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 朋也とクルルはシエナの酒場の敷居をまたぎ、店内の様子をのぞいてみた。幸い、客はまだほとんど入っていない。
 エシャロットはすぐに見つかった。給仕の仕事がないので、カウンター席に斜に腰掛け、頬杖をついてグラスを見つめている。かすかについたため息が手にしたグラスを曇らせる。アンニュイな仕草と、本人の意図にかかわらず自然と強調されてしまう豊満なボディに、朋也も思わず鼓動が早まり、ゴクリと息を呑む。隣に新婚ホヤホヤの奥さんがいてさえ、視線を逸らすのに強い意思を必要とする。男のサガというやつが恨めしい。
「エシャロットさん!」
 クルルが手を振って呼びかけると、エシャロットもこちらを見て軽く手をあげ、にっこりと微笑んだ。自分たちの顔をちゃんと憶えていてくれたものの、あまり驚いた様子はない。今の彼女の挨拶はなんだかずいぶんあっさりした感じだ。同族の年下の娘ということでクルルを自宅にまであげてくれたけど、水商売の接客業で星の数ほど客を相手にしていると、お互いの印象が対等でなくても仕方ないのだろうが。
 と思っていたら、どうやら真相は別のところにあったようだ……。
「あら、いらっしゃいクルル。そして、いかすおにいさん♪ ちょうどあなたたちを待っていたところなのよ」
 目を細めたエシャロットの視線はなかんずく朋也に向けられていた。
「え? 待ってた?」
 朋也がいぶかしげに尋ねると、彼女は話を逸らすようにお祝いの言葉をかけた。
「あなたたち、結婚したんですってね? おめでとう♪」
「クフフ、ありがとう♪」
 クルルは無邪気に喜んだが、朋也の疑念は深まった。というのも、ユフラファ村以外で結婚式の招待状を送ったのは距離の近いビスタのマスターだけだったからだ。自宅の住所もわからなかったし、距離も遠いし、後で記念写真を送ればいいだろうと考えて……。
「一体どうしてそれを?」
「お店の中で話すのもなんだから、お2人ともこっちへいらっしゃい」
 そこでエシャロットは意味深な笑みを浮かべながら立ち上がると、店のバックヤードへ通じるドアを開けて2人を招き入れた。
 2人が通されたのは、女性従業員用が休憩用に使うレストルームだった。壁の一面には大きな鏡が並んでおり、化粧に使えるようになっている。
「実はね……ユフラファから来た新入りのウェイトレスたちが教えてくれたの。あなたたち、入ってらっしゃい♪」
 エシャロットがポンと手をたたくのと同時に、今朋也たちが入ってきたのと同じ扉からなだれ込んできたのは、ハイゼンスレイたち4人のユフラファ娘だった。
「ハイ、朋也の兄さん、元気にしてた?」
「実はね~、あなたたちの後をずーっと尾けてたのよ♪ 確実に捉えられる機会を待って、見つからないように我慢してたの」
「寂しかったわぁん♥」
 どういう関係か知らないが、やはりエシャロットも彼女たちと通じてたのははっきりした。疑いを抱いた時点でもっと用心すべきだったのに、迂闊だった。決してナイスバディに騙されたわけじゃないんだけど……。
 4人はじりじりと1歩ずつ朋也たちににじり寄ってきた。1つしかない出口を固められ、逃げ場はない。
 そして、ほかでもないエシャロット本人も、朋也をまっすぐ見つめながら、モデルのような足取りで近づいてくる。
「ねえ、お兄さん知ってる? 私たちウサギ族は一夫多妻OKなのよ♥ あなたにユフラファとインレの復興に協力してもらうプロジェクト、私も賛成だわ♪」
「そ、それってつまり……」
「ええ。私もハレムの一員になるって意味よ♥ お兄さん、私のナイスバディに興味がありそうだったじゃない? あなたたち2人にいろいろ教えてア・ゲ・ル♥」


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