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 迫ってくるエシャロットの肢体に、朋也は思わずゴクリと唾を呑み込んだ。
「い、いくらおねえさんだって朋也はあげないもん!」
 そこで横を向いたクルルは、ぼおっとしている夫を叱りつけた。
「朋也もなに彼女のことジロジロ見てるのさっ!」
「み、見てない見てない!」
「あら、ほんと? でも、なんだかお顔が赤いわよ?」
 朋也は真横を向いてギュッと目をつぶった。天性の魅力というのだろうか。エシャロットの視線、声、匂い、仕草のすべてが男性を虜にする一種のフェロモンとして作用していても不思議はない。これはもはや妖精族のテンプテーションに匹敵する強力なスキルといっていい。
「すみません、エシャロットさん! 俺はクルル一筋なんです!」
 そう言ってから素早くクルルに指示を出す。
「脱出するぞ、クルル!」
「うん! バニーステージ!」
 突破口を開こうと、混乱ステータス攻撃を試みる。だが、かかった仲間の1人は治癒アイテムハリセンですぐ復帰してしまった。
「まだまだ青いわね。本物のバニーステージをあなたたちに見せてあげる♥」
 ウサギ族のスキルバニーステージは、実は種族神獣エル=ア=ライラの小さな分身ともいえるウサギの妖精ミンディアを召喚し、相手を幻惑するダンスを踊らせるものだ。通常、特に屋外戦では、うっすらとして輪郭もぼんやりしているため、ミンディアの姿ははっきり見えない場合が多い。だが、エシャロットの召喚したミンディアは可愛らしいお菓子のようなウサギ妖精というより、やっぱり悩殺ボディを備えたウサ耳ガールに近かった……。
 朋也はまんまとエシャロットの技にはまり、混乱状態に陥った。世界がグルグル回り、無数の人影が四方八方から襲ってくる幻覚に囚われる。かまわず回し蹴りを食らわせたところ、相手は鏡に映った自分だった。
「つうっ!」
 ガシャンと鏡が割れる音とともに、足首に激痛が走る。クルルを攻撃しなかっただけまだマシだったが。おかげで朋也は半分我に返ったものの、エシャロットのバニーステージはあまりにも強力で、まだ三半規管が正常に働かない。
 一方、クルルは親の形見のブローチ──実はサファイアのアニムスそのものだった──のおかげで、麻痺や混乱などの状態異常をほぼ無効化できる。神獣クルルが世界を救うために寄り代となった彼女から分離して以降も、状態異常阻止効果は有効なままだった。
「先に彼女を押さえるよ!」
 ハイゼンスレイの指示でユフラファ娘4人衆がクルルに飛びかかる。もはや絶体絶命かと思われたとき、彼女の身体から強烈な青白い光が放たれた。
「三神呪!!」
 朋也は一瞬、彼女の裏の人格だった神獣クルルが復活してまた身体を乗っ取ったのかと思い、びっくりした。だが、冷静で低いトーンではあったものの、今のはやはりクルル本人の声だった。そもそも声紋・声質は同じなのだから、両者の区別は難しかったが。ブローチと同じく、スキルを身体が憶えていたのだろう。
 エシャロットも含めた5人の女の子たちが凍結状態になる。もちろん、一時的に動きを止めただけで、命を奪うようなものではない。威力的には、本物の神獣が放つ三神呪の10分の1にも満たないだろう。
「朋也、今のうちに逃げよ! って、なにまたジロジロ見てるのさっ!(`´)」
 氷の彫像のような美しいエシャロットの姿につい見惚れてしまった朋也の裾をクルルは強引に引っ張った。
 2人はそのまま裏口から酒場の入ったビルを脱出し、辛くも難を逃れたものの、シエナへの移住は断念せざるをえなかった。
 一方、クルルの三神呪が解除されて自由になったエシャロットは、雑踏の中に消えゆく若いカップルの後ろ姿をちょっぴり羨望の眼差しで見つめながら、男性の心をくすぐるため息を1つ吐いた。
「あらあら、この私のアタックまでむげにあしらうなんて、私、ますます燃えてきちゃったわ♥」


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