前ページへ         次ページへ



7 アジリティ勝負




「アジリティか……」
 ジェイクはひじを抱えてしばらく思案していたが、やがてうなずいた。
「いいだろう」
 驚いたことに、ジェイクのやつは挑戦に応じる気だ。
 アジリティといや、ラッキーの十八番だぞ!? 大義名分は聞こえがいいが、ジェイクのほうが不利なのは目に見えている。ミオがこの場にいたら、きっとそんな挑発に乗るなといさめただろうに。
「おい、ほんとに大丈夫なのか?」
 悠美に小声でただすと、彼女は少し考えこんでからうなずいた。
「桜庭くんに誘われて春の予選を見学に行ったときに、あの子飛び入りで出場したのよ。初参加にしては場内がびっくりするほど上出来だったわ。それにまあ、私もちょっとは知識あるし。だけど、二、三確かめておきたいこともあるわね」
 そして、ラッキーに質問を向ける。
「ラッキー。話を決める前に教えてほしいんだけど。あなたのハンドラーはどうするの? 桜庭くんを呼ぶの? あと、審判はだれに頼むの?」
「進一に? 敵に塩を送るやつがいると思うかい? もちろん、ぼくは一人でいい。進一には代わりに審判をやってもらおう。判定できるのがこの場にきみと彼しかいないんだから、仕方がない」
「……わかったわ」
 ジェイクと悠美がうなずき合う。
 ちなみに、ハンドラーとはイヌをリードする伴走者、すなわち飼い主のことだ。アジリティの成績は当犬(とうにん)の能力ばかりでなく、飼い主との呼吸や指示の適切さにも大きく左右される。いわば二人三脚の競技といえる。二人とも、その辺を計算した上での判断だろう。
「じゃあ、さっそくぼくの家から用具一式を持ってこさせよう。準備が整うまで待機していてくれ」
 そう言うと、ラッキーは仲間を二〇人ばかり引き連れて〝自宅〟へ向かった。
 しばらくして、さまざまな形をしたポールや台などのトライアル(障害物)を背負って一団が戻ってきた。ラッキーの指示でそれらが組み立てられていく。校庭はにわか造りのアジリティコースに早変わりした。
 コースを検分していた悠美が、ふと立ち止まり眉をひそめる。彼女は主催者のほうを振り向くと、非難の口調をこめて問いただした。
「ちょっとラッキー。あなた、エクストリームのルールでやるんじゃないの!?」
「ぼくはアジリティとしか言ってないがね」
「あのねえ……あなた、それはズルってもんよ!? 小細工しないで正々堂々と勝負なさい!」
 悠美らしくもなくすごい剣幕で迫る。
 が、ラッキーのほうは動じたふうもなく、素っ気ない返事を返すばかりだった。
「体格はそっちが上だし、二対一なんだぞ? ハンデならすでに十分すぎるほど考慮してると思うがね。いずれにしても、うちには中型犬用のセットしかないんだから、仕方ないさ」
 悠美は怒りをぶつけるように両手を振り下ろすと、肩を怒らせながら戻ってきた。
「どういうこと?」
 状況が見えない悠美以外のメンバーを代表して、佳世が質問台に立つ。
「ちょっとしくじったわね。あの子、ほんっとに知恵が回るわ。悪知恵だけど……。アジリティって、肩高に応じて小型、中型、大型の三コースにランク分けされてるの。柔道とかレスリングの重量級みたいなものね。で、エクストリームっていうのはいわば異種混合の無差別級なの。ラッキーの設定したのはそうじゃなくて、中型犬特定のアジリティコースだわ。これじゃ、大型犬のジェイクは圧倒的に不利……」
 と、悔しそうに唇を噛む悠美の肩に手を置き、ジェイクが微笑んだ。
「大丈夫ですよ、マスター。なんとか切り抜けてみせますから。あなたと二人なら、私は相手がだれであれ負ける気がしないのです」
 ジェイクの穏やかな瞳を見上げているうちに、いつしか悠美の顔もほころぶ。
「グッドラック、ジェイク」
 桜庭が連れてこられた。だいぶ戸惑っている。俺たちに気づくと、彼は弱々しい笑みを浮かべて手を振った。なかんずく悠美に。
 続いてラッキーと目が合うが、お互いに顔を背けてしまう。美由と拓也の愛犬との喜びの再会を目にした後だけに、なんだか痛ましかった。
「なあ。ところで、あいつらどうやって元の姿に戻るんだ?」
 拓也がみなにささやいた。悠美が目をぱちくりさせる。
「あ……そういえば私、全然気にしてなかったよ」
 言われてみれば、人型のままじゃやっぱり無理だよな。
 と、ラッキーがジェイクを手招きで呼んだ。彼はおもむろに青白く輝く石を懐から取り出した。
「これは彗星のかけらさ。スニッターの霊験あらたかなところを見せてあげるよ」
 彗星のかけら!?
