なんだか膝の上が急に重くなった。それに、この感触は毛皮じゃないぞ? あふれ返る光がようやく収まりかけ、朋也はおそるおそる薄目を開いた。さっきまでジュディを抱いていたはずの自分の膝の上に、女の子が座ってもたれかかっている──
朋也は声もなく口をパクパクさせた。
「ああ、よかったぁ~!! やっと成熟形態になってくれたんだねぇー♪ 変身すれば助かるのはわかってたんだけどぉー、この子とっても頑固だったからぁー」
事情のわかっていたマーヤは驚きもせず、安堵の声を上げる。
「もう大丈夫です。これで一命は取り留めましたわ」
フィルも彼に向かって微笑んだ。
そっか、そういえば生死に関わる一大事に遭った時に成熟形態になるってマーヤに聞いてたっけ。じゃあ、これがジュディの変身した姿なのか……。あるいは、本来の姿と言ってもいいのかもしれないが。
朋也としてもジュディが助かってくれたのは何よりだが……それ以上にびっくりしたのは成熟形態になった彼女の姿のほうだった。ゲドとは全然違う。毛皮は全身を覆っていなかったし、顔つきはニンゲンの女の子そのものだ。違うのは、前駆形態のときとほぼ変わらない尻尾と耳だけ。その尻尾と耳、髪の色は元の毛色とそっくり同じグレーだったし、顔も彼女をニンゲンにしたらきっとこんな感じだろうというイメージどおりだったが。
それにしても、早く目を覚ましてどいてくれないもんだろうか? 若い女性(ミオは除くとして)を膝の上に抱いた経験なんて一度もない健全な17歳の男の子である朋也としては、もとがジュディだとはいえ心臓によくなかった。裸じゃないけど結構大胆な服装だし。大体、千里がこんなとこ見たら何を言い出すものやら。
「う、う~ん……」
ジュディが顔をしかめて呟く。やっと意識を取り戻したようだ。
「いつつ……。こ、ここは? ボクは、何を……?」
頭を押さえながら、ゆっくりと彼女は立ち上がった。目をぎゅっと瞑って眉間を押さえる。こういう仕草は変身したそばから自然にできるものらしい。彼女が起きてくれて朋也はほっと胸をなで下ろした。
ジュディはやっとこれまでの経緯を思い出したらしく、ハッとして顔を上げる。
「そうだ! ご主人サマを助けなくちゃ!! ご主人サマは一体どこに!?」
周囲を見やる。そして、朋也の姿に気づくと、いきなり彼につかみかかった。
「やい、バカ朋也っ!! ご主人サマはどうしたっ!?」
自分に向けた開口第一声が「バカ朋也っ!」、かよ……。ジュディはさっきまで自分が朋也の膝の上で抱かれていたことなど記憶にないらしい。
だが、彼には言い返す言葉もなく、ただ頭を下げるしかなかった。
「すまん、後を追えなかった。お前をほったらかしにするわけにいかなくて──」
ジュディは朋也の言葉が終わらぬうちに彼の胸倉をつかんで激しく揺さぶった。
「バカ野郎っ!! なんでボクをほっといてご主人サマを助けにいかなかったんだ!? ご主人サマが無事でなきゃ、ボクだけ助かったって何の意味もないのに!!」
彼を突き飛ばしてそのまま駆け出そうとするが、がくっと膝を折る。
「くっ!」
そりゃ、あの高さからまっ逆さまに落ちてきて、五体満足なのが不思議なくらいだ。変身の際の奇跡的な回復力と、フィルとマーヤの必死の魔法のおかげで(朋也の介抱はともかく)、かろうじて立てるまで持ち直せたんだろう。身体を動かせる状態じゃない。
「おい、ジュディ! 無理だよ、その身体じゃ──」
ジュディは足首を押さえたままきっと振り返った。
「うるさいっ!! こんなとこでグズグズしてる間に、ご主人サマの身に何かあったら……ボクがご主人サマを護らなくちゃならないんだ、ボクが!! 大体、朋也っ! 一体誰の所為でご主人サマがこんな目に遭ったと思ってるんだ!? お前とミオの所為だろうが!? お前、ご主人サマとミオとどっちが大事なんだよっ!?」