朋也、ミオ、マーヤの3人はクレメインの森の出口を目指して歩き続けた。
時間をあまり気にしていなかったが、日はだいぶ西に傾きかけていた。やはり広大なクレメインの森を1日で通り抜けるのは無理な相談だ。
「どこか近くでキャンプを張るしかニャイわね」
「もう少し行ったら、小さな泉のある空地に出ると思うわぁ」
「そういえば、初めてエデンにやってきたときも、確かそこで1泊したっけな」
朋也は5年前に思いを馳せた。あのときの面子にはフィルとジュディの2人もいた。ジュディは千里の身が心配で、夜通し歩いてでもビスタに向かうと強硬に主張したっけ……。
物思いにふけりながら歩いていたとき、ミオが急に小声で一同を制した。
「止まって! ニャにか聞こえる」
サワサワという葉擦れか昆虫の立てるような音が次第に大きくなってくる。
「戦闘態勢に──フニャ……」
指示を出そうとしたミオがその場でくったりと崩れ落ちる。彼女は静かに寝息を立てていた。
一体何が起こったのかもさっぱりわからない。太陽が梢の向こうに姿を消し、辺りは夜と変わらない暗さだ。
朋也はミオを抱き起こして彼女を揺り起こそうとした。途端に彼も眠気を感じる。やはり催眠作用を持つ何かがこの場で働いているのは確かだ。
「ハニーフラァーッシュ!!」
マーヤが自らの羽を発光させるスキルを発動した。強烈な光が一帯を照らし出す。
「朋也ぁ、あそこぉっ!」
マーヤが指差したのは進路の前方だった。夕暮れの木立の影に隠れるように、アスファルトのような黒っぽいものが道の真ん中で膨れ上がっていく。粘菌の類のようだ。やはりこれも神木の差し金か……。
さらに、周りの空気中にたくさんの細かい粒子が漂っているのもわかった。粘菌の放出した胞子だろう。これが眠気をもたらす正体に違いない。
朋也は手で鼻と口を覆いながら、マーヤに向かって叫んだ。
「マーヤ! 魔法であれを焼き払ってくれ!!」
「ラジャ……ふにゃぁあぁ~~……」
いけない、状態異常に比較的強いマーヤまで催眠にかかってしまった。朋也自身も瞼を開けていられなくなってきた。このままでは全滅──
「烈風剣!!」
掛け声とともに風刃が乱れ飛び、ヒトの頭のような粘菌の嚢胞体の柄を次々に切り落とした。それは風属性を併せ持つイヌ族の全体攻撃技だった。
「大丈夫ですか、みなさん!?」
跳び込んできた人物を目にした朋也は驚きのあまり目を丸くした。目を覚ましたミオも、そしてマーヤも。
「えっ!? ジュ、ジュディ!?」
「バカイヌッ!?」
「どうゆうことぉ~!?」
5年前にジュディは朋也とフィル、そして千里とともにモノスフィアに帰還した。今はパトロンの自宅で元気に暮らしている。ついこの間、無事に赤ちゃんが生まれて2人して子育てにてんやわんやだと千里が嬉しそうに手紙を寄越したところだ。朋也の頭はすっかり混乱してしまった。
「はい、ボクはジュディといいます。ボクの名前をご存知とは。やっとボクの活躍が認められてきたようで、うれしい限りですね。ハハハ!」
言ってることがちっともわからない。少なくとも、ジュディ違いだということはわかったが。ミオがボソッと口にした。
「バカイヌじゃニャイわね……バカニャイヌだけど」
「さあ、話は後にして、まずはこのモンスターを退治してしまいましょう! このボクが来たからにはもう安心です!」
自称ジュディの彼女には聞きたいことが山ほどある。だが、今は彼女の言うとおり、戦いの始末をつけなくては。