声の主はなんとゲドだった。
「ゲドじゃないか! なんでおまえがこんなとこに……」
びっくりした朋也は目を丸くして叫んだ。彼はブブやジョーと一緒にユフラファに住み着き村人の厄介になっていたはず……ま、まさか!?
「朋也の兄貴、そいつは自分の胸に聞いたほうがいいんじゃねえか? おおい、ハニーたち!」
ゲドに呼ばれ、街路樹の影から5人のウサギ族の女性が姿を現した。ハイゼンスレイたちユフラファからやってきた4人に加え、エシャロットまでいる。
「朋也の兄さん、ほんまつれないなあ。けど、冷たくあしらわれればあしらわれるほど、うちたちの愛も燃え盛るっちゅうもんや♥」
「ほんと、つれないところも魅力よね♥」
「はぁい、お兄さん♥ 私もあれからあなたのことが気になってしょうがないから、一緒についてきちゃった♥」
朋也は声を戦慄かせ、首を横に振りながら言った。
「そ、そんなバカな! いくら俊足のウサギ族だって、エメラルド号と同じ速さで砂漠を横断するなんてできっこないのに……」
三獣使やカイトみたいにワープしてきたわけじゃあるまいに。種を明かしたのはハイゼンスレイだった。
「なぁに、簡単なこっちゃ。うちらもあんたが使ったのと同じ車でポートグレイにやってきたのさ」
振り返ると、城門のそばに駐車したエメラルド号の隣にルビー号とサファイア号が停めてあった。朋也たちがオーギュスト邸から出ていくところも観察されていたのだろう。それで、バイクには2人乗りする形でルビー号とサファイア号に6人で分乗し、後を追ってきたに違いない。それでも、ゲドまで一緒に来たのは予想外だったが。
その彼が朋也に詰め寄って迫った。
「オルドロイの悲劇に見舞われたユフラファの民を支援するのが亡きトラの兄貴の志だ。ハニーたちがあんたを必要としてるんだから、四の五の言わねえで協力してやれよ」
種族を問わず雌の尻を追いかけてきたこいつの言動とは思えないが、魂胆があるに違いない。もちろん、朋也の図星だった。
(ここでハニーたちに俺様の活躍をアピールすりゃ、俺様にもこいつのおこぼれが回ってこねえとも限らねえ♥)
「俺はクルル以外の女性と所帯を持つ気はないんだ!」
「問答無用! 観念してお縄につきな!!」
ゲドは抜刀して切りかかってきた。女の子たちもウサギ族のスキルや魔法でアシストする。
「俺様の新必殺剣、受けてみな! 真・牙狼!!」
(俺様の勇姿をその目に焼き付けてくれ、ベイビーたち♥)
ゲドが放ってきたのは居合系の殺人剣だった。イヌ族のスキルの奥義中の奥義だ。朋也は間一髪のところで剣先をかわした。こいつ、いつの間にそんなすごい技を!?
「バニーステージ!!」
エシャロットが混乱スキルを仕掛けてくる。だが、今回は朋也もかからなかった。念のため、シエナを発つ前に混乱異常を無効化するアクセサリー、スターブレスレットを購入し装備していたのが幸いした。ちなみに、このブレスレットを着けていると混乱に陥ったとき自動的に自分を殴って解除するという仕組みになっている。
「ウサピョンソバット!!」
続いてハイゼンスレイが必殺技を繰り出してきた。朋也に対してももはや遠慮がない。昏倒させてでも確保できればいいというつもりだろう。
こちらも朋也は踵落としを食らう寸前に二の足を両腕でガードした。カウンターは危険なのであえて試みようとはしない。
「バニーステージ!!」
今度はクルルの側から反撃を試みた。同じウサギ族への成功率は低いが、状態異常成功率120%のゲドが相手なら効果覿面だ。案の定、彼は見事にかかってくれた。
「ハ、ハニーちゃんパニック!!」
混乱したゲドが暴走し、全力でダッシュしながら手当たり次第に女性にしゃぶりつく。
「いやあああっ! こっち来ないでよっ!!」
「あれ~~!!」
被害はユフラファ娘たちだけでなく、街の住民にまで及んだ。街路樹の1本にしがみついた後、ゲドは2人に向かって猛ダッシュしてきた。
「きゃああっ! クルルまで舐められた!!」
「このっ!」
ゲドがクルルにしがみつこうとしたため、朋也はスライリバージョンの回し蹴りを放った。踵が見事にゲドの側頭部に決まり、 ノックダウンする。
3人の村の女の子たちは、ゲドに追い回されて逃げ出してしまった。残るはエシャロットとハイゼンスレイの2人。
「頼む、2人とも! 俺のことはもうあきらめてくれ!」
「いやや! うちはあんたみたいに強い男が好きなんや! あんたとうちの子はきっと強うなる! ほんでもって、親子3人で史上最強のテピョンドーチャンピオンを目指すんや!!」
「私もね、この私の魅力を持ってしても振り向いてくれない人ほど、無性に落としたくなっちゃうの。私を本気にさせたあなたが悪いのよ、朋也のお兄さん♥」
「2人の結婚観って根本的に間違ってると思うよっ!!」
朋也もクルルとまったく同じ感想を抱いた。この2人はきっと本当の恋をしたことがないに違いない。悲しいことだけど。
ともあれ、これでは2人を説得して身を引いてもらうことは期待できない。
「2人ともごめんね! 神獣召喚、エル=ア=ライラ!!」
ついにクルルは召喚魔法を発動した。常夏の街に一面の銀世界が現出する。一族の守護神獣エルが幻の雪の上でひときわ高く跳躍し、2人のウサギ族を夢魔の世界へと誘う。
幻が消え去った後も、エシャロットとハイゼンスレイはその場にたたずんでぼんやりしていた。呼びかけても返事はない。睡眠と覚醒の中間のような状態だ。
「みんなには悪いけど、今のうちにポートグレイを離れよう」
「うん」
召喚魔法によって引き離される状態異常は通常スキルのそれに比べて効力が切れるまでの期間が長い。それでも2人はそっと現場を去った。
城門の前に来てエメラルド号のエンジンを始動する。念のため、ルビー号とサファイア号の燃料タンクの鉱石も抜いておく。これでしばらくの間は動かせまい。
まもなく夕闇が訪れようとしていた。2人は砂漠に沈みゆく夕日に向かってエメラルド号を走らせた。
ポートグレイでは、先に意識を回復したゲドが、去りゆくサイドカーを羨望の眼差しで見送りながら、一言つぶやいた。
「世の中不公平だぜ……」