 そういや、あの石の輝きは一昨日の晩に見た彗星本体のそれに似てる気がする。
 ラッキーがその彗星のかけらを掲げる。不意に、かけらの輝きが増したかと思うと、二人の体がまばゆい閃光に包まれた。まぶしくて目を開けていられないほどだ。
 やがて光が収まると、そこにいたのは四足を地面に付けたボーダー・コリーとベルジアン・シェパードの二頭だった。ラッキーの足もとに転がっている彗星のかけらのほうは、輝きも弱々しく、なぜか大きさが一回り小さくなったように見える。
「どうだい、驚いたかい? 少なくとも、犬神の存在とその力は、改めて信じる気になったろう?」
 片目を吊り上げて俺たちのほうを見る。あ、元に戻ってもしゃべれるのは変わりないんだ。ラッキー、お前は口を閉じてたほうがかわいいぞ。
「ああ、それにしてもジェイクって、人型も素敵だけどイヌ型も捨てがたいわね~?」
 佳世が少女漫画のごとくうっとりと目をときめかせる。
「男前と犬前ならファルコだって負けないですぅ」
 美由、対抗心燃やすなよ。それに、犬前って何だ?
「さあ、それじゃあ、ぼくからいくよ。お手本を示してあげよう!」
 ラッキーがスタート位置につく。コースの周りに両派の面々が集まる。
 桜庭はため息を一つつくと、審判としてラッキーのそばに立った。俺はタイムを計測する係として、ストップウォッチを持ってゴールに構える。
 スニッター派のハスキーが吹いた笛の音を合図に、ラッキーは大地を蹴った。流れるような身のこなしで、障害を次々とクリアしていく。ハードル、シーソー、輪くぐり……さすがにタイトルを獲っただけあって、危なっかしい箇所が一つもない。
 自分の演技をじっと見つめる進一に向かって、ときどきチラッと視線を送る様子は、お前なんかいなくてもやれるんだと誇示しているように見えた。
 仲間の声援に包まれ、ラッキーは余裕しゃくしゃくの表情でゴールを切った。
 続いて、悠美とジェイクがスタートラインに立つ。二人ともピンと伸ばしきったバネみたいに、かなり緊張しているのがうかがえる。
 合図が鳴った。ジェイクが目にも止まらぬスピードで飛び出す。一番目のトライアルの平均台に衝突しかねない勢いだ。
 思わず目をつぶりかけたところで、悠美が素早く唱えた。
「ジャンプ!」
 悠美の声にジェイクの漆黒の体は瞬時に反応する。まさに黒い疾風だ。
 現リーダーの勝利を疑わなかった半数を含め、ギャラリーのイヌたち全員が、いまや固唾を飲んで対戦者の演技を見守っている。
 とりわけ熱心だったのが美由とファルコだ。二人とも、息をするのも忘れるほど、ジェイクと悠美の息のぴったり合った演技に魅入っている。
「ヒール!」
「ディス!」
 パートナーが出す矢継ぎ早の指示に身を任せ、ジェイクは次々に障害を突破していく。彼を見ていると、目の前の障害ではなく、悠美の声のほうに全神経を傾けているのがわかる。次の障害の位置や形状をいちいち確認して止まることがないのだ。ぶつかったり、飛び越えすぎることを躊躇するそぶりもまったく見せない。それがスピードを殺さない秘訣につながっていた。
