「せめて後一人か二人手が欲しいわね……」
戸口によりかかったミオが、そう言って爪のさやを噛んだ。その仕草は変身前と変わらずエレガントなものだった。
今回、ジェイクだけでなくテツも味方に引き入れることができたのは、予想外の大きな収穫だった。けど、確かに二人だけでは心もとない。
「ファルコはどう?」
ソファに腰かけていた悠美が提案する。
俺は後ろ手を組んで天井を見上げながら異論を唱えた。
「あんまり役に立つとは思えないけどな」
「お言葉ですが、マスター。この点に関しては、私も大樹と同じ意見です。彼では仲間うちでも序列がかなり下に見られてしまう。実際、私やテツとはスキルが比べものになりません。なお悪いことに、彼自身にその自覚も、他人の力量を見極める目もない」
主人に対して異をはさむのははなはだ遺憾だという口ぶりで、ジェイクも意見を述べる。
「ファルコ? だれだ?」
テツがすっとんきょうな声で尋ねる。
「そっか、テツはたぶん会ったことないわね。あの子はお散歩が長いとばてちゃうから、コース短いし。私や拓也くんのクラスメイトの美由って子が飼っているシーズーなの」
「へえ。名前はいかにも強そうだけどな」
命名の由来は美由に聞いた。彼女の好きな映画の一つ、ネバーエンディングストーリーに出てくる空飛ぶ竜に顔が似てるから。
「ま、確かに強いよ。気だけは」
「そりゃだめだな」とテツ。
一同しゅんと黙りこむ。少しして、今度は佳世が口を開いた。
「あのさ。私、イヌのことはあんまりよくわかんないけど、やっぱりファルコが適任なんじゃないかな? 何もやっつけにいくわけじゃないし、ケンカが強いとかはそれほど関係ないと思うの。向こうもチワワとかプードルとか何とかテリアとか、ちっちゃいのがいっぱいいるんだから、同じ小型犬の彼がいたほうが話が通じやすいと思わない?」
悠美がうなずく。
「うん、私もそう思う。佳世ちゃん、いい線ついてるよ。もう一つ、私が彼を推薦する理由があるの。私たちのクラスでも、イヌを飼ってる人はいっぱいいるけど、イヌのことが話題に上ってくるのがいちばん多いのが美由ちゃんなのよね。それが、彼女と私が仲のいい理由でもあるんだけど」
「ああ、それわかる! あんたたち二人はクラス平均の五倍多いよ」
「でね。美由ちゃんはやっぱりファルコのこととっても大事にしてるし、ファルコのほうも美由ちゃんがだれよりも好きなの。それは間違いなく保証できるわ。だから、私たちの説得に応じてくれる確率も、いちばん高いと思うのよ」
「ミオはどう思う?」
俺がふると、ミオは首をかしげながら言った。
「悪くはニャイと思うけどね。あのガキンチョ、一体どこにいるのかしら?」
「え?」
「そういや、おいら学校で見てねえぞ、そんなやつ」
「ほかの場所に回されてるんじゃない?」
ミオの説明では、小型犬はこども、大型犬は大人の監視を主に担当しており、それぞれ自分の住所に近いほうに配置されているという。だから、ファルコだったらまずテツと同じく第一小にいていいはずだ。
ということは──
「美由ちゃん家に行ってみましょう」
隣の丁目にある美由の家まで、人三人、イヌ二人、ネコ一人で歩いていく。
夜ほどではなかったが、無人の街は、どことなく薄気味悪い印象を与えた。車の音も、割れたスピーカーががなりたてる物売りの声も、布団をたたいたり、掃除機をかけたりする音も、人が作り出す音は一切しない。
移動中、テツとジェイクに彼らの〝リーダー〟について話を聞いた。
「スニッターだって!? それって、彗星の名前じゃないか!?」
「うむ。だが、確かにやつはそう名乗った」
「でも、まさか彗星ってことはないだろ?」
「そうそう、あれって岩とか氷でできてんのよ。宇宙を飛んでるただの大きな石っころなんだから。テレビで写真見たけど、やっぱりジャガイモみたいな形だったわよ?」
俺も佳世も強い疑念を口にする。
