だれかが顔を軽くはたいている。ちょっとひんやりした肉球のプニプニがくすぐったい。
続いて、ほっぺたにザラッとした感触。
ミオだな……。
大体俺は寝起きが悪く、一度目覚まし時計が鳴っても、スイッチをたたいてまた布団に潜りなおすくせがある。すると、五分もたたないうちに彼女が起こしにくるのだ。平日は助かるんだが、休みの日もおかまいなしだからかなわない。
「う~ん……もうちょっと寝かしてくれよ……まだ目覚まし鳴ってないだろ……」
顔を背けて布団を引き上げようとして、パッと目を覚ます。
ミオの顔が目の前にあった。
「おはよ」
「!? ミ、ミオがしゃべった!?」
思わず後ずさりし、その拍子にベッドの端にゴンと頭をぶつける。
「ニャに寝ぼけてんの。さっさと起きニャさいよ。あの娘たち、とっくに身支度すませてるわよ」
額に手を当てて夕べのできごとを思い起こす。
そうか、結局夢じゃなかったわけか……。
ミオはベッドから離れて壁によりかかると、心持ち口をすぼめて物問いたげな表情で俺を見返した。夕べは外の暗がりではっきり見えなかったけど、やっぱり人間とほとんど変わらない直立二足歩行形態だ。オッドアイの瞳は、いまはちょうど形のよいレモン型をしている。
カーテンのすきまから差しこむやわらかな朝日に包まれた彼女を見て、ちょっとドキッとしてしまった。ついしげしげと見とれていたことに気づき、あわてて目を逸らす。
なんとかごまかそうとして話のネタを探す。
「そういえば、お前、さっき顔──」
「起きると思って」
ミオはすまし声で答えた。
顔が火のように赤くなる。バカ、何うろたえてんだ、俺!? 大体こいつはネコなんだぞ? 別にいつもの起こし方じゃないか。
「そ、その格好でなめられるのはちょっと、な……」
「こっちのほうがいい?」
ミオは俺の顔の前に手を持っていって、爪をニュッと出してみせた。
「しゃべれるんだったら呼んで起こしてくれ……」
部屋の外にミオを待たせてパジャマを脱ぐ。いつもはそんなことしないが、いまは見られるのが少し恥ずかしかった。
着替えをすませると、悠美たちと合流すべく、ミオと二人で彼女の家へ向かう。
「おはよう」
挨拶をかわしながら、四人でキッチンへ。
テーブルの席に着くと、女子たちが用意してくれた朝食のパンをほおばりながら、みんなで昨晩の一連のできごとに関するミオの説明に耳を傾ける。
彼女によれば、ニュータウンに住んでる人間の住民は、ここにいる俺、悠美、佳世の三人と、悠美と俺の両親以外の全員が、学校や公民館などの街の数ヵ所の施設に収容されてしまったという。桜庭たち彗星観察会に参加していたクラスの連中も、きっとその場でとっ捕まっちゃったに違いない。
ちなみに、俺と悠美は両方一人っ子だ。佳世には弟が二人いる。仕切るのがうまいのは、家庭環境によるところが大きそうだ。その佳世の家では、脱出できたのは彼女一人だけで、残る四人はやっぱり連れ去られてしまった。
俺と悠美の親は二階に寝かせてある。まるで催眠術にかかったみたいで、自分の意思ではまったく動けなかった。立たせれば立ったまま、座らせれば座ったまま、歩けといえばどこまでもまっすぐ歩いていってしまう。
夕べ俺が観察したとおり、大人になった人間はみんな同じように無抵抗な状態にあるらしい。ここでいう大人とは、大まかに言って一五歳、高校生以上とのこと。中二の俺たちはギリギリセーフってとこだ。詳しい原因はミオも知らないようだったが、病気の類ではないというので、三人とも少しホッとした。
大人たちの容態についてはまだ何とか説明がつくかもしれない。いちばん不可解なのは、やっぱりミオやジェイクたち、イヌネコの変身だ。その原理については、ミオは首をすくめただけで何も語らなかった。
ひとつはっきりしているのは、イヌたちがだれかの指図を受けて行動していることだ。群れの一員であるはずの飼い主に不遇を強いることができるのも、そいつのことを家族よりも上位のリーダーとして認めているからにほかならない。そいつは人間に聞こえない高周波を使って指示を与えているという。
そのリーダーってのは人間だろうか? それとも同じイヌの仲間なのか? その人(犬)物こそ、一連の事件の鍵を握っているに違いないが、ミオはその正体については言葉を濁した。
今度の事件は、この未来ヶ丘ニュータウンの中だけに限ったことなのだろうか?
