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 その晩は交互に見張りに立ったが、光合成できない植物系モンスターは不活発で、夜間に襲われることはなかった。
 翌朝、4人は軽く携帯食をとって早々に出発した。そこから先は樹種も陽樹が多くを占め、道幅も広くなってきた。もう出口が近い証拠だ。予定通りなら午前中のうちに森から脱けられるはずだ。そして、今日中に街道をたどってビスタに到着し、宿をとることができるだろう。
 だが、そうすんなりと事は運ばなかった。例のバリケードが広範囲に渡って道を占拠していたのだ。
「昨日ボクが来た時はこんなのなかったのに!?」
「誰かさん、よっぽどあたいたちを森から出したくニャイみたいね……」
「やっぱりフィルに代わる新しい樹の精を育てて、神木の影響を取り除くしかないみたいねぇ。神鳥様が完全復活したら、森ごと焼き払ってもらいたいくらいだわぁーっ!」
 マーヤがプンスカ怒る。まあそこまでいくと大げさだが。
 ともかく、これを取り払わないことには埒が開かない。朋也たちが魔法と武器を使って障害を排除しようとしたときだった。
《……肥ヤ……肥ヤシ……》
 どこからかうつろな声が響いてきた。バリケードの中央に、高さ3メートルほどの木がひょろりと伸びている。成長して4、5年ほどだろう。それでも、異様なオーラを周囲に放射しているのがわかる。そう、神木の苗木だった。
 5年前、焼け尽きる前に種子を撒布したのだろうか。森の中心からこんなに遠いところまで種を飛ばすとは。フタバガキのようなプロペラを持っていたって何キロも先までは届くまい。やはりマーヤが言ったとおり、森ごと焼却する必要があるのかも……。
《……肥ヤシガ……肥ヤシガ足リヌ! ……オ前タチ、森ノ肥ヤシトナレ!!》
 神木の苗が身震いするように枝葉を震わせた。すると、バリケード植物がまるで命を吹き込まれたように急速に伸長しだした。
「光合成が厄介だから、火力重視でさっさと蹴りをつけるわよ! アメジスト!!」
「ラジャァ~♪ トリニティィーッ!!」
「お任せを! 烈風剣!!」
 神木の杖がない朋也は殴る以外の攻撃スキルをほとんど持ち合わせていないため、ホウの杖でパーティーの回復に務めることに。フィルを救うためなのに、3人にばかり頼っているのはもどかしい限りだったが。
 強力な全体攻撃を立て続けにくらい、バリケード植物はほぼ消失した。ところが、神木の苗が枝葉を振動させた途端、地面から新たな植物が次々に生え出てくる。今の戦術だと長期戦はMP切れのリスクが伴う。
 神木の苗自身はおそらく若すぎるためか攻撃してはこない。指揮官を倒すのに専念した方がいいとミオは判断した。
「やつに攻撃を集中して! 九生衝!!」
「束射ぁーっ!!」
「牙狼!!」
 HPは〝親〟に比べれば圧倒的に低いはずだが、なかなか簡単には倒れてくれない。しかも、サルノコシカケを物理防御の盾に、サルオガゼを魔法防御の盾にし、効果的にダメージを減殺しているようだった。一方、若木だけあって回復力は高く、ダメージ分をすぐに帳消しにしてしまう。苗のくせに侮れない。
「ちっ、あの神木だけあってしぶといわね……」
「これではいくら戦ってもきりがありませんよ!」
「くそ、出口が目の前にあるっていうのに! 一体どうすりゃいいんだ!?」
 朋也は仲間たちをバックアップしながら考えた。なぜ自分は当の神木を相手に戦ったとき、神木の杖の力を借りて樹属性スキルを行使できたのだろう? しかもあのとき、フィルは神木に取り込まれてしまっていた。わからない……一体なぜ……?
──落ち着いて、朋也さん……私があなたへ贈った贈り物のことを思い出して──
 彼女の声が聞こえた気がした。神木に寄生され、モノスフィアで意識のないまま床に伏しているフィルなのか、それとも、ここエデンで神木を滅ぼすために自らに火を放ったあの〝フィル〟の声なのか……。
 朋也はハッと気づいた。もし、神木の杖を神木自身が制御できずにいたのだとすれば……それはきっと、神樹のフルートに宿ったゴールドベリの力のおかげに違いない。
「みんな頼む、しばらく持ちこたえてくれ!」
 そう言うと、彼は懐からフルートを取り出し口に当てた。
「頼む、ゴールドベリ、すべての樹の精の始祖よ! あなたの末裔フィルのために、俺たちに力を貸してくれ!!」
 フルートの音が森の木々の間に、澄みきったエデンの青空に吸い込まれていく。向こうの世界で力を貸してくれた木々たちに聞かせたときのように。
 フルートに込められた願いは確かに届けられた。朋也たちを救いにきたのは意外な人物だった。
「はりせんぼん!!」
 それは、最高位ランクのモンスターも、神獣や神鳥も使えない、きわめて特殊なスキルで、敵の防御力を完全に無視してダメージを与えるものだった。ハリセンボンを使えるのは、〝彼女〟以外では僻地で不思議なゲートの門番を務める謎のスライムしかいない。
「サボサボさん!!」
 そう、それはシエナの街で緑の相談室を開いているフィルの友人の樹族だった。そういえば、彼女もれっきとした樹の精なんだっけ。樹の精なら森から森へワープもできたし。
 幹に無数の穴が開いた神木の苗は活動を停止した。すべての細胞が死滅したわけではないだろうから、油断は禁物だが、これ以上朋也たちの妨害はできまい。
「皆サン、ゴ無事デ何ヨリデス」
「ありがとう、君のおかげで助かったよ」
「私モ樹ノ精ノ一員デスシ、ふぃるサンニハ親シクオ付キ合イイタダイタゴ恩ガアリマスカラ。サア、コチラヘ!」
 一行はサボサボに案内されながら神木の苗の横を走りぬけた。ついに彼らはクレメインの森からの脱出に成功した。
 それにしても、苗といってもあの神木を一発で倒しちゃうなんて、サボサボさんってとてつもなく強いんだな……。


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