「おいらにはわからねえ……。だけど、ほかの連中はみんな、スニッターはイヌの神様だって口々に言ってるぜ。二又の尻尾で、全身を金色に輝く毛皮で包まれてて、肩の高さはセント・バーナードの三倍あるとか。人間をこらしめるために、ほうき星に姿を変えて空からやってきたんだって。でもって、人間とイヌの地位を入れ替えてくれるんだと」
「私はうさん臭いものを感じたし、マスター以外の者を主とは絶対にみなさんと心に決めていたので、無視したがな」
イヌの二人の言葉にうそがないのはわかる。俺たち人間の三人は、信じられないという面持ちで互いの顔を見合わせた。
スニッターの指令が出されたのは、最接近の一週間前からだという。つまり、イヌたちの合唱が始まったその日だ。
そのときの内容は、「一週間後の〝審判の日〟に備えよ」というもので、それが毎晩、彗星が南中にさしかかる時間に続いたという。
相当な強制力があり、ジェイクが頭痛に悩まされたのもそのせいだった。
宇宙から飛来してきた彗星が、実はイヌの神様だったなんて、ふつうだったらだれも信じやしないだろう。だが、これまでのできごとを振り返ると、ほぼ筋が通る。イヌたちの変身も、それと引き替えに人間の大人たちが半ば意識のない状態に陥ったことも。彗星が突然消滅したのは、まさしくスニッターが地上に降臨したことを意味するんだろう。
いや、待てよ? つじつまの合わない点もある。
一つは、俺たち人間のこどもが難を逃れたこと。もう一つは、イヌだけでなく、ネコも変身したことだ。
テツの話にも出たが、ネコたちの多くはイヌたちの仕事を手伝うこともせず、勝手気ままに行動しているという。イヌの神様なんだから、ネコたちが指示に従わなきゃならない理由は何もない。協力しているやつも、イヌより人間のほうがよっぽど嫌いか、日和見主義でスニッターの見返りを期待しているだけだろう。
そもそもなぜ、イヌの神は彼らネコたちにもイヌたちと同等の能力を与えたのか?
人間のこどもとネコ──どちらの疑問も、スニッターの神通力が不完全だったという説明ですむのかもしれないが……。
ちらとミオの顔をうかがう。
彼女はスニッターのこと、知ってたのかな? だとしたら、なんではっきり教えてくれなかったんだろう? 確かに、彗星との関連をほのめかしはしたけれど。
目が合うと、彼女は、「なに?」という顔で見返してきた。
……まあ別に、うそをついていたとは言えないし、な。
ほどなく美由の家に到着する。
「やっぱりだれもいないかな?」
「いや、いる。中だ」
人間以外の三人がうなずき合う。聴覚と嗅覚の鋭さにかけちゃ、人間はとてもかなわないもんな。
玄関のドアはすぐに開いた。
「う、うえ……えぐ……」
中に入ったとたん、だれかのすすり泣く声が聞こえてきた。
悠美はたびたび遊びにきているので、勝手はよくわかっていた。無人のリビングをのぞいた後、二階にある美由の部屋へ。
いかにも女の子らしい部屋だった──小学生の。
インテリアはピンクが基調で、アイドルとイヌのポスターが乱雑にベタベタと壁を埋め尽くしている。本棚は上から下まで全部少女コミックだ。窓枠にはぬいぐるみが所せましと並べてある。大きいやつ三体(クマとムーミンと正体不明の動物)は、小柄な彼女には不釣り合いなほど大きなベッドの上。机の上もかわいらしい小物が占拠している。どこで勉強してるんだろ……。
そして、ベッドの中央にファルコはいた。うずくまるように背中を丸めて泣いている。
悠美が近づいて声をかける。
「ファルコ?」
彼はたったいま来客に気づいたという顔でこっちを見た。たとえ番犬でなくたって、最低でも玄関にあがった時点で気づいていいはずだが。
くりくりした大きな目が、心持ち赤くなっている。ファルコは何も言わずに、またひざの間に顔を埋めた。
「私のこと、わかるよね? 悠美だよ。美由ちゃんはどうしたか知ってる?」
「……マサヒトたちが来て、連れてった……」
「マサヒト?」
俺が小声で尋ねると、悠美は「後で話す」と言って、またファルコに向き直った。
「あのね、ファルコ。私たち、あなたとお話があるんだけど。美由ちゃんのことで」
「うるさい、あっち行けよ!」