電気や水道はなぜかまだ供給されている。その代わり、携帯を含めて電話が一切通じない。当然インターネットもできない。テレビをつけても何も映らない。美由ならきっと死ぬほど退屈してるとこだ。だから、外界の様子を知る手段が何もなかった。
放送電波が止まっていることを考えると、やっぱりどこも同じ状況にあると考えるべきだろう。ひょっとしたら、日本中、いや、世界中でイヌやネコたちの反乱が勃発してるのかも……。
それ以外にも謎は尽きない。
佳世は、「なんでみんな日本語がペラペラなの?」とか、「なんで服着てるの?」とか、いろいろ質問しまくったが、ミオの返事はあいまいで要領をえなかった。おかげで、彼女と悠美はだいぶフラストレーションがたまったようだ。
夕べ時間ができたら教えると言われて期待していただけに、俺も少しがっかりした感は否めない。でも、彼女だってなんでも知ってるわけじゃないだろうしな……。
ただ、ひとつ重要な問いにミオは答えてくれた。
「今度の事件は例の彗星と関係あるのか?」
そう質したとき、彼女はかすかに首を縦に振ったのだ。
「じゃあ、当面私たちは何をすればいいの?」
これ以上情報を引き出せそうにないと考えたのか、悠美が少しつっけんどんに尋ねた。すると、ミオははっきりとこう答えた。
「第一優先事項はクロスケの救出ね」
「そう……わかった。ありがとう……」
それを聞いて悠美は、さっきまでの不満げな顔から一転して感謝の念を表した。
夕べはイヌたちが狩り残しがないか、引き続き街を見回ってうろついていたので、俺たち四人は家の中で息をひそめていた。眠れる間に寝て体力を回復しておく意味もあった。悠美と佳世はやっぱり囚われた家族のことが心配で、よく眠れなかったようだけど。
今日の日中は、おそらくイヌたちもあまり街に出ないだろう。夕べの大仕事で彼らも相当クタクタになっているに違いない。ジェイクを奪還するならいまのうちだ。
会議を終えた俺たちは、さっそく小学校へ向かうことにした。ジェイクがそこに幽閉されていることは、夕べ俺が寝ているうちにミオが探りを入れて確認してある。
出発前、佳世が一人でいるときに俺はそっと声をかけた。
「大丈夫か、佳世? 無理しなくたっていいよ。家で待っててくれても」
いきなりイヌ頭の怪人がウヨウヨしてるとこに乗りこむことになる。少しずつ慣らせばいいなんて昨日は話したけど、彼女には荷が勝ちすぎないだろうか。実際、危険な目にあうかもしれないし。
だが、佳世はきっぱりと首を振って言い張った。
「だめだめ! 悠美とジェイクちゃんの感動の再会の場面を見逃す手はないじゃない。それに、昨日は醜態見せちゃったから、名誉挽回しなくっちゃ。ここまで来たら一連托生、地獄の底だってつきあうわよ。私だけ置いてきぼりなんてなしだからね!」
まあ確かに、一人ぼっちで留守番てのも心細いし、一緒にいてくれたほうが俺としても安心だけど。
「じゃあ、ヒロくん、レディ二人のエスコート、しっかりお願いね♥ あ、ミオちゃん入れると三人か」
……。こりゃ、早いとこジェイクを取り戻すに限るな。
