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 ユフラファで追いかけられたときよりももう少し距離を取ってから、朋也たちはようやく息をついた。
「やれやれ、ビスタじゃユフラファに近すぎたか。こりゃ、もっと遠くに住まなきゃダメだな……」
「じゃあ、インレはどうかな? 私たちが村に住むって申し出たら、村長のヘイズルさんやファイバーさん、スライリさんたちも大喜びしてくれるんじゃない?」
 インレは冒険の途中で2人がたどり着いた、北にそびえる雪山の向こうにあるウサギ族の村だ。不幸な災厄に見舞われ、若者がおらず高齢者だけになった、モノスフィアの限界集落を思わせる村だった。ヘイズル村長らに歓待を受けた朋也たち2人は、村に若者を呼ぶことを約束した。自分たちがその移住者第1号になるのも悪くない。
「そうだな。俺たちの新天地にはもってこいかもしれないな。よし、さっそくインレを目指そう!」
 街道を南へ来てしまったため、周囲に目を配りつつ、まずはいったんユフラファの近くまで引き返す。それでも、村の近くの道を通るのは避けた。道を外れて原野に出ると、モンスターの出現率が上がるが、この付近にいる奴はレベルが低いし、いずれにせよ朋也を強奪しようと血眼になっているウサギ族の女の子ほど恐くはない……。
 ユフラファを遠ざかると、ルネ湖を右手に北方に通じる街道を進んでいく。しばらくすると、だんだん辺りの景色が様変わりしてくる。標高が上がり、気温も急激に変化したようだ。今のペースだと夕方までにたどり着けないかもしれないと、2人は歩くペースを早めた。
 急いだこともあり、日が陰る前になんとかインレへの山道の入口に到着する。雪が降り積もった木々の間を抜ける雪道をしばらく進んでいると、2人は妙なものを見つけた。
「なんだ? こんなところに雪だるまがいくつも並んでるぞ。一体だれが作ったんだ?」
「よっぽど雪だるまが好きか、よっぽど暇だったんだね」
 お地蔵さんか何かのように雪道の片側に雪だるまが並んでいる。サイズは結構でかく、高さは人の背丈くらいある。1人で作ったら何時間もかかりそうだ。
「ん? なんかこの雪だるま、よく見ると耳が生えてないか?」
 中の1つをじっとながめていたところ、頭の上に何か平たいものが飛び出していた。葉っぱで出来ているのだろうか? 長い耳付の雪だるまを作るのは、やっぱりウサギ族だろうな……。
 ……ん?
 朋也が不審に思った直後、4つの雪だるまが粉々に飛び散った。中から飛び出してきたのはウサギ族の女の子4人だ。
「さあダーリン♪ ユフラファでもインレでもいいから、私たちと一緒に暮らしましょ♥」
「ま、まさか雪だるまの中に!?」
 不意を突かれたうえに雪に足を阻まれ、朋也たちは4人の追っ手にたちまち取り囲まれてしまった。
「これでも食らえ! スライリ延髄蹴り!」
 そ、それは元テピョンドーチャンピオンで今はインレ村に居住している格闘家スライリ直伝の技!? 朋也もインレに1日滞在した時に型だけ教えてもらったが、物にしたとはいいがたい。
「き、きみ、なぜスライリの技を使えるんだ!? まさかスライリの弟子!? いや、そんなはずは……」
「知りたいかい、朋也の兄さん? うちはハイゼンスレイってんだ。4歳の時にスライリが出場した大会を観戦してね。決勝のシーンは今でも目に焼き付いてるよ。彼が失踪した後も自分で研究して技を磨いたのさ。現テピョンドーチャンピオンこそこのうちさ。どうだい、そんな小娘より強い女の方がそそるだろ♥」
 男勝りのハイゼンスレイは説明しながら次々と技を繰り出してくる。そういえば、ユフラファでソバットをかましてきたのも彼女だった。現チャンピオンってことは、少なくとも物理攻撃ではウサギ族で彼女にかなう者はいないわけだ。他の種族であれ、あるいは種族を問わず男性であれ、彼女と肩を並べる格闘家はそうそういまい。事実上引退したスライリでも勝ち目があるかどうか。朋也自身も全然勝てる気がしない……。
 ハイゼンスレイの連続回し蹴りに、朋也はなす術もなくじりじりと後退を余儀なくされ、いつのまにかクルルと引き離されてしまった。蹴りを防ぐガードを下ろすと、いつの間にかハイゼンスレイの姿が見えない。彼女が狙っていたのはクルルだった。残る3人の女の子が立ちはだかり、朋也の前に壁を作る。彼は思わず叫んだ。
「逃げろ、クルル!!」
「さあ、クルルの嬢ちゃん、ダーリンを賭けて勝負しなっ!!」
 延髄蹴りが彼女の脳天に落とされる。朋也はぎゅっと目をつぶった。
「カウンター!!」
 再び見開いた朋也の目に映ったのは、リン○に○けろみたいに弧を描きながら宙を飛ぶハイゼンスレイの姿だった。
「うそ~っ!? ハイゼンスレイがやられるなんて!」
 どさっと倒れた彼女のそばに仲間たちがあわてて走っていく。雪の上だったから落下での怪我はしていないだろうが。
 ぎりぎりのところで相手の攻撃をかわし、ダメージを倍にして返すカウンターは、朋也自身もアニムスの塔で神獣クルルに決められた技だ。まさに間一髪だった。
 すっかり伸びてしまったハイゼンスレイを3人が介抱している隙に、朋也はへたり込んでいるクルルのもとに駆け寄った。
「逃げるぞ、クルル! インレにはすでにやつらの手が回ってる!」
「ふえぇ~~、せっかく雪道を越えてきたのに(T_T)」
 2人はインレ行きを断念し、命からがら下山した。


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