ファルコは噛みつくように言うと、手近にあったぬいぐるみ(正体不明)を悠美に向かって投げつけた。彼女が「きゃっ」と小さく悲鳴をあげる。
ジェイクがズイと前に進み出て、知己のシーズーをきっとにらみつけた。
「バカ者! 自分の主が危急の最中にあるというのに、お主はこんなところでメソメソと泣いていることしかできないのか!? 己れの手で主を救い出し、守り通そうという気概はないのか!?」
悠美がジェイクの手を取って制止する。
「ほっといてよ! お前なんかに何がわかるのだ! みんな出てけ! 出てけったら!!」
ファルコは人間の赤ん坊みたいに手足をバタバタさせてわめき散らした。
悠美は困った顔をしたが、もう一度やさしい声で説得を試みた。
「ねえ、ファルコ。私たち、これから美由ちゃんたちを助けにいくの。それで、できればあなたにも力を貸してほしいの。あなたが一緒に来てくれればとても助かるし、美由ちゃんとだって早く会わせてあげられると思うの。でも、無理はしなくていいから。もしその気になったら、私の家まで来てくれるかな?」
返事はない。
「早く元気出してね」
悠美の言葉を残して、俺たちは部屋を出た。
階段を下りてきた俺たちを、下で待っていたミオとテツ、佳世が迎えた。
「なんだあいつ、全然腰抜けじゃねえか」
テツが苦々しげに舌を鳴らして言う。会話は聞こえていたんだろう。
「そうだ、ところでマサヒトって? やっぱイヌ?」
思い出したように俺が尋ねると、悠美はなにやら渋い顔をした。
「ああ……。ここの三軒隣で飼ってたパピヨンなんだけどね。なんか虐待っぽいのよ。飼ってるのがすっごいケバイネエチャンでさ。帰りが毎日遅いんだけど、家に着いてから三〇分くらい、その子の悲鳴がずっと聞こえるんだって。私も一度現場で確認したんだけど」
〝ケバイネエチャン〟の言い方がなんかすご。
「で、美由ちゃんと二人で行って、やめてくれって頼んだんだけど、逆に何の証拠があるんだって突っぱねられちゃって……。でもね、見た感じではっきりわかるの。始終オドオドしてて、手を上に持ち上げただけでビクッて。体をちょっと調べさせてもらったけど、けがらしいけがははなくって、結局追い出されちゃったんだけど。後で考えたら、毛皮の下に黒ずんだ跡があって、あれもしかしたら煙草じゃないかなって……。私たちが会ったときもすごかったのよ。一〇分足らずの間に三本も吸って。ありゃ〝煙突女〟だって二人で言い合ってたんだけどさ」
「うひゃ~、何それ? 年とってもそんなのにはなりたかないわね。会社で上司にセクハラされたうさでも晴らしてるんじゃないの? なんか雰囲気がオミズ系っぽいけど」
そんなことを話しながら美由の家の門をくぐったとき、ドタバタと音がして勢いよくドアが開いたかと思うと、ファルコが飛び出してきた。
「おい、お前たち! 美由たんを助けにいくぞ! 準備はいいか?」
「はあ?」
テツが間の抜けた声を出す。居合わせた一同、ポカンとして彼の顔を見つめた。
「準備はいいかと聞いてるのだ!」
先ほどまでのメソメソした調子はどこへやら、拳を振り回して怒鳴る。
「いいわ。さあ、一緒に行きましょう」
苦笑しながらも、悠美が歩調を合わせてやる。
「やってらんねえぜ、ったく」
テツがやれやれと首を振る。ジェイクも聞こえよがしにフンと鼻を鳴らした。
俺も一言。
「さすが皇帝犬」
「まあそう言わずに仲良くしましょ。ね?」
佳世が手を差し出すと、ファルコはムッとした顔でにらんだ。
「お前、うちに来るときいつも玄関から先に入ってこないだろ。美由たんの友達なら、ぼくにもちゃんとあいさつするのが礼儀なのだ」
「ごめんごめん。今度おやつ持ってってあげるから許して」
「うむ。それなら許してやるのだ。ちなみに、ぼくの好物はササミジャーキーのカツオ味なのだ。夏はアイスでもよいのだ」
「かしこまりました、ファルコ伍長殿! 次からはちゃんと持ってくるであります!」
ファルコはたちまち機嫌を治したとみえ、彼女の手を握ってブンブン振り回した。現金なやつだなあ。
それから、ファルコは悠美と佳世の間に割りこみ、上機嫌で歩き出した。