俺と悠美が以前通っていた未来ヶ丘第一小は、未来ヶ丘中の敷地一つへだてた南側にある。駅に近いほうには第二小があり、ニュータウンが拡張されればもう一校建てられる予定だった。
イヌたちは集めた人間を大人とこどもに分け、大人を公民館と中学校、こどもを二つの小学校に収容していた。
隣の空き地の草むらに隠れて、イヌたちの動静をうかがう。うちの親が彗星観測用にと家電量販店で買ってきた安物のオペラグラスで、フェンス越しに校内の様子をのぞく。
こどもたちは教室にいるとみえ、廊下には姿が見えない。その代わり、どこから調達してきたのか毛布が積まれていた。
おそらくリーダーの命令ではなく、イヌたちが自主的に運び入れたんだろう。ミオの話では、イヌたちへの指令は「人間たちを収容しろ」という大ざっぱなものでしかなかったというから。
こどもたちが夜の冷えた教室で寒い思いをしないよう配慮したあたりは、まだ救いがありそうな気がする。
そのイヌたちのほうは、廊下のあちこちでぐったりと座ったり壁にもたれたりしていた。
「かわいそう。あの子たちもへばってるよ」
手渡したオペラグラスをのぞきながら悠美がつぶやく。彼女らしい感想だった。
「ジェイクのやつはどこだろ?」
「たぶん、窓がニャイとこね」
「じゃあ、きっと視聴覚室だわ」
なるほど、脱出できないようにか……と、俺が考えこむ間もなく悠美が即答する。天才が二人いると肩身がせまい。
視聴覚室は三階の校舎の端だった。ちょうどそばに非常口と階段がある。
問題は鍵をどうやって開けるかだ。きっと見張りもいるだろうし。
「あたい一人だったら問題ニャく入れるんだけど……」
ミオが三人のほうを振り返る。
「行くわ」
悠美が決然として言った。俺と佳世もうなずく。
「そうね……あんたはいたほうがいいかもね。クロスケ、ふて腐れてるでしょうし」
結局、ミオがいったん校舎内に潜入し、俺たちは非常扉近くの植えこみのそばに身を隠して待つことにする。
しばらくして、ガチャッと鍵の開く音がし、薄く開いたドアのすきまからミオが手招きした。
三人で足音を忍ばせて、階段を昇る。先頭を行くミオは、ふつうに歩いたってコトリとも音がしないが。
無事に三階に到着。ここまでは手はずどおり。
ミオが踊り場の柱の陰で待機するよう俺たちに指示し、一人で出ていった。
案の定、視聴覚室のドアの前には見張り番のイヌがいた。ミオが交渉を開始する。
「あんた、だいぶくたびれてそうね。向こうで食事でもしてきたら? 黒イヌの見張りニャら、あたいが代わりに引き受けたげるから」
「くたびれてなんかいねえよ。見張り役は今朝買って出たばっかりだ。おいらは今日一日ここにいる。あっちへ行きな」
彼女の誘いに、見張りのイヌが不機嫌な声で断るのが聞こえた。
どんなやつだろ? 確かめたいけど、顔を出してのぞくわけにもいかないし……。
佳世が後ろから小突いた。手鏡を持っている。
席を入れ替わると、彼女は廊下の下側からそっと手鏡を突き出した。悠美と二人でのぞきこむ。
扉の正面に、しかつめらしく腕組みしてあぐらをかいているイヌが一人。柴犬だ。
もしかして、拓也のとこのテツかな?
