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10 三獣使結成!




 気がつくと、檻の中にいた。頭がまだすっきりしない。
 一緒にいたのは俺のほかに、拓也、佳世、美由、ジェイク、テツ、ファルコの合わせて七人だけだった。
 拓也は俺の隣で、女の子二人とファルコは反対側の壁のそばで身を寄せ合って、まだ気を失っている。起きていたのは、檻の外を見張っていたジェイクとテツだけだ。
 二人とも態度がよそよそしい。俺が起きても、ちらっとこっちを見ただけで、口を開こうとしない。無理もないけど。
 とりあえず、拓也たちを起こしにかかる。
「ううん……」
「あれ、ここどこぉ?」
 みんなキョロキョロと辺りを見回していたが、不意に拓也が俺を非難の目で見て怒鳴る。
「おい、北野! どういうことだ!? あいつはお前んとこのネコじゃないのかよ!?」
 俺は何も答えられずに目を背けた。
「おい、何とか言えよ!」
 俺の胸倉をつかんで揺すぶる拓也を、ジェイクが止めた。
「待て。大樹に罪はない。彼もだまされていたのだ。私が注意を怠っていた。あのときもっと問いただすべきだった」
「そうか……そうだよな。すまねえ……」
 手を放して頭を下げる。
「ヒロくん……」
「ヒロくん、かわいそう」
「ったく、ネコってやつはこれだから信用が置けねえんだ」
「ぼくたちを裏切るのは許せないのだ!」
 みんなが口々にミオを非難し始めるのを聞いて、俺は居ても立ってもいられなくなった。
「なんでみんなミオのこと悪く言うんだ!?」
 わめき散らす俺の顔を、だれもが驚きの目で見つめる。
「ねえ、ヒロくん。さっきのはミオちゃんじゃないの?」
 佳世が俺を問い詰める。
「……いや、ミオだった」
「つまり、私たちを気絶させて、ここに閉じこめたのはミオちゃんなんでしょ?」
「うう……」
 口ごもることしかできない俺に、テツが苦々しげに言う。
「要するに、最初っからスニッターの手先だったってことだろ」
「違う! これは……その……ともかく、何かあいつなりの理由があるんだ!」
「どんな理由よ?」
「それは、わからない……」
「ほら、ご覧なさい」
 拓也も佳世も、美由までがミオに裏切られたと思っている。それでも、俺はみんなを説得しようと試みた。
「じゃあ、逆に聞くけどな。あいつが俺たちを助けたのはなんでだよ? そもそもあいつがいなかったら、ここにいるだれ一人として無事じゃなかったはずだぞ!? 違うか!?」
「それは……ううん……この場所で全員を一網打尽にする必要があるとか……」
 俺の反論に佳世も言葉を濁す。
「そんなの理由になってないよ! 俺の言い分と変わりないじゃないか。だったら、俺はミオを信じるほうを採る!」
 そこまで言ったとき、表のドアが開いた。
 だれかが近づいてくる。足音をほとんど立てずに。
「ミオ!」
 ほかのみんなは警戒を解いていなかったが、俺はホッとしながら鉄格子に駆け寄った。
「まったく、バカクロスケのおかげで、余計ニャ仕事が増えちゃったじゃニャイの」
 ブツブツ言いながら鍵を開ける。今朝別れる前と少しも変わっていない。
 そうだ、やっぱり俺は間違ってなかったんだ。
「ミオ、どういうことなんだ!? 頼むから説明してくれ!」
 檻のくぐり戸をきゅうくつそうに抜けながら、ジェイクが懇願する。
「あたいはいまのままじゃあいつにかニャいっこニャイってちゃんと忠告したはず。それを無視して、あたいが準備を整える前に突っ走ったのはあんたの責任よ、クロスケ。あたいは、あんたたちが知る必要のニャイことまで教えるつもりはニャイわ。あんたは悠美を助けたいの? それとも助けたくニャイの?」
 ジェイクはぐうとうなったが、あきらめたようにうなずいた。
「わかった。マスターさえ救えるなら多くは求めまい。今後はお主のアドバイスにきちんと耳を傾けよう。それと……私はてっきりお主のことを裏切り者だと決めつけてしまった。すまない」
 頭を下げるジェイクに、ミオは気にしたそぶりもなくぞんざいに手を振った。
「ああ、あたいはあんたたちにどう思われようとへっちゃらだから。謝るんニャら大樹にしてちょうだい」
 みんないっせいに俺に向かって頭を下げる。
「大樹。お主の言ったことを信じなくてすまなかった。心より謝罪する」
「すまねえ、大樹のにいちゃん」
「悪かった、北野」
「ごめんね、ヒロくん。反省してます、このとおり。許して、お願い!」
「ごめんなさい、ヒロくん」
「ごめんなのだ! 断っとくけど、ぼくが他人に頭を下げることは滅多にないのだ」
 俺は苦笑しながらみんなに頭を上げさせた。
「ああ、もういいって、いいって! そんなことより、悠美たちを助けることを考えようよ。ミオ、ほかのみんなは?」
「あたいはあんたたちの面倒を看るのが精いっぱいだったのよ。一緒に来ていたほかのイヌとこどもたちは意識を奪われたわ。人間の大人たちと同じ状態」
「そうか……」
 ジェイクが無念そうにつぶやく。
「さっきのシャムネコはみんなをステーキにしちゃうとか言ってたけど、大丈夫なの?」
「いまのところはね」
 てことは、グズグズしてると本当にステーキにされちゃうわけか……。
「過ぎたことは仕方ニャイわ。それより、あんたたちに土産物があるの。クロスケと、サルイヌと、ガキンチョに」