本当は、美由をさらわれて一人ぼっちの夜を過ごし、心細くてたまらなかったんだろう。
こうして見ると、ファルコの身長は一メートル二〇もない。ジェイクと並ぶとほとんど親子だ。美由とだったら釣り合いがとれるだろうけど。
それにしても……いまどき〝美由たん〟はないだろうに。漫画でだって聞かないぞ、そんな呼び方。ペットと話すときはいわゆる赤ちゃん言葉を使う人が多いっていうけど、美由のやつもたぶんファルコのことを〝ファルたん〟とか〝ファルちゃま〟とか呼んでたんだろうなあ……。
ふと、ミオと目が合う。
「どったの、ヒロたん?」
「やめれ」
俺は彼女に赤ちゃん語なんか使ったことがない──と言い切る自信はなかった。
美由たちを救いにいざ出発! と威勢よく歩き出したものの、その日はもう午後も遅かったため、いったんみんなで悠美の家に戻ることにした。
家に着くと、さっそくみんなでテーブルを囲み、佳世、テツ、ファルコの家族を始めとする人間たちを解放する手段を考える。そのためには、できるだけ多くのイヌたちが、スニッターではなく自分たちに賛同してくれる必要がある。
俺たちの立てた作戦はこうだ。
まず、ジェイク、テツ、ファルコの三人が、イヌたちを一人ずつ捕まえて説得する。三人協力者が加われば、今度は説得要員が六人になる。そうやって味方が増えれば増えるほど、効率も上がっていくはずだ。こちら側の勢力がある程度大きくなれば、流されて考えを改めるやつもどんどん出てくるだろう。
最初のターゲットは、ジェイクとテツのいた第一小だ。
ここでも、悠美のイヌ情報の蓄積がものを言った。
彼女はクラスメイトの飼っているイヌの顔や名前だけでなく、飼い主との仲や飼育環境もある程度把握していた。また、毎日長距離を散歩している関係で、道ですれ違ったり、公園で戯れる相手も数多い。そのときの様子を観察するだけでも、イヌと飼い主の関係はかなり推し測れる。もちろん、ジェイクとの相性もばっちりつかんでいるし。
そこで悠美は、三人が説得にあたる対象者のリストを作成することにした。ちょっと背中を押すだけで、テツのように翻意してくれそうな子を、リストの上位に持ってくるという寸法だ。ジェイクたちに協力してもらいながら、犬種や気性も考慮に入れ、三人のうちだれがどの子を担当するかを決める。
彼女はシャーペンの先をなめなめ、欄を埋めていった。晩飯をはさんで夜までかかるなかなかのハードワークだったが、本人は「不謹慎かもしれないけど、結構楽しい、この作業」なんてうれしそうに言ってた。
小型犬が相手の大半を占めるため、自分の活躍の場が多いのと、美由に再会できるという期待もあって、ファルコはやる気満々だった。
もっとも、俺としては、こいつではたして大丈夫かといささか不安だったのは否めない。なにしろこの強情なシーズーは、ちっこくて弱いくせに態度だけはやたらでかいからな。まあでも、こんなチビスケでも飼い主のために一所懸命がんばってるんだっていうアピールにはなるだろう。
夕食は、佳世と悠美が腕を振るってくれた。魚派が俺とミオだけだったので、メニューはミートパイ(箸やフォークなしで食べられる)と冷製ポタージュ(ネコ舌に配慮)に決定。ネギや玉ネギの類は使わず、塩分も控えめに。
「いつもいつも誠に申し訳ありません。いずれはマスターのために私がお食事を用意できるようになりたいものです」
ジェイクが恐縮そうに感謝を口にする。それを聞いて、佳世がニコニコしながら言った。
「それなら、私がお料理教えてあげるわよ。今回の件が片付いて暇ができたら。ジェイクにはたっぷりお礼しなくちゃいけないし」
今回の件が片付いたら、か……。
ふと俺はこの先のことに思いをめぐらせた。
いまここに、ヒト三人にイヌ三人、ネコ一人がいて、こうして家族同然に身を寄せ合っている。まるでおとぎ話みたいな暮らしがいつまでも続いたらいいと思う。
でも、もし大人たちを解放することに成功して、彼らが正常な状態に戻ったら、一体その後はどうなっちゃうんだろう?