悠美を振り向き(あんまり顔が接近してたのでちょっと焦った)、口の形で「テツ?」と聞く。彼女もやはり同じ結論とみえ、二度うなずいた。
「そうは見えニャイわよ? 昨日の今日だもの、無理しニャイで休めば?」
「おめえにおいらがどう見えてようと関係ねえ。しつけえぞ。おめえらネコはまじめにやらねえし、信用できねえから、仕事は任せられねえって、今日日はみんな言ってらあ」
ミオは粘ったものの、テツと思われる柴犬は、頑として応じようとしなかった。彼女があきらめていったん引き上げてくる。
それにしても頑固なやつだな。ぶっきらぼうなとこなんか、結構拓也に似てるし。
「どうする? 俺がおとりになって、ここからあいつを引き離そうか?」
俺の提案に、ミオは首を横に振った。
「だめよ。助けだす前にほかの連中を呼び寄せちゃうわ」
「私に交渉させて」
悠美が身を乗りだす。
「あの子がテツなら、大丈夫だと思うの」
ミオはしばらく思案していたが、やがてうなずいた。
「いいわ。あんたに任せる」
今度は悠美を先頭に四人でテツの前に姿を現す。
彼は一瞬驚いた顔をしたが、立ち上がるとこちらをにらみつけた。少し逡巡してから、声を上げて応援を呼ぼうとする。
悠美がすかさず声をかけた。
「待って! ねえ、きみ……テツだよね?」
テツは吠えかけたところでいったん思いとどまった。チラッとミオのほうをにらんだ後は、悠美からじっと目を離さない。
「私の匂い、覚えてる? ほら、ときどき公園とかで会うでしょ。あなたが馬淵くんとお散歩してるとき、ジェイクと一緒に。私は保科悠美。馬淵くん……拓也くんのお友達なの。あなたがジェイクのお友達なのと同じよ」
話しかけながら、悠美はゆっくり近づいていった。
「あのね、お願いがあるの。ジェイクに会わせてくれないかな……」
「だめだ」
少し間を置いてから答える。
「どうして?」
悠美が悲しそうな顔をすると、テツは目を逸らした。
「命令だから……仕方ねえ」
「私、この後ほかの子たちのところへ連れてってくれてもいいから。だから、お願い。どうしてもジェイクに会いたいの。無事でいるところを確かめたいの。一目でいいの」
そのとき、テツの後ろでどんどんとドアを激しくたたく音がした。
「マスター!? マスター、そこにいるんですね!? 待っててください、いますぐおそばに参りますから! ええい、こんなドアなど──」
「クロスケ、いちいち騒がニャイの! あんたのボスの立場を悪くするだけよ」
ミオに叱咤され、ジェイクはぐうと低くうなったが、不承不承静かになった。
「おめえがよくたって、こいつがだまってねえだろ」
テツが後ろをあごでしゃくる。
「ねえ、テツ。ジェイクは私にとっていちばん大切な家族なのよ。あの子も、私も、何も悪いことしてないのに、どうして引き離されなきゃならないの? あなたにも家族がいるんだから、わかるでしょ? 拓也くんに会えなくて、寂しくない? あなたにとっても、拓也くんはお兄さんみたいなものじゃなくて?」
「さ、寂しくなんかあるもんか!」
テツはすねたようにプイとそっぽを向いた。
「あいつらなんて別に家族でも何でもねえよ。こないだだって尻ひっぱたかれたし……」
「まあ、人間の兄弟だって、ケンカしてひっぱたくことくらいはあるよ」
俺がフォローしようとしたら、悠美のやつがギロリとにらんだ。
「何言ってんの! 全然よくありません! ねえ、それっていつものことなの!? だったら許せないわ! 私があいつふん捕まえて土下座させてやるから!」
「いや、一回だけだよ。拓也が一回、父ちゃんが三回くらい、母ちゃんはぶたれたことはないけど、飯抜かれたことが五回……。それに、あのときはおいらがいけなかったんだ。あいつの大切なサイン入りのグローブ、ボロボロにしちゃったから……」
悠美の剣幕に、テツのほうが気圧され気味だ。
自分の非を認めて拓也をかばうあたり、やっぱりテツは彼のこと、ほんとは好きなんじゃないのかな……。それにしても、いちばんひどいのは母ちゃんだと、俺は思った。
「そこらに放り出しとくほうがいけないのよ。そんな大事な持ち物なら自分できちんと管理しなさいっての! あなたはちっとも悪くないわ。ともかく、私が拓也くんにちゃんと謝らせるから」
「うう……そんな……」
いまやテツは、大変なことを口にしてしまったといささか後悔している顔つきだ。悠美はそこで穏やかな語り口に戻った。
