまえはニンゲンと何も変わらないのよ。取り戻した魔法も、千年の寿命も、向こうへ戻れば失われることになる……それでもかの地へ再び赴くというのですか?」
「もちろぉん♪ 今回はちょっとした里帰りみたいなものねぇ。こっちの命のことはあなたに任せるわぁ。あたしが面倒見るのは向こうの世界の命なのぉ」
「……」
テレーゼは無言のままだった。マーヤの考え方はおよそ彼女の理解を越えていた。残る500年の間にどのような経験を経ればマーヤの境地にたどり着けるのだろうと、半ば途方に暮れつつも、彼女の言葉の意味を改めて反芻しているようだった。
そんな彼女の様子を見て、これなら大丈夫そうかな、と少し安心した。ディーヴァは自らの命を絶ってしまったけれど、テレーゼならきっと悩みながらでも前に進んでいけるんじゃかいか……神獣の造った奴隷ではなく、等しい命を持つ妖精として、市民と共存し、支え合っていく社会を築くことができるんじゃないかと──と。マーヤの後継者たる妖精の長として。まず、三獣使の破壊した町の再建にボランティアで取り組んでもらわなきゃならないが。
マーヤは仲間たちを振り返って元気よく言った。
「さあ、お仕事もすんだことだしぃ、さっさとあたしたちの病院へ帰りましょうかぁ! チロたちが首を長くして待ってるわぁ♪」