 指名された三人が顔を上げる。
 ミオはさっき使った彗星のかけらを取り出した。
「スニッターは神じゃニャイけど、ただのイヌでもニャイわ。あいつに対抗するには、あいつの力に見合う力をこっちも手に入れるしかニャイ。それが、〝絆の剣〟よ」
「〝絆の剣〟?」
「ガキンチョは美由と、サルイヌは拓也と手を合わせて。クロスケは……佳世と大樹、あんたたちが悠美の代わり。……そう」
 俺たちはミオの指示どおり、向かい合って両手を重ね合わせた。
「いい? そしたら目をつぶって、心の中で強く念じて。自分の大切ニャものを護る力が欲しい──って」
「私たちは、悠美のことを想えばいいのね」
 小声で佳世がささやく。
 まぶたをぎゅっと閉じて、悠美のことを頭に思い浮かべようとする。
 クン=アヌンに捕らわれたときの苦痛に満ちた彼女の表情。いや、そうじゃない。あいつは自分のことより俺やジェイクのことを心配してたんだ。そういうやつだ。
 彼女の笑顔。クラスの中じゃ俺がいちばんよく知ってるはずだ。いつも二人で一緒に帰った小学校の帰り道。最初に出会った引越しのあいさつのときのすまし顔。全部覚えてる。
 ケンカもよくしたけど、悠美はやっぱり俺にとっていちばんの友達だった。いや、友達以上だった。俺、ほんとは彼女のこと──
 ふと顔を上げると、そこにジェイクの顔があった。一心にマスターのことを祈り続けている。
 そうだ、自分のことなんかいまはどうでもいい。だれよりも彼女のことを想ってるのはこいつなんだ。俺よりずっと大きくて、強くて、しっかり者のくせして、悠美がそばにいなきゃだめなんだよな……。
 俺は祈った。この二人の絆を取り戻してほしい。そのための力が欲しい──
 突然、目の前にまばゆい光があふれた。
「うわっ!」
 みんなで目を開くと、三人の手に燦然と輝く剣が握られていた。
 これが──絆の剣!
「うわあ、ファルコかっくぃー!」
 美由が目を輝かせる。
 ファルコの剣はとんでもなくでかかった。刃渡り一メートル近い。本人の身長と大差ない。幅も広く、むしろ剣というより盾という感じだ。
 かっこつけて剣を片手にポーズを決めようとしたファルコだが、足がよろめいてしまった。結構重そうだ。
 対照的に、テツの剣は小さかった。サバイバルナイフ程度しかない。
「うう……おいらの想いって、あのチビよりこんなに小さいのかな……」
 テツが情けなさそうな顔をする。
「んなことねえって。切れ味はバッチリ鋭そうだぞ? それに……きれいじゃんか、これ」
 拓也が励ますように言うと、テツも機嫌を直して魅入られるようにその剣をながめた。
 そして、ジェイクの剣は、だれもが感嘆を禁じえないほど、力強く、また美しかった。正直、俺たちが悠美の代わりで大丈夫かと不安だったが、これなら相手が怪犬だろうと犬神だろうと負ける気がしない。ジェイクも満足そうに目を細めてその剣を見つめた。
 ミオが解説する。
「それがあればスニッターの超常の力から身を護ることができるわ。あと、ふつうの剣と同じようにニャンでも切れるんだけど、心を持った者だけは切れニャイの」
 ううむ、実に安全第一な剣だ。でも、それって意味ないんじゃ──。
「その代わり、心のある相手は心を砕くの」
 なるほど。ある意味ただの剣より危険だな……。
「よし。さっそくマスターを取り戻しに──」
 決然と言い放とうとしたジェイクの言葉を、佳世が遮る。
「ちょい待ち! せっかくだからさあ、この正義の三勇士に名前を付けましょ♪」
「ちぇ、どうでもいいじゃねえかよ、名前なんてよ」
 拓也が面倒くさそうにぼやく。
「だぁめ! さあ、みんなで考えて。拓也くん、なんかない?」
「〝正義の三勇士〟でいいんじゃねえの?」
「もう、そんないい加減なこと言わない!」
「はあいはいはい」
 美由が発言を求める。
「〝三匹が斬るぅ!〟」
 一同がっくり。だから、時代劇の見すぎだって。
「美由っちマニアックすぎ! ヒロくんは?」
 首をひねって考える。一つひらめいた。語呂合わせに近いけど。
「〝三獣士〟でどう?」
「なるほど。デュマの小説に引っかけたわけね。でも、漫画かゲームにそんなのなかったかなあ」
「じゃあ、〝士〟を〝使〟に替えれば? 使いの使」と拓也。
「〝三獣使〟かぁ。使徒の使……いいんじゃない? 士よりもむしろ」
「天使の使♪」
 美由も気に入ったようだ。
 〝三獣使〟、ね……。人とイヌ、人と獣の橋渡しをする三人の使者。俺も気に入った。
「じゃあ、マスターを──」
「はあい、今度は美由からお願いがありまぁす」
 再び遮られる。みんなさっさと出たいのに。
「ええっとねぇ、三人で誓いの儀式をやってほしいんだけどぉ……こうやって」
 ジェイクが苦笑しながらうなずく。みんな、仕方ない、つきあってやろうって顔だ。
「わが剣は、マスターのために」
 ジェイクが厳粛な声で唱える。
「ううん……」
 テツは少し言葉を探してから言った。
「兄貴のために」
 はにかむようにして拓也のほうを向く。拓也も照れながら頭をかいた。こうして見てると、ほんと兄弟って感じだな。
「美由たんのために!」
 ファルコはいつもどおり元気よく。
 三つの剣が頭上で触れ合い、小気味よい音を奏でる。
「よし、みんな行くぞ!」

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