「だけど、さ……きっとあいつも反省してると思うよ。そろそろ家に帰してあげてもいいんじゃないかな? あなたに指図しているリーダーって、拓也くんよりも大切なの? そんなひどい命令でも絶対受け入れなきゃいけないほど?」
「うう……」
テツはすっかり頭を抱えてしゃがみこんでしまった。ここでミオがたたみかける。
「あんたさ、人間たちを一ヵ所にまとめた理由解ってんの? この後どうするかは? ドッグフードの原料にされちゃうかもよ?」
「そんな!?」
テツが狼狽して叫ぶ。その場にいた全員が、ギョッとなってミオに視線を注いだ。
「なんだって!?」
「ミオちゃん、それって本当!?」
俺たちにかまわず、ミオはテツに向かって続けた。
「ほかにどんニャ可能性がある? 逆に、そうでニャイっていう保証はどこにあるの? あんたたちイヌは、ただ命令に従うことに慣れっこにニャッちゃってるでしょうけど、せっかく脳ミソの容量が増えたんだから、ちゃんと自分の頭で考えニャさいよ」
テツはまぶたを固くつぶって考えこんでいたが、おもむろにきっぱりと言った。
「わかった。おめえらの言うとおりにする。こいつは出してやるよ」
テツは手にした鍵で視聴覚室のドアを開けた。いきなり真っ黒な巨体がぬっと現れる。
「ジェイク!!」
一声叫ぶなり、悠美が駆け出した。大きな白い手を広げてジェイクが彼女を受け入れる。
それにしても、見上げるような背丈だ。家から連れ出されたときは横になって運ばれてたし、離れていたから実感がわかなかったが、一メートル八〇以上ありそうだ。テツは俺とほとんど変わらないのに。悠美と並ぶと、身長差は頭一つ分でも足りない。
その彼女は、彼のふさふさした胸に顔をうずめてすっかりくつろいだ表情だ。
「申し訳ありません、マスター。決しておそばを離れないと誓いを立てておきながら、早々にそれを破ってしまいました」
うつむいてさも無念そうにつぶやくジェイクを見上げながら、悠美は首を横に振った。
「ううん。こうして無事に再会できたんだもの、いいじゃない。私こそ、ひどい目にあわせちゃってごめんなさい。どこか痛まない?」
背中に回していた腕を離すと、白い毛におおわれた両手をとる。どうやらけがもなく、縄に縛られていたところも平気なようだ。
「……なんだか大きくなっちゃったよねえ。まだ不思議な気分。フフ」
またクスリと笑みがこぼれる。
「私としても本意ではないのですが」
ジェイクは頭をかきながら弁解気味に苦笑した。
律儀というか、しゃちほこばってるというか、悠美との会話を聞いてるとなんともちぐはぐだ。まあ、イメージどおりのキャラクターかもしれないが。
それから、彼は残りのメンバーのほうを振り向いた。
「テツよ。解放してくれたことに感謝する。お主のマスターを助ける際には必ず手を貸そう」
「ああ、頼むわ」
テツはポリポリと頭をかきながら、少しばつが悪そうに答えた。
「ミオ。大樹。マスターを保護してくれたことには感謝の言葉もない。あらためて礼を言おう。私にできることがあれば、遠慮なく言ってほしい」
今度は俺たちの顔を見ながらうなずく。なんとなく、変身前よりよそよそしい感じもするけど。
「ま、その分はしっかり働いて返してもらうわよ」とミオ。
続いてジェイクは、奥にいたもう一人の仲間に目を向けた。
振り返ると、佳世はジェイクを見て、すっかりおびえて身を強ばらせていた。
しまった、どうしよう……。
ジェイクはゆっくり佳世のほうに近づいていった。彼女は身をすくませてその場を動くこともできずにいる。
俺がヒヤヒヤしていると、ジェイクは彼女の一歩手前まで来てひざまずいた。
「佳世殿でしたね。マスターからいつもお話はうかがっていますよ。危険を顧みずにここまでマスターとともにおもむいていただいたこと、本当に感謝しています」
そう言って微笑むと、恭しく彼女の手をとり、鼻を近寄せる。
「……とてもいい匂いがします。イヌに好かれる匂いですよ。もし、あなたを嫌うやつがいたら、そいつの顔を拝みたいものだ」
佳世の顔にくすぐったそうな笑みが広がった。
「よかったね、悠美にまた会えて……」
ジェイクの手を握り返す。さっきまでの緊張ぶりがうそのようだ。
ひょっとしてジェイクのやつ、佳世のイヌ恐怖症を一発で治療しちゃったのかもしれないな……。
「さ、あまりグズグズしてる時間はニャイわ。いったんアジトに戻るわよ」
こうして新たにジェイクとテツを仲間に加えた俺たちは、小学校を後に悠美の家へと帰還した。