 一方、悠美のほうはジェイクに代わってコースを把握し、彼のステップと速度をもとに離陸や着地のポイントを計算する。一つ間違えば、大事なパートナーのけがにつながりかねないだけに、恐ろしいほど真剣だ。額には玉のような汗が浮かんでいた。
 しかし、ときおり、ジェイクの体格からすれば、障害と障害の間隔が異様に短かったり、停止しないと曲がりきれないところがあり、そうした箇所で速度ががくんと落ちるのは避けられないことだった。
 ゴール手前にさしかかる。そこには最大の難関が待ち受けていた。二本のバーの間をくぐり抜けてジャンプする障害だ。
 ジェイクは全身がほぼ完全な弧を描くようにして乗り切ろうとしたが、それでも尻尾の上部がわずかにひっかかり、バーが落ちてしまった。
「ああ……」
 ラッキーを除き、見守っていた全員の口から落胆のため息が漏れた。ファルコなんて地団太を踏んで悔しがっている。
 アジリティの細かいルールや採点方法は、主催するクラブによってまちまちだが、ラッキーは自分が出場した大会競技と同じものを採用した。このルールでは、かかったタイムにミスしたポイントを加算し、得点の少ないほうが勝ちとなる。
 タイムこそジェイクのほうが早かったものの、最後に落としたバーの加点は痛かった。
「同点だね」
 再び人型に戻った二人を交互に見ながら、審判を務めた桜庭が言う。彼にしてみれば、ラッキーに勝ってほしくも、負けてほしくもなかったろうから、内心ホッとしてるだろう。
 ところが……ラッキーはすました声で言った。
「審判の進一が人間である以上、公正な判断は期待できない。よって、その分を差し引くことにする。つまり、この勝負はぼくの勝ちってことだ」
「きったなぁーい!」
「おい、そりゃ八百長じゃねえかよ!」
 佳世や拓也を始め、俺たちのサイドから猛烈なブーイングが巻き起こる。
「そんなの絶対納得いかないわ!」
 悠美も。
「ラッキー。チャンプ……らしくないよ……ぼくたち二人でいっぱい練習してやっと手にしたカップが泣くよ……」
 桜庭がそう言うと、ラッキーはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「あんなカップなんてぼくは要らないね。欲しけりゃいくらでもジェイクにくれてやるよ。どうせぼくのじゃない」
 桜庭は悲しそうにうつむいた。
「待つのだ! まだ勝負は終わってないのだ! ジェイクには表向きリーダーを譲ってやってるのだが、真のリーダーはこのぼくなのだ! したがって、ぼくを倒さない限りリーダーを名乗ることは許さないのだ!」
 一同、驚きの顔で声の主、ファルコを振り向く。
「おい、ファルコ! いい加減にしろ! これは遊びではないのだぞ!?」
「黙るのだ、ジェイク! あんなでっかいすきまも通れないウドの大木は口を慎むがよいのだ」
「むぐぐ」
 いつも冷静なジェイクもさすがにキレかけたので、佳世が必死になだめる。
「まあま、ジェイク。抑えて抑えて」
「ねえ、ファルコ。気持ちはとってもうれしいんだけど……やっぱりあなたじゃ無理だと思うわ。ジェイクと逆に小さすぎて、あのバーとか届かないでしょ?」
