目の前に扉が見えてきた。後二十メートルもない。
前を歩くジュディの背中からは、かつてないほどの緊張が感じ取れる。
ダリの街で仕入れた情報によると、神獣とのコンタクトを望む者は、そこで自分の心をすべてさらけだすことになるという。その試練が具体的にどういうものかは、ついに突き止められなかった。わかったのは、挑戦者一人一人に対し、まったく別のシチュエーションが用意されるということだけ。
要するに、すべてはジュディ次第ってことだ。俺もレナードと同じように、ひたすら彼女の力を信じるしかない。
廊下の突き当たりは若干幅が広くなっていた。正面中央に扉がある。神獣がいるのはこの向こうだ。
ジュディが扉の前に立つと、まるで空港でのセキュリティチェックみたいに、赤いレーザーが彼女の全身を走査した。
扉が重い音を立ててゆっくりと開き始める。
ジュディの後に従い、俺も遺跡の中心部に足を踏み入れた。
ここに来るまでに通過した三つの従者の部屋より格段に広い、巨大なピラミッド型の空間がそこにあった。
斜度の緩い階段が中央に向かって伸び、その上で緑色の光が明滅している。さっきから聞こえていた鼓動のような音と合わせるように。
俺たち二人はゆっくりと階段を上っていった。
てっぺんに着くと、そこは平らになっており、中央で微細な光片が渦を巻きながら舞っていた。一時として同じ形に見えない、七色に輝く光でできた結晶。あれが、超エネルギー生命体である守護神獣なのか……。
「トウヤはここで待ってて」
種族の異なる俺は、これ以上先へは近づくことすらできない。
「我、風すさぶ荒野を駆け、群れの友愛と臭跡を追う忍耐とを尊び、満てる月の夕べに唱ず者にして、気高き狩人の眷属なり……ここに我との契りを求めん!」
守護神獣の封印を解くための、イヌ族の証を立てる朗々たる詠唱が、広間中に響き渡る。
と、光が徐々にその明るさを増し始め、ついには目を開けていられないほどになった。
──汝の吾子たる証、我に示せ──
人ならぬ者の声がした。
祭壇の間いっぱいに拡散した光の粒が、再び一点に集まり、次第にあるものの形を取り始める。人だ。
光と音が静まったとき、俺は驚愕に目を見張った。
そこに立っていたのは、ほかでもない成瀬結莉だった。
ジュディがかすれた声でつぶやく。
「お……ねえ……ちゃん!?」
──汝の意志をもて我に応えよ──
結莉が手を掲げると、そのてのひらにいくつもの光の球が躍った。回転する火の玉が、ジュディめがけて襲いかかる。
「危ない、ジュディ!!」
「くっ!」
かろうじて手で防いだものの、足元がよろめく。
結莉は次々に光弾を産み出しては、ジュディに向けて撃ってきた。
「何やってんだ、ジュディ!? 早く攻撃しろ! わかってるだろ、あれは結莉じゃない! 神獣が作り出した幻だ!!」
ジュディは後ろを振り返った。いやいやをするように首を振り、震える声で言う。
「違う……違うんだ……わかるんだよ……姿も、声も、匂いも、何から何まで、本物のおねえちゃんそっくりなんだ……いや、違う……おねえちゃんなんだ!!」
両の目から涙があふれだす。いままで会いたくても会いたくてもずっと我慢してきた、心の奥底にその願いをずっと押し込めてきた最愛の人を前にして、ジュディはいま、なすすべもなくがっくりと膝をついた。
守護神獣が挑戦者の心を試すとは、こういうことだったのか……。
俺じゃ結莉にかなわないことはわかっていた。ショックでないと言えば嘘になるけど。
でも、これではあんまりだ。ジュディに、自分の心を殺せと言っているようなものだ。
「でき……ない……ボクには……」
結莉はひときわ大きな光球を作り出した。
その光の球はフワリと宙に浮かぶと、ブルブルと震動し始め、その中から幾本もの雷の矢が発射された。
「ジュディ──ッ!!」
駆け寄ろうとするが、イヌ族でない俺は見えない壁に阻まれ、跳ね返されてしまう。
無数の雷がジュディめがけて降り注いだ。