ぼんやりと考えているうちに、テーブルの上に料理が運ばれてきた。
「お、うまそ」
「わあい、ご馳走なのだ」
「いただきまぁす!」
俺とミオは、悠美たちが席に着くのも待たずに口をつけ始めた。だが、イヌ三人はまだお皿とにらめっこしたままだ。ファルコなんかスプーンをガチャガチャ鳴らしてる。
「あら、ごめんなさい。もう食べていいわよ」
椅子に座りながら悠美が促した。〝待て〟してたのか……。
許可が下りるや、皿の上がみるみる減っていく。テツなんてほとんど丸飲みだ。食べ方は以前のまんま変わってないな。
二人の料理は、いつも味にうるさいらしいファルコにも好評で、おいしそうにほおばっていた。
急にその手がピタリと止まる。彼はじっと手にしたミートパイのかけらを見つめながら、悲しそうにつぶやいた。
「美由たん、ちゃんとご飯食べてるかなあ……」
それを聞いて、テツまで沈んだ顔になってしまう。皿の上はもうほとんど残ってなかったけど。
だが、彼は思い出したようにファルコに言った。
「あ、そうだ。飯の心配なら要らねえと思うぞ? 夕べなんかスーパーのお菓子を山ほど配ってたから、むしろ大喜びだったぜ」
「明日には美由ちゃんに会えるんだから、しっかり食べて元気をつけてちょうだい。ね?」
「うん」
悠美の台詞に、ファルコも気を取り直して食事を再開する。
そうだな。明日には、美由と拓也も含めたみんなでパーティーでも開けたらいいな──
朝になって、ミオが急に計画を変更すると説明した。ややせっぱ詰まった口調だ。
「夕べのうちに、人間の大人たちは大学に移されたの。へたすると、今日のうちにこどもたちもそっちへ移送されちゃうかもしれニャイ」
「ああ。夜中にスニッターの野郎がなんかゴチャゴチャ言ってたしな」
「あいつの声、嫌いだよ」
イヌの神様とやらの神通力も、ここにいるイヌの民三人にはもはやまったく効いていない。もっとも、〝皇帝犬〟だったせいか、ファルコには最初から免疫があったみたいだが。
「そういうわけだから、一時間のうちにできるだけ多くの支持をとりつけて、後は団体交渉に持ってきましょ」
ちなみに、大学ってのは、駅をはさんで住宅街とは反対側にある。ニュータウンの開業に合わせて新設された私立大学だ。バイオやコンピューター関連が中心で、長たらしいカタカナの学科が名を連ねている。敷地内には製薬メーカーと協同で出資した研究所も併設されていた。
しかし、なんだってスニッターはそんなとこを新たな収容先に選んだんだろう? ニュータウン中の人間をいっぺんに収容できるような大きな建物なんてなかったはずだけど。俺たちが人間の解放に向けて動きだしたのに勘づいたってわけでもなさそうだ。もしそうなら、とっくにこのアジトにイヌたちを乗りこませているに違いないし。
彗星に乗ってやってきた、イヌの神様を名乗るスニッター──。
いまだに半信半疑だけど、一体どんなやつなんだろう? なぜこんな不思議な力を発揮できるんだろう? そして、何を考えてるんだろう?
たぶん、直接対面して話さない限り、謎は解けないだろう。会うのは怖い気もするけど。
打ち合わせの後、俺はミオに声をかけた。
「お前、夕べもまた探りにいってたのか? そんな睡眠時間削ったりして大丈夫か?」
一日一四時間睡眠がふつうのネコだ。いくら変身したっていってもなあ。
「平気よ、これくらい。気にしニャイで」
彼女は目を細めてにっこりと微笑んだ。まあ、とくに疲れた様子はないようだけど……。
部屋に戻りかけたとき、台所のほうから話し声が聞こえてきた。悠美とジェイクだ。
「ああ、マスター。洗いものなど私がやりますよ。マスターは居間でお休みになっていてください。夕べも遅くまでリストの点検などされてお疲れでしょう。そのうえ、大型犬のリストまで作成していただいて。おかげで大助かりです」
「いいの、いいの。気にしないで。ジェイクやファルコやテツががんばってくれてるんですもの、このくらいやらせてよ」
うう……俺たちと立場が逆だ。ちくしょ~、相手がネコの集団だったら、俺にもちょっとは活躍の場があるはずなのにな~。
せめて洗いものくらい手伝わなきゃ……。