雪山を降り、平原に入ってからもさらにしばらく走り続け、インレに続く山並からかなり離れたところまで来て、朋也とクルルはやっと腰を下ろした。
「まさか雪だるまに潜り込んでまで待ち伏せしてるとはな……」
「みんな本気で朋也のことをねらってるよ(--;;」
そのうえテピョンドーの女チャンピオンまでいたとは。さっきは運よくカウンターが決まったからよかったけど、次もその手でかわせることはあてにしない方がいいだろう。
「仕方ない、大陸の東側に渡るか。シエナなら人口が多いからまぎれこみやすいし、住むには不自由なさそうだな。どうする?」
「うん。エシャロットのおねえさんなら相談に乗ってくれるかも♪ 行ってみよ!」
エシャロットはシエナの酒場でウェイトレスをしているウサギ族の女性で、クルルと気が合いインレ村の情報を教えてもらったのだった。とびきりの美人でもある。
朋也たちは街道を大きく迂回し、ルネ湖の北側を通ってモルグル地峡を目指した。
大陸の東側に渡るにはどうしてもこの狭い地峡を越えていかなければならない。峡谷に入った2人は、谷の両側の斜面に動く物の気配がないか目を皿のようにして確認し、警戒を怠らずに進んだ。ハイゼンスレイとその一味に遭遇することはなんとしても避けなければ。
最後の吊り橋を無事に渡り、ようやくスーラ高原に出た朋也たちは、ペースを維持しながら東への旅を続けた。夜に野宿する際も灯りをつけず、息をひそめて過ごした。モンスターではなく同族の女の子たちに襲撃されるのが恐くておちおち熟睡もできなかったが、2人で寄り添いながらながめる星空は美しかった。
クルルが横を向いてヒソヒソ声で話しかける。
「なんだかまだ新婚旅行続けてるみたいな気分だね♪」
「スリル満点の逃避行だけどな♪ けど……ほら、ごらん。こっちも満天の星だよ……」
「きれい……吸い込まれちゃいそうだね……」
もし後から思い返すことがあれば、きっといい思い出になるだろう。そのためにも、今はともかく逃げ切らないと。
そうして逃避行を始めて1週間、2人はようやくエデン最大の都市シエナにたどり着いた。
2人はまずホテルに直行し、久しぶりにありついたシャワーで旅の汚れをきれいさっぱり落とした。薄汚れた格好のままエシャロットと対面するのは朋也としても恥ずかしかったこともある。
シエナの街中は以前来た時と特に変わったところはない。ただ、ときどきターバン風の布を頭に巻いた女性が目についた。エデンで新しく流行しているファッションなんだろうか? 不思議に思って朋也がじっと見ていると、なぜか視線を避けて遠ざかろうとするし。まあ、イスラムの女性のシャリブではないが、そういう風俗で、男性と目を合わせない風習なのだろう。種族の確認まではできなかったが。
町の酒場は午後3時から開いており、エシャロットがウェイトレスとして勤務しているのは夜7時くらいまでだった。話をするには日が落ちて忙しくなる前の方がいい。
ホテルを出た2人が大通りから酒場に通じる路地を曲がるのを、2人のターバン姿の女性が見送っていた。
「ターゲットを確認。例のポイントに向かった模様。確保の準備!」
「ラジャー♪」
うなずき合った2人は、店の裏手に通じる隣の通路へピョンピョンと跳びはねるように消えていった。