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 クローン三獣使をすべて倒し、テレーゼも最終的に説得に成功したことで反乱を見事に鎮めた一行は、レゴラス神殿に帰投して一部始終を神獣キマイラに報告した。
 マーヤと朋也はテレーゼの恩赦を嘆願したが、当初キマイラは「エデンの危険因子を野放しにはできない、テロメアを抹消して処分する」と頑として拒んだ。まあ想定できたことだが。
 しまいには、マーヤがテレーゼと結託して世界の転覆を諮るかもしれないとまで疑いだし、リルケをけしかけようとする始末だ。彼女は「自分はもともと神鳥の部下だ」と言って中立を決め込んだが。
「自分じゃ何も解決できなくて人に丸投げしたくせに、何ゴチャゴチャ言ってんのよぉ、この狒々爺ぃぃーーーっ!!」
 マーヤにそう一喝され、彼も渋々折れた。アルテマウエポンに勝ち目がないのは自覚していたのだろう……。
 騒動が一件落着したところで、朋也とマーヤは千里とジュディ、患畜たちの待つ元の世界へと帰還することにした。
 2人はクレメインの森のゲートの上で、見送りの面々と向き合った。
「悪いな。リルケにまで来てもらって」
「気にするな。見回りのついでだ」
 そっけないのは平常どおりだが、彼女の表情は心なしかいつもより穏やかに見えた。
「クルルもわざわざ来てくれてありがとねぇ~♪」
「クルルにも声をかけてくれればよかったのに! いいなあ、クルルも雲の上の国に行きたかったよ~~」
 ユフラファ村から駆けつけてくれたのはいいが、ミッションが片付くまで連絡を入れなかったので──そんな余裕もなかったけど──クルルはお冠だった。文句を言いながらピョンピョン跳ねる。そんなこと言われたってなあ(--;;
「お世話になりました。ご恩は一生忘れません」
「気にしないでぇ~。あたしは前妖精長として当然の務めを果たしただけだものぉ。お仕事がんばってねぇ~♪」
 フューリーで応援してくれた妖精たちを代表してエイミーも来てくれた。いまは配給管理スタッフとして熱心に仕事に励んでいるという。
「バイバイ♪ マーヤのおばちゃん! 朋也のおじちゃん!」
 そう言って手を振ったのは、緑色の髪をした幼稚園児くらいの女の子だ。彼女の正体はなんとフィルだった。エルロンの森で一度サンエンキマイラに殺されたものの、本体の木が無事だったので再生できたのだとか。
「あたしはおばちゃんって年じゃないわよぉ~! まだ5歳であなたと変わらないんだからぁ~」
 5歳じゃなくて202歳だろ……と口には出さずにツッコミを入れる。
「再生できてよかったな、フィル」
 そして……見送りの最後の人物はミオだった。彼女は転送台の上で朋也とまっすぐ向き合った。
「ミオ……やっぱりエデンに残るのか……。おまえの選ぶ人生なんだから、俺には止められないけど……」
「ええ……」
 ミオは少し寂しそうな笑みを浮かべながらうなずいた。
 6年前、ミオが失うものの大きさを承知のうえでなお、朋也と一緒にモノスフィアへ帰還することを決断したとき、びっくりすると同時に心の底から安堵したのを思い出す。彼女が最後の最後まで悩み抜いたのも知っていた。
 この6年で再び心境の変化が訪れたとしても、彼女を責めることはできない。あの時は2度と往来できない前提だったが、今回はキマイラが将来再び不測の事態が起きた際のため、彼の許可の下ゲートを再利用する余地を残し、状況が大きく変わったこともある。
 ただ……たとえ朋也とマーヤがそばにいても、モノスフィアで前駆形態の不自由な身に甘んじるより、エデンで成熟形態のネコ族として自由な生活を送ることを選んだのだとしたら……努力はしたつもりだったけど、彼女を本当に幸せにできなかったことが悔やまれる。本人の口からそんなことを言わせたいとも思わなかったが。
「寂しくなるわぁ……ジュディも悲しむでしょうねぇ……」
 マーヤもしょんぼりした声で口にする。千里だって悲しむだろうな……。