 悠美がやさしい言葉でファルコを諭そうとする。
「そんなの、やってみなけりゃわからないのだ! ねえ、美由たん?」
 みんなの視線がファルコから美由に移る。彼を説得できるのは、もう飼い主の彼女しかいない。
 ところが、驚いたことに、美由はみんなの顔を見回しながらこう叫んだのだ。
「お願い! 美由たちにやらせてみて!」
「美由、あなたまで」
「だって……だって……すっごいおもしろそうなんだもん!」
 目をうるうるさせて懇願する。
 もともと美由はドッグスポーツに興味しんしんだった、とりわけアジリティに。桜庭にせがんだこともあったが、シーズーじゃ無理だと取り合われなかったのだ。
「ぼくのほうはかまわないよ。もう一戦だけならね」
 ラッキーはそう言って肩をすくめた。すっかり自信を取り戻したようだ。
「……わかった、ファルコたちに任せるわ」
 悠美はまだ何か言いたげだったが、仕方がないとあきらめ顔で同意した。あまりグズグズしていると、スニッターの次の指令があるまでに間に合わないと、ミオに注意を受けていたこともある。
「ただし、跳躍障害のバーの高さは低く設定しなおすこと。それと、彼には練習時間をちょうだい。そのくらいのハンデはあってしかるべきでしょう?」
 悠美が釘を刺す。
「いいよ、もちろん。その間にコースを変えさせとこう」
 ラッキーは気前よくOKした。相手がシーズーなら、どう転んでも勝負にならないと高をくくっているんだろう。
 アジリティは競技ごとにコースがランダムに設営されることになっている。その変更の間に、悠美はファルコと美由にアジリティのルールやコツについて基礎から説明を始めた。二人は熱心に聞き入っている。
 彗星のかけらを用いて、ラッキーとファルコが四足モードに変身する。使う前はソフトボールくらいの大きさがあった白く輝く石は、いまではゴルフボールくらいになってしまった。
「さあ、今度はきみたちの先攻だ。一周練習してきていいよ。その後本番だ」
 美由と悠美に伴走されながらファルコが予行演習を始める。最初の平均台に向かってジャンプ!
 ……届かなかった。
「あ~、あんなんだったら、まだおいらたちがやったほうがマシだぜ」
 テツがイライラして頭を振る。
「惜っしい、ファルコォ!」
 状況わかってんのかな、美由のやつは?
 それでも、ファルコはめげずに再トライする。
「わあーい、今度はうまく跳べたよぉ! お上手お上手ぅ♪」
 飛び跳ねて喜びを表す美由。ファルコもさも得意げに耳をかく。こんな調子じゃ、ラッキーのレベルに追い着くまで何年かかるかわかりゃしない。
「よおし、本番いくのだ!」
 気合を入れてスタートラインに着く。もう練習終わり!?
「ファルコ、ファイトォッ!」
 合図の笛とともに、勢いよくスタート。
 さっきつっかえた平均台を、とりあえず無難に渡り終える。次のシーソーもクリア。
 敵味方全員の予想を裏切り、ファルコは着々とトライアルをこなしていった。練習のときのほとんど倍近いスピードだ。さっき本気を見せていなかったんだろうか?
