前ページへ         次ページへ



12 女王と奴隷




 八人で階段を駆け昇る。ときどき得体の知れない奇怪なバケモノが襲いかかってくるが、絆の剣を手にしたジェイクたちの相手ではなかった。
 階段がいったん途切れ、広い部屋に出た。
 中央にだれかいる。二人、ヒトとイヌだ。人間のほうは大人の女性。ネグリジェのまま四つんばいになっている。汚臭が鼻をついた。
「あれは煙突さんじゃ……」
 口もとに手をやりながら美由がつぶやく。そして、イヌのほうは──
「マサヒト!?」
 ファルコの声。美由ん家の近所のパピヨンの名前だ。
 でも、あれメスじゃん!? しかも、飼い主と同じいかにもケバイネエチャン風だ。煙草なんかくわえてるし。俺、名前聞いててっきりオスだと思ってた。別れた男の名前でも付けたんだろうか?
「おや、だれかと思ったら、近所の弱虫シーズーじゃないか。あたしはマサヒトじゃないよ。女王様とお呼び、女王様と!」
 手にした鞭で床をビシッとたたく。思わずのけ反った。
「殺すのはかわいそうだからね、こいつだけあたしが飼ってやることにしたのさ。まあ、気晴らしにもってこいだしね、ヒヒ。さあ、芸をしてみせなよ。おまわり!」
 マサヒトの飼い主だった女性は、俺たちの視線を意識してか、動くこともできずその場で震えている。
「おまわりだよ、おまわり! わかんないの!? 言うことを聞かなきゃ──」
 マサヒトは煙草の火のついている側をぎゅっと彼女の腕に押し付けた。
「ひぃっ!」
 悲鳴を上げて跳びすさる。煙突女さんはネグリジェのすそを引きずりながら、ヨタヨタと床をはい回った。
 マサヒトがそれを見て満足げに目を細め、うまそうに煙を吐く。
「スニッター様から知らせは受けてるよ。この先へは行かせやしない。この〝怨嗟の鞭〟であんたたちを倒して、ごほうびのペットをもう一匹もらうのさ。今度はオスにしようかねえ、ヒヒ」
 漆黒の鞭をふるいながら、こっちをねめつける。
 ファルコが憤然として進み出る。彼は後ろを見ずに俺たちに言った。
「ジェイク、テツ、お前たちは先へ行くのだ!」
「そんなこと言ってお前──」
 美由が抗議しかけた俺を制した。
「いいの、ヒロくん。みんなは早く行って、悠美ちゃんを助けてあげて。美由とファルコなら大丈夫だから。それに……あの子を助けてあげられなかったのは、美由の責任だもの」
 ジェイクは、自分より若く、ずっと小柄な座敷犬をじっと見つめ、うなずいた。
「わかった、ファルコ。お主の強さは知っているが、くれぐれも油断するなよ」
「頼んだぜ、ちっこいの!」
 テツも。
「任せておくのだ!」
 ファルコはポワポワした巻き毛におおわれた自分の胸をどんとたたいた。
 ジェイクもテツも、いまやこのちっちゃなシーズーに絶大な信頼を置いているんだろう。それなら、俺たちも同意しない理由はなかった。
「美由、がんばってね。ファルちゃん、美由のことお願いね」
「無理するなよ、鳴島」
「ファルコ、彼女のこと頼んだぞ」
「おう。お前たちもジェイクの足手まといになるなよ」
 ハハ、言われちゃったな。
「お待ち!」
 マサヒトは俺たちを制止しようとしたが、ファルコと美由が立ちはだかる。
「お前の相手はぼくたちなのだ!」
「フン、まあいいか。残りの連中はアレックスとクン=アヌンにくれてやろう。それに、いまのお前の台詞はメチャクチャ気に入らなかったからね。『助けられなかったのは自分の責任だ』? よくお言いだこと。二匹目のペットはお前に決定だよ、小娘!」

前ページへ         次ページへ
ページのトップへ戻る