それから3日間、フィルは目を覚まさなかった。モノスフィアに彼女を連れてきてからの5年間で、こんなことは初めてだ。
呼吸は落ち着いている。心音も、体温も正常だ。彼女は平熱が低くてギリギリ35度だったが。
原因はまったくわからない。といって、医者に診せるわけにもいかなかった。
フィルは異世界から来た樹の精だ。外見はほとんど変わらなくても、検査をすれば一発でヒトでないことがバレてしまうだろう。
第一、ニンゲンの医者には彼女がこうなった原因などわかるはずもないし、治すことができるとも思えない。
朋也はただ呆然としながら、彼女のそばについてやることしかできなかった。
「……」
この3日間一睡もしていないが、それでもただ彼女の横顔を見守る以上のことは何もできない自分が朋也は歯がゆかった。人形のようにじっと横たわって眠っているフィルの髪にそっと触れる。
フィルの自然なウェーブのかかった豊かな緑の髪をなでていたとき、指先が違和感を感じた。糸状をした何かの異物が彼女の髪の毛にからんでいたのだ。
そっと髪を掻き分けて引っ張ろうとする。たまたま付着した糸くずではない。彼女の髪とはまた異なる緑色をしている。
「なんだ、これは?」
それは何かの着生植物のツルのように見えたが、この辺りに自生している植物の種類の中に心当たりはない。しかも、その根元はフィルの頭皮に癒着していた。生えてきたというのが正解だろう。
彼女自身の組織だろうか? 樹の精なのだから、ありえなくはない。だが、朋也は漠然と強い不安を抱いた。これに似たものをどこかで見た覚えがあったからだ。それだけではなかった。
「!? このツル……動いてる!? ていうか、成長してるのか!?」
しかも、朋也が触れているわずかな時間でわかるほど、その伸長速度は驚異的だった。フィルムを早回しで再生している感じだ。地球上にそんな植物が存在するとは思えない。
それから、彼は愕然として立ち上がった。5年前の記憶の中から該当するものを探り当てたのだ。
「そうだ! どこかで見覚えがあると思ったら、神木の杖のデコレーションと同じ……! まさか!?」
朋也はすぐさま戸棚の奥にしまってあった杖の現物を確かめようとした。引き出しを開き、包みの中から出てきた神木の杖を目にしたとき、衝撃が走った。フィルの髪に付着しているのと同じツルにびっしりと覆われ、原型を留めていなかったからだ。
そのとき、さらに驚くべき出来事が起きた。杖がしゃべったのだ。
《我ハ……あーびとれいたー……》
「その声は神木!? バカな……あのとき完全に燃え尽きたはずだったのに!!」
《我ハ遺伝子ヲ殖ヤスおぷしょんヲ無数ニ備エテイル……イクラくれめいんノ森ヲ焼キ払オウト、我ハ不死身ダ……死ヲ避ケラレヌ愚カナ動物ノ個体ヨ……》
さらに杖として復活した神木は戦慄の宣告を行った。
《我ハコレヨリ、ものすふぃあノ植物相ヲ支配シ、動物ドモヲ撲滅スル。静寂ニ満チタほめおすたてぃっくナ理想ノ世界ヲ築キアゲル。コノめっせんじゃーの身体ヲ苗床トシテ……》
「ふざけるなっ!!」
朋也は急いで暖炉に火をつけると、燃え盛る炎の中に神木の杖を投げつけた。火に包まれて焼け焦げ、崩れ落ちながら、神木の杖はなおも嗤笑した。
《くくく……ソンナコトヲシテモ無駄ダ……我ハもじゅーるノ1ツニスギヌ……オマエニソノ女ハ燃ヤセマイ……くくくくくく……くく……く……》
「なんてこった……」
眠り続けるフィルを見ながら、朋也は呆然としてつぶやいた。