 いや、原因は別にあった。美由だ。
 桜庭や悠美に比べ、美由のハンドルはお世辞にもうまいとはいえない。だが、ファルコがさっきつかえたところで、彼女は自分が思い切り気合をこめ、踏ん張り、跳びはねながら指揮していた。そして、やはりジェイクと同じように、ファルコも美由の一挙一動に敏感に反応した。二人はまさに一心同体だった。
 いくつかのトライアルで、ファルコはみなをあっと言わせる驚異的な強さを見せた。
 フレキシブルトンネル(シートの下を潜っていく障害)で、彼は入ったと思ったら、あっという間に出口に姿を現したのだ。ラッキーも口と目をあんぐり開けて見つめるばかりだった。
「そういえば、〝いないいないバァ〟が大好きだって言ってたっけ……」
 悠美がつぶやく。美由の布団でさんざん練習してたわけだ。
 ハードトンネル(今度は材質の硬いチューブ状のトンネル)も同じだった。ここでは大きさの利点が効いた。どんなに速力のあるイヌでも、せまいトンネルをくぐり抜けるときは必ずスピードが落ちる。シーズーの彼は、顔さえ通ればそのまま〝駆け抜ける〟ことができた。
 圧巻は、ずらっと並んだポールの間を左右ジグザグに通り抜けるスラロームだった。体の長いイヌにとっては、ちょうど魚が垂直に体を波打たせて泳ぐみたいに、体をS字型に曲げて〝歩いて〟いく必要がある。ファルコの場合は、着地点を右、左と変えながら〝跳んで〟いったのだ。これも、ポールの間隔を中型犬用のままにしていたのが幸いした。
 ゴール。
 ストップウォッチを押し、タイムを読み上げる。なんと、ジェイク対戦時のラッキーに迫る記録だった。
 味方サイドからいっせいに歓声と拍手がわき起こる。
「すっごい楽しかったよ。ね、ファルコ?」
「うん!」
 大汗を流して息を弾ませながら、美由は笑顔を振りまいた。
「だめだ、おいらじゃとてもかなわねえや」
「だな」
 テツと拓也が降参のポーズをとる。
「私たちもだね」
「ええ、まったく」
 こっちの二人も。言葉とは裏腹に、心底うれしそうだ。
 ちっちゃなシーズーの大活躍に、イヌたちは興奮して彼を取り囲み、背中をたたいたりはやしたりしている。祝福の輪の中には相手サイドの小型犬まで混じっていた。
 ただ一人、ラッキーだけが、地面を向いたまま押し黙っていた。先ほどまで示していたあふれんばかりの自信の色もいまはない。
 今度はラッキーがスタート地点に立った。審判の桜庭も心配そうな顔で位置につく。
 合図と同時に、ラッキーもファルコに負けない猛スピードでダッシュした。ジェイクと競ったときよりずっと早いペースだ。障害を一つ一つ完璧にこなしていく。
 しかし、どこかさっきの流れるような身のこなし、演技のキレが感じられない。
 ゴール手前まで、ラッキーはすべてのトライアルを順調にクリアし、タイムもさっきを上回っていた。
 だが、最後のハードルで、左後肢の先がわずかに触れ、バーが落下した。
 ファルコに合わせて低い高さに設置されていたので、目測を見誤ったのか、それとも、焦りが招いたミスか。どっちにしろ、バー落ちは明らかな減点対象だ。
 仲間たちのサイドから落胆のため息が漏れる。
 ラッキーの動きが止まった。地面に転がるバーを凍りついたようにじっと凝視する。
 さっき自分で強引な判定を下したジェイクと同じ失点だ。勝敗は明らかだった。
 この瞬間、彼は面目を失った。ファルコのようにエールを送る仲間もいない。いや、もうだれも自分をリーダーと認めていないのだと、はっきり悟ったに違いない。
 そのとき──一つの声援があがった。
「ラッキー! 止まるな! ゴールを目指せ! 大丈夫だ、タイムで十分勝ってる! あんな素人犬なんかに負けるな!!」
 桜庭だった。審判の立場も、彼が勝てば自分が解放されなくなることも忘れ、手を振り回して怒鳴っている。
 ラッキーは何も言わず、その場を動きもしなかった。大きく目を見開き、じっと進一を見つめる。そして、がっくりとうなだれた。
 桜庭が駆け寄る。彼はラッキーにしがみついて、大声をあげて泣いた。
「ごめんよ、ラッキー! 優勝を逃したからって冷たくしたりして……。ぼく、お前のこと考えてなかった。クラスのみんなに自慢することばかり。バカだったよ……」
 緊張に張り詰めていたラッキーの表情がふっとゆるんだ。
 彼は、もういいんだ、というように、進一の肩にあごをそっと乗せた。
「よかったね、ラッキーも桜庭くんも元の鞘に収まって。雨降って地固まるってやつかな」
 みんな佳世と同じ気持ちだった。
 これにて一件落着──と思いきや、冷ややかな声がその場の和やかな雰囲気を破った。

前ページへ         次ページへ
ページのトップへ戻る