 しばらく黙って朋也の目を見つめていたミオだったが、おもむろに口を開いた。
「あのね、朋也……最後にお願いがあるの……お別れのキスしてくれる?」
 そこまで言うと、朋也の返事も聞かず目を閉じて唇を近寄せてくる。
「ちょ、ちょっとタンマ! それはさすがに……」
 いきなりのピンチに、朋也は彼女の肩を掴んで制止した。マーヤだってすぐ隣にいるのに。
「もう二度と会えニャイのよ? 一緒に暮らした思い出のひとつくらい、あたいにくれたっていいじゃニャイ……」
 ミオは潤んだ瞳で朋也を見上げながら訴えた。
「わ、わかったわよぉ~……今回だけは特別にお触り禁止規定解除してあげるわぁ。あたし後ろ向いてるから、さっさとやっちゃってちょ~だぁい」
 涙に弱いマーヤはそう言ってプイと後ろを向いた。
「あんたたちも後ろ向いてニャ! のぞいちゃ駄目だかんね!」
 今度は外野の4人に向かって言う。
「え~、どうして見てちゃいけないの? フィルわかんないよ!」
 5歳児の彼女は興味しんしんといった体で身を乗り出して観察しようとしていたため、ミオに向かって抗議する。なんか、再生してだいぶ人格が変わったみたいだなあ。せっかくの機会だから動物の愛情表現をじっくり観察したいと思っただけなんだろうけど……。
「いいから後ろ向けニャ! このマセガキ!」
 ミオは怒鳴りながら、わざわざ下までいったん降りて強制的に彼女に後ろを振り向かせた。
 再び転送台に上ると、尻尾をくねらせ、朋也の首に腕をからませながら唇を求めてくる。
「さあ、朋也……」
「う、うん……」
 朋也はいろいろな思いが錯綜して正常に物事の判断ができなくなっていた。自分はマーヤ一筋と決めた身だ。でも、ミオと触れ合えるのは本当にこれが最後の機会になるかもしれない……。せめて彼女が前駆形態のままだったら……けど、考えてみりゃ、ネコの姿の彼女とは拾ったときから、マーヤと3人で暮らしだした今でも、フリーでキスし放題なんだよな……だったら別に……いや待て……。
(やった! これで朋也のキスゲットニャ♥ チビスケのやつに少しはあてつけとかニャイとニャ~♪)
 2人の唇が徐々に近づき、後1ミリというところまで接近したとき、ミオの身体を淡い光の粒子が取り巻いた。
 chu♥ 何度も経験済みの湿った感触があった──朋也の唇が触れたのは小さな黒い鼻吻だった。ミオは薄い舌で鼻先をペロリと舐めた。
 それから、彼女は不機嫌そうな声で一声ニャァ~ンと鳴いた。
(し、しまったー! 時間切れニャンてあんまりニャ~~(--;;)
 まったくがっかりしてないと言えば嘘になるが、それでもホッとしながらミオの小さな頭をそっとなでると、朋也はミオの身体を地上に下ろした。
 すると、彼女は転送台の下の森の地面ではなく、朋也とマーヤの間に入ってきてちょこんと座った。
「! 一緒に来てくれるのか? よかった……!」
 朋也はもう一度ミオの身体を両手でかかえ上げると、ぎゅっと抱きしめた。思わずこぼれた涙を彼女が舌で拭き取る。
「ムゥ……してして詐欺ねぇ~。まんまと引っかかっちゃったじゃないのぉ(--;; まあいいけどさぁ」
 マーヤはちょっとムッときたみたいだが、ミオが相手じゃ仕方がないとあきらめる。
 1人増えて3人となった帰還メンバーは改めて見送りの友人たちに向き直った。
「元気でね!」
「達者でな」
「ごきげんよう!」
「もう1度バイバァイ♪」
 手を振るクルル、リルケ、エイミー、フィルに朋也たちも笑みを返す。目の前にいる彼女たちの輪郭が次第に薄れてきた。
「ありがとう、みんな! エデンの平和がこのままずっと続くよう、向こうの世界で祈ってるよ!」
「いざというときは、また駆けつけるけどねぇ♪」
「ミャァ~♪」
 3原色の光の螺旋が3人を取り巻く。閃光と轟音とともに彼らは異世界へと旅立っていった。平和なエデンの空に静